第3話 柱の穴から出た子供の手が人を招く

今では昔のことですが、そんがある辺りは、かつては桃園と呼ばれており、左大臣源高明たかあきらの屋敷がありました。


その南東の母屋もやの柱に木の節の穴が開いていたのですが、夜になるとその穴から小さな子どもの手が出てきて、人を招くという事件があったのです。


高明はこれを聞いて驚き恐れ、穴の上にお経を結びつけたり、仏像を掛けたりしてみたのですが手招きはやみませんでした。


何をやっても手招きは全く止まず、数日止んだと思っても、また夜中に皆が寝静まったころに再び手招きが始まるのでした。


ところがある人が「試してみよう」と言って、一本の矢をその穴に差し込んでみると、矢が差し込まれている間だけは手招きが止まりました。


そこで、矢じりだけをその穴に深く差し込むと、以後手招きが起こることはなくなりました。


まったく理解が及ばないことですが、きっと霊の仕業だったのでしょう。


それにしても、矢が仏像やお経よりも強い効果を持つとは信じがたいことです。


それで当時の人はこれを聞いてみな怪しみ疑ったと、人々は語り伝えて来たのでした。





桃園柱穴指出児手招人語 第三


今昔いまはむかし桃園ももぞのと云は、今のそん也。本は寺にも無くて有ける時に、西の宮の左の大臣おとどなむ住みたまいける。


其の時に、殿どのの辰巳の母屋もやの柱に、木の節の穴開たりけり。夜に成れば、其の木の節の穴より、小さき児の手を差出て人を招く事なむ有ける。


大臣おとど、此れを聞給て、いと奇異あさましあやしおどろきて、其の穴の上に経を結付たてまつりたりけれども、なおまねければ、仏をかけたてまつりたりけれども、招く事なお止まざりけり。此く様々すれども、あえて止まらず。二夜三夜を隔て、夜半よわばかりに人の皆寝ぬる程に、必ず招く也けり。


しかる間、或る人、亦、「試む」と思て、征箭そやを一筋、其の穴にさし入たりければ、其の征箭そやの有けるかぎりは招く事無かりければ、其の後、征箭そやの柄をば抜て、征箭そやの身のかぎりを穴に深く打入れたりければ、其より後は招く事たえにけり。


此れを思ふに、心得ぬ事也。定めて、者の霊などのる事にこそは有けめ。其れに、征箭そやしるしまさ仏経ぶっきょうまさたてまつりおそむやは。


れば、其の時の人、皆此れを聞て、此なむ怪しび疑ひけるとなむ語り伝へたるとや。

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