0-1.アルジサマ!

[アルジサマ! アルジサマ!]

[アルジサマ! しるふぃーすをつれてきた!]

[しるふぃーすがアルジサマに会いたいんだって――!]


 キラキラと輝く不思議な光が、深い森の中をふわふわと舞っている。


[アルジサマ! ほめて――]

[ほめて! ほめて!]


 きゃっきゃと騒ぐ鶏の卵くらいの大きさの光は、猫のような、犬のような。あるいは兎のような……羊や鳥、熊や獅子の特徴がある小動物の姿をしていた。

 様々な姿の不思議な小動物が、自ら光を放っている。


 動物図鑑には載っていない小動物たち。


 全体的にころっと、まるっと、モフモフとした光る動物たちには、背中に小さな翼があり、それがパタパタと動くことで空中を自在に飛べる……みたいだ。


 体と翼の比率があきらかにおかしいのだが、飛べているからそれでよいのだろう。

 もともとが不思議な存在だ。


 この光る奇妙な動物たちは、アルデール王城に棲みついている小精霊。


 ニンゲンがまだ信心深く、精霊が身近な存在だった大昔は、多くの人が精霊の姿を視ることができた。彼らと盟約を交わして使役する者も存在したという。


 だが、ニンゲンは効率的で理解しやすい『魔錬術』に興味を持ち始めると、あっという間に精霊を視る能力を失ってしまった。


 歳月の流れとともに、精霊の姿を視て、声が聞こえるというニンゲンは少なくなり、稀有な能力となってしまった。

 異端視されるのを恐れてか、精霊と近しい間柄の人々は、能力を秘匿する流れになってく。


 精霊は今もなお確実に世界に存在し、様々な事象に介入している。

 しかし、ニンゲンの意識からは姿を消し、昔語りに登場するだけとなっていた。





 小精霊たちは金粉をまき散らしながら、『特別な道』を使って、幼いシルフィースを『アルジサマ』の元へと案内する。


 世話好きで『アルジサマ』が好きな小精霊たちは、シルフィースが『アルジサマ』に会いたいな――と心の中で思うと、見張りの護衛と講師を不思議な力で眠らせ、『特別な道』を使ってここまでつれてきてくれるのだ。


 精霊たちが使う『特別な道』をニンゲンが通るには、『通行料』なるものを払わなければならない。


 難しい言葉でいうと、精霊を使役するには対価が必要とされるのだ。


 小精霊たちに『通行料』である生気を吸われて貧血気味になりながらも、シルフィースは『アルジサマ』に会うことをあきらめることができなかった。


「シル。また来たのかい? あれほど、ここには来てはいけないと言っているのに……」


 困惑したような、だが、少しだけ嬉しそうな声が、シルフィースを優しく迎えてくれる。


[トウチャク! トウチャク!]

[しるふぃーすのアンナイおわり!]

[これからはふたりのじかん!]


 精霊の金粉が雪のようにハラハラと落ちては消えていく。


 ぬいぐるみのようなかわいい姿をしているが、小精霊たちは容赦なくシルフィースから『通行料』を奪っていく。

 生命をうしなうほどの量ではなかったが、生気を一気に失えば気を失う可能性がある。

 意識が遠のきそうになるのを我慢しながら、シルフィースはとびきりの笑顔を浮かべた。


 グランツ王太子の婚約者となったシルフィースは、勉強のために週のうち三日、王城に通って様々な講師から教育を受けるように命じられている。


 どの科目にも一流の講師が手配され、教育は徹底的におこなわれていた。


 七歳のシルフィースには難しい科目もあったが、講師は容赦しない。

 複数人がそれぞれ得意分野を担当していたので、誰が一番すぐれた指導者なのか競い合っていたのだ。


 優しい講師もいたが、ほとんどが厳しい人ばかりで、シルフィースはお妃教育が嫌いだった。

 王太子殿下は学習を嫌がって、逃げ回っているらしい。


 シルフィースが逃げずに王城へ通っているのは、小精霊たちがこうして『アルジサマ』に会わせてくれるからだ。


 『アルジサマ』に会うためなら難しい講義も頑張れるし、高い『通行料』も払える。


 シルフィースが大好きな『アルジサマ』は、誰も足を踏みいれようとしない昏い森の中にいた。


 七歳の少年は森だと思っているが、実際は王城の敷地内にある森を模した庭だ。


 鬱蒼と生い茂る木々の隙間をぬうようにして光が差し込む場所がある。

 そこは薄っすらと輝きに包まれた静謐な空間で、シルフィースが恋焦がれる『アルジサマ』のお気に入りの場所だった。

 木漏れ日が差し込む小さな広場には花が咲き乱れ、たくさんの小精霊が『アルジサマ』の周囲を舞っている。


 小精霊から『アルジサマ』と呼ばれる黄金の髪が美しい少年は、大きな石に腰かけ、分厚い本を読んでいた。


 彼はこの国の第一王子。


 名をレイヴィス・ファーティアル・アルデールという。


 レイヴィスのとても神々しく、幻想的な姿にシルフィースは足を止め、思わずうっとりと見惚れる。


 この国の第一王子は読んでいた本を閉じ、なにもなかった場所に突然現れたシルフィースを軽く睨みつけた。


 本当に怒っているわけではない。

 だが、手放しでシルフィースの訪問を喜ぶこともできないという葛藤が態度にでていた。


 シルフィースは、レイヴィスの異母弟であるグランツ王太子の婚約者だ。


 お互い未成年とはいえ、シルフィースは近い将来、この国の王太子妃となる。

 王太子の兄であっても、いや、だからこそ、ふたりっきりで会うことは許されない。

 それを教え諭すのだが、シルフィースは授業中にこっそりと抜けだしては、レイヴィスの元に会いにやってくる。


 協力者である小精霊たちにも、シルフィースを連れてこないようにと注意するのだが、みてのとおり、しれっとシルフィースの手助けをするのだ。


 レイヴィスが本心からシルフィースに会いたくないと思わない限り、小精霊たちは案内をやめないだろう。

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