第1話 快勝! 失業…………そして旅立ち その2

 それから一週間の時が過ぎた。


グビリ、グビリグビリ、カンッ!


「はぁ~……俺はこれからどうすればいいんだよ……」


 エールを一息に飲み干した俺はテーブルに木製のスタインを叩きつけると、何度目かも分からない苦悩の言葉を呟いた。

 一週間経っても、俺の姿は宴を行った酒場兼宿屋にあった。事態を理解した次の日、昼前に起きた俺は団長に話を聞こうとしたが、既に団長や団の仲間であった者のほとんどはいなくなった後だった。12で団に見習いとして入り、15で初実戦。それからの5年間を常に戦場で戦い続けてきた俺にとって、傭兵で無くなるという事は人生を失うも同然の事であった。そもそも、傭兵以外の生き方も知らなければ他の生き方の知識もまともに無いのだから行動の指針すら立てられない。その為、俺は宴をした酒場に宿を取って自らの今後について考える事にしたのだった。前回の戦いで指揮官を倒した事によって多額の報奨金を貰った為、幸いにして急場の資金には困っていない事がせめてもの救いだった。


「俺はこれからどうすればいいんだか……」


 既に口癖になりつつある言葉が口から零れ落ちる。一週間経っても俺には次に進む道が見つからなかった。やりたい仕事は思いつかず、それどころかどの様な仕事があるのかすら把握出来ていない。ひたすら傭兵として生きて他の事に目を向けてこなかった自分自身の自業自得だった。別の傭兵団に入る事も考えたが、不幸にもこの辺りには他の傭兵団はいない様だった。


 まぁ、先日の戦闘で戦の趨勢は決したから、目端の利く傭兵団なら次の稼ぎ場へ移動するのは当然だろうけど……


「あぁ~……俺はこれからどうすればいいんだ~……!?」


 考え過ぎて煮詰まった頭が叫び声を上げさせる。騒々しい酒場中ですら響き渡る俺の苦悩の声を聞いたのだろう。


「あれ……?もしかしてアンタ……傭兵団の兄さんかい?」


 誰かが俺に声を掛けてきた。声に顔を上げるとそこにいたのは一人の男だった。身なりからするに商人らしく、顔を上げた俺の顔を見て笑顔を浮かべる。


「おぉ!やっぱり兄さんじゃないか。どうしたんだい?随分と困っている様じゃないか?」


 俺は男の言葉に男の顔をジーッと見るが、その顔に見覚えは無かった。


「すまない。どこかで会った事が?」


 失礼を承知で男に素性を尋ねる。俺の質問に男は苦笑しながら頷いた。


「ハッハッハッ、そりゃ兄さんの方は俺を覚えていなくても仕方ないってもんだ。あれは一ヶ月前ぐらいだったかね?俺はあんたらがこの街に移動してくる時に便乗して移動してきた行商人の一人さ。」


「あぁ、あの時の……」


 男の言葉で俺は男の事を思い出す。いや、正確に言えば男の事を思い出したというよりはそういう出来事があったという事を思い出しただけだったけど……


 常に稼げる戦場を求めて移動をするのが傭兵団の常である。その為、ある程度の規模の傭兵団の移動には行商人達が同行する事が非常に多い。その理由には移動中の傭兵団に商品を売るという面もあるけども、最も大きな理由は道中の身の安全の為だ。傭兵団の向かう先は戦中、もしくは戦間近の場所である事が多い為、当然ながら現地近くの街では様々な物資の需要が上がる。そしてそれは行商人達にとって絶好の稼ぎ場だ。だけど、その様な場所は同時に治安が悪くなる事も必然だ。道中には行商人達を狙う為に盗賊団が現れる事も珍しい事では無い。かといって自らの移動の為に護衛を雇ってしまえば、当然ながら稼ぎは少なくなってしまう。その為、行商人達の多くは傭兵団に少量の金銭を払い傭兵団の移動に同行する許可を得るのである。こうすれば少量の金銭を支払うのみで移動における自らの身の安全の確保が出来るという訳だ。更に言えば、俺のいたアールベック傭兵団は一般人に手を出さない事で有名だった。だから移動の際には大勢の行商人達が付いてきたものだ。目の前の男もその様な行商人の一人なのだろう。


 男は勧めてもいないのに俺の向かいに座る。もっとも、相席が常の酒場である為、男の行動を咎めるつもりは毛頭無い。


「いやいや~、兄さんの所にくっ付いてこの街に来たのは大正解だったよ。お陰で随分と儲けさせてもらったさ。これも兄さん達のお陰だよ。感謝するよ。」


「そっか……それはよかったね。」


 俺は気の無い返事を男に返すとエールを飲もうとするが、つい先程飲み干したばかりだという事を思い出す。店の者に追加のエールを注文しようと辺りを見渡すと、俺の注文よりも早く男が通りかかった店の者を呼び止めた。


「おーい、こっちにエールを二杯と、あとは適当なツマミを二人分頼むよ。」


 二人分か……どうやら連れが来る予定みたいだ。


「はいよ!ちょっと待っておくれ。すぐ持ってくるよ。」


 男からの注文を受けた店の者は慣れた様子で混雑する店の中を移動すると、あっという間にエールが入ったスタインと腸詰などが盛られた皿を持ってくる。


「はい、お待ち!」


「どうもありがとう。お代はこれで足りるかい?」


 男が代金を店の者に渡すと店の者はそれを数え、


「毎度どうも!ただ少し多すぎるよ!」


 硬貨を1枚男に返すと空になっていた俺のスタインを持って慌ただしく去っていった。


 しまった……追加のエールを注文するのを忘れていた……


 俺は仕方なく再び店の者が通りかかるのを待とうとすると、男がエールの片方をこちらに差し出してくる。


「こいつは俺の驕りだ。遠慮無く飲んでくれ。」


 突然の事に俺は驚いて男を見た。


「いいのかい?」


 尋ねる俺に男は鷹揚に頷く。


「あぁ、遠慮なく飲んでくれ。それぐらいには稼げた旅だったよ。」


「そういう事ならありがたく頂くよ。ありがとう。」


 俺は男の言葉に甘えてエールに口を付ける。俺がエールに口を付けた事を確認した男は自らもエールに口を付けると一気に3分の1程飲み干して、


「プハーッ!旨い!この為に生きていると言ってもいい!」


 何とも嬉しそうな表情を見せてくる。その表情は悩む俺にはとても羨ましく見えた。男は続けて腸詰を頬張ると、俺に向かって尋ねてきた。


「ところで兄さん。あんた達はいつまでこの街にいる予定だい?もし数日中に移動するってんなら、是非ともまた同行をお願いしたいんだがね……?」


 男の言葉に俺は男がエールを奢った理由を悟る。


「なるほど。それが俺に奢ってくれた理由って訳か。俺に団への仲介をして欲しいと?」


 こちらの問い掛けに男は誤魔化す様に笑う。


「ハハッ、まぁ、そういう事だ。で、どうなんだい?あんたの所はいつ頃に街を後にする予定だい?ここいらの大きな戦も終わった事だし、そろそろ次に移るんだろ?」


 男の言葉に俺はエールを飲むと首を横に振った。


「奢ってもらって悪いが、どうやらそちらに期待には応えられそうにも無いよ。そもそも、移動どころか団その物が無くなってしまったからさ。」


「何だって!?そいつはどういうこった?あんた達、随分な功績を立てたって聞いたぜ?」


 訝しげな表情で尋ねてくる男。男の言葉に俺は飲み掛けのエールをテーブルに置くと、


「いいよ。ちょうど一人で悩むのにも飽きてきた所だった。酒の席での愚痴の類だと思って聞いてくれたらいい。あれはもう一週間も前になる……」


 男にこれまでの事を話し始めた。その内容は酒の力もあり愚痴や悩みを含んだ我ながら分かりにくい話であったけども、男はエールを飲みながらも酒のツマミとばかりに合図血を打ちながら俺の話を聞き続けてくれた。そして、俺が全てを話し終えたタイミングで、


「なるほどな~。そりゃ、兄さんも災難だったな。まぁ、飲んで飲んで。」


 男に促されて俺はエールをあおる。エールを飲む俺の姿を見ていた男だったが、


「うんっ?ちょっと待てよ……あの話……この兄さんだったら……」


 急に何かを思い付いた様に独り言を言い始めた。そして俺の顔を見て尋ねた。


「兄さん、あんたは今、職に就いてないんだよな?」


 俺は男に頷く。


「あぁ、さっきも言った様に傭兵団は解散してしまったからさ。次の所属を探そうにも、まだこの街に残っている傭兵団には碌な所が無い。」


「そうか……なら、兄さん。一つ兄さん向けの儲け話があるんだが、聞いてみる気はあるかい?」



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