呪われし歌女神
第1話 快勝! 失業…………そして旅立ち その1
カキィン、カキィン
「ウォーーーー!」「死ねぃ!」「よくもアイツをー!」
大人数の者達の怒号や悲嘆の声、数多の武具が打ち鳴らされる合唱の中、俺はその場所にいた。
グジュ、
前へと歩み進めた足が誰かであった肉を踏みつける。周りを見れば、目に映るは死屍累々の光景。息をするだけで口内に血と臓物の匂いが満ちる。
それは正にこの世に顕現した地獄その物だった。だけど、本来の地獄に比べれば生き残れる確率があるだけマシなのだとも思った。
ガシャンッ!
「義も勇も知らぬ卑賎の輩共がッ!」
怒りの声に振り向けば、そこには一人の男がいた。全身を鎧に身を固めた男の胸には地位を表すと思われる特徴的な胸飾りがあしらわれ、兜には派手な飾りが施されていた。その特徴から恐らくは指揮官と思われる男は、殺気を漲らせながらこちらへと血と肉片のへばり付いた戦斧を構える。
チャキッ、
男に対して、俺も手に持った血塗れの剣を構えた。
目の前の男とは面識は無い。恐らくは初めて会った男と俺。その双方が遺恨など無いにもかかわらず互いに殺意を向ける。しかしそれも仕方が無い事だと自分に言い聞かせる。戦場とは往々としてこの様な物なのだと。
俺は男に向かって無造作にも思える足取りで距離を詰める。俺の動きを見て、
「フゥンッ!」
先手必勝とばかりに男がこちらに向かって戦斧を振り下ろした。
ブゥンッ、
鈍く風を切る音を鳴らしながら戦斧がこちらに向かってくる。充分に体重を乗せた一撃。ましてや、俺が纏うのは小回りを重視した軽装の鎧である。当たれば、良くて重傷、悪ければ即死の一撃を前に、俺は前進を止めて横へと動く。
ブゥンッ、
横へと移動した事により戦斧は空を切り、男は隙を晒す。俺はその隙を逃さずに男の懐、戦斧では無く剣の間合いへと入ろうとするが、
「甘いわッ!」
男は遠心力の付いた戦斧の重さを物ともせずに操ると、近寄ろうした俺に向かって戦斧の先端のスパイクによる突きを放つ。
サッ、
「チッ!」
牽制の一撃に過ぎないスパイクによる突きを俺はあっさりと躱すが、躱すという動作の為に近づこうとしたこちらの目論見を潰される。
どうやらこの男、お飾りの指揮官ではなく地位に見合うだけの実力を持っている様である。ただ戦斧を振り回すだけでは無く使い方を心得ている。迂闊に攻めるのは命取りになりそうだ……
油断ならぬ相手に俺は見に回る事にした。幸いにも、現在の戦局はこちらがかなり優位に立っている。それは指揮官である目の前の男が指揮を出来ないままに俺と戦っているのが何よりの証だった。時間と共に焦るのはこちらでは無く向こうである。向こうにとっては俺に構う時間が多ければ多い程、味方の損害が大きくなる可能性が高い。目の前の男も、当然その事実には気付いていた様で、
「えぇい、ちょこまかと!貴様の様な雑兵の相手をしている暇はこちらには無いのだ!」
男は苛立ちの声と共に再び俺に戦斧を振り下ろし始める。俺は戦斧を回避する度に男へと間合いを詰める振りをしながらもその様子を窺う。その度に男は俺に向かって間合いを詰めさせぬ様に立ち回り、俺が距離を取ったのを見ると再び戦斧を放つ。しかし、元より責める気が薄い俺である。その意識のほとんどを回避に使う事によって危なげ無く戦斧を回避し続ける。そして俺は待っていた。男が決定的な隙を見せる瞬間を。
その瞬間は不意に訪れた。それは男の油断か、それとも戦況への焦りの気持ちからであったかは分からない。しかし、男は一向に懐へ入る事が出来ない俺を前にして、意識が鈍化したのは確かだった。男の突きも交えた戦斧の連撃。絶え間なく続く連撃の中で、男は思考もせずに体が覚えた動きによって戦斧を横薙ぎに振るった。それこそが俺の待っていた瞬間だった。
「フッ!」
俺は短く息を吐き、体の動きを最大稼働へと上げる。向かってくる戦斧へと距離を詰めながら上体を屈め、薙ぎ払われた戦斧の下を潜り抜けた。
「なぬっ!?」
俺の行動に男から驚愕の声が上がる。男からすれば俺の行動は正気を疑う行為だったのだろう。何せ当たれば死んでもおかしくない一撃に対して避けるのではなく、あえて向かったのだから。だが、こちらにとってはこの程度の事は日常茶飯事である。そうでなければこれまでの戦場で生き残る事など出来なかった。
戦斧の下を潜った俺はそのまま男へと距離を詰めて男の懐に潜り込むと、振るった戦斧を止めようとする男の無防備な腹部、鎧同士の接合部の隙間に剣を捻じ込み、刃を滑らせた。
ズジャッ!
鈍い音を立てて俺の剣が鎧の下に来ていた鎖帷子ごと、男の脇腹を深く切り裂く。俺の手に男の肉と骨、そして臓物を切り裂く嫌な手応えが伝わってくる。
「グフゥッ……!?」
男から声が漏れ、
ドタンッ!
男の身体が地面に倒れ伏す。男はしばらくの間体を震わせていたが、やがて動かなくなった。
動きから見ても、男は一門以上の戦士であったようだが、戦いによる疲れ、戦況からの焦り、相手への油断。それらによってあっさりと死ぬのもまた戦場の常であった。
ウオォオオォーーーー!!!
俺が男を倒した事を確認した周囲の者達から歓声が上がる。見れば、既に周りに敵の姿は無く、いるのは見慣れた顔ぶればかりとなっていた。団長の娘である女戦士が俺の肩を叩く。
「やったな、アンシャル!そいつはここの指揮官だよ!ちくしょー!手柄を先に取られちゃった!」
笑いながら愚痴とも称賛とも知れぬ言葉を吐く女戦士。その言葉を皮切りに、
「「「「「アーンシャル!アーンシャル!」」」」」
周囲の者達が俺の名を称える。手柄を立てた者への惜しみの無い賛辞。地獄の様な戦場で自らの存在全てが認められるような瞬間。この瞬間が俺は好きだった。俺は俺を称えてくれる仲間達に向かって言う。
「よーっし、祝いをするぞ~!支払いは俺の報奨金から出す!」
「「「「「ウォーーー!」」」」」
俺の言葉に仲間達が喜びと興奮の声を上げる。地獄の様な戦場。生と死の間のスリル。気心の知れた仲間達。傭兵団での仕事は、まさしく俺にとって理想の日々だと俺は確信した。
そして、戦の後の論功行賞が終わり、
「という事で、アールベック傭兵団は今日で解散だ。」
仕事の成功を祝う宴で突然団長が言った言葉に、俺の頭は真っ白になった。
「仕事をしたい奴は……」「身の振り方を……」「明朝8時に……」
団長含めた数人が尚も何かを話していたが、俺の耳には入って来なかった。俺が正気を取り戻したのはそれから6時間も経った後であった。
こうして、俺は傭兵から無職になったのだった。
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