第6話 異世界の城 ②
大理石の階段を下りていくと、空気はより一層厳かで神聖なものへと変わっていった。壁には意味ありげな石像が立ち並び、備え付けられた燭台の炎が、ゆらゆらと影を踊らせていた。
「こちらが礼拝堂です。中ではお静かにお願いします」
「はい、わかりました」
ラフィアは重厚な木製の扉を押し開けると、蓮斗に中へ入るよう促した。
「おお、これは凄い……!」
足を踏み入れた瞬間、蓮斗は思わず息をのんだ。礼拝堂の中は驚くほど広々としていて、静謐な空気に満ちていた。高い天井には繊細なステンドグラスが嵌め込まれ、床に幻想的な模様を描き出している。そして祭壇の中央には、生命の樹を思わせるような巨大な石像が鎮座し、圧倒的な存在感を放っていた。
「この礼拝堂は、古くから信仰の中心地として機能してきました。人々はここで精霊たちに祈りを捧げ、その恩恵を受けて日々暮らしてきた、とされています」
「精霊……ですか」
「はい。この世界では、精霊は万物に宿る世界の理そのものである、と考えられています。風や水、火や土、そして生命の流れ、そのすべてを司るのが精霊であり、我々はその大いなる流れの一部として生かされている。この思想こそが、当国の信仰の根幹を成しているのです。だからこそ人々は精霊を敬い、このように感謝を捧げています」
ラフィアの説明は相変わらず淡々としていたが、その言葉の端々には、この場所と信仰に対する敬意が込められているように感じられた。
「精霊」という聞き慣れない概念も出てきたが、これまで出会った不思議な現象を見るに、異世界なんてこんなものなのだろう。
「ということは、ラフィアさんも普段ここで祈りを……?」
控えめに問いかけると、彼女は一瞬だけ遠い目をして、やがて静かに首を横に振った。
「公的な儀式の際には。ですが、個人的に祈りを捧げるために訪れることは、ほとんどありませんね」
「そ、そうなんですか」
その答えは、彼女の信仰に対する姿勢を物語っているようだった。彼女にとって祈りとは、あくまで形式的なものに過ぎないのかもしれない。それは精霊を信じていないのか、それとも何か別の理由があるのか。
彼女の横顔から真意を読み取ろうとしたが、相変わらずその無表情は鉄壁だった。
その時、蓮斗は自分の周りに不思議な光が漂っていることに気がついた。
それは、塵のように小さく、しかし確かな存在感を持つ、淡い光の粒だった。光は一つではなく無数に存在し、礼拝堂の静かな空気の中をゆっくりと舞っている。
(なんだ、これは……?)
蓮斗が意識を向けると、いくつかの光がふわりと彼に近づいてきた。そして、まるで興味を示しているかのように、彼の周りをくるくると回り始める。彼は無意識のうちに、その光に向かってそっと手を伸ばしていた。
「どうかされましたか?」
不意に声をかけられ、蓮斗ははっと我に返った。見れば、ラフィアが不思議そうな顔でこちらを見ている。彼女の視線の先には、何もない空間に伸ばされた自分の手があった。
「あ、いえ……なんでもありません」
咄嗟にごまかすと、ラフィアは特に追及することなく、「そうですか」とだけ返し、再び前を向いた。
彼女には、この光が見えていないのだろうか。そんな疑問が頭をよぎったが、深く考える前に、ラフィアが歩き出してしまった。蓮斗は名残惜しそうにしながらも、彼女の後に続いて礼拝堂を後にした。
その後も、いくつかの場所を足早に見て回った。騎士たちが剣を交える訓練場や広大な書庫、そして、花々が咲き誇る大きな中庭。ラフィアはそれぞれの場所で簡潔な説明をするだけであり、蓮斗も特に質問をすることはなかった。
こうして一通り城の主要な施設を案内してもらった後、一つの扉の前でラフィアは立ち止まった。
「お疲れ様でした。こちらが、今晩お使いいただく客室です。今後、蓮斗様のお部屋としてご利用ください」
深い木の色をした、装飾の少ないシンプルな扉を見つめる。先ほどまで歩いてきた廊下と同じように、この部屋からもどこか冷たい印象を受けた。
「わかりました。今日は色々説明してくれてありがとうございます、助かりました」
「いえ。夕食の時間になりましたら改めてお知らせに参りますので、それまでごゆっくりお過ごしください」
ラフィアはそう告げて一礼すると、音もなく去っていった。その背中を見送り、一人残された蓮斗は、静かに扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。
室内は広々としていたが、置かれているのは大きなベッドとテーブル、簡素な椅子が一つだけ。これまで見てきた城の豪華絢爛さとは裏腹に、飾り気のない部屋にどこか寂しさを感じる。そして、ベッドに腰を下ろすと、深いため息が自然と漏れ出た。
「はぁ、これからどうなるんだろうな」
蓮斗はぼんやりと自分の手を見つめる。異世界に召喚され、訳も分からぬまま一日が過ぎた。この手は、この身体は、昨日までと同じであるはずなのに、自分のものではないような奇妙な感覚に襲われる。
やがて考え込むことに疲れ、ベッドにゆっくりと横たわった。
見慣れない高い天井をぼんやりと眺めているうちに、抗いがたいほどの疲労感が全身を包み込んでいく。不安も、疑問も、今はすべて重たい瞼の向こう側へと沈んでいくようだった。
「これじゃ、夕食まで起きていられそうにないな……」
これが夢であることを願いながら、やがて彼は深い眠りに落ちていった。
勇者召喚の片隅で ~無能とバレたらあっけなく追放されたんだが、この異世界でどう生き残ればいい?~ Shig @shi_g
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者召喚の片隅で ~無能とバレたらあっけなく追放されたんだが、この異世界でどう生き残ればいい?~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます