後攻

 ピンポーン、ピンポーン。


 チャイムの音……?


 目覚めたとき、ベッドの上にいたのは私だけだった。


「……青葉さん?」


 部屋を見回してみたが、青葉の姿は無い。とりあえずバスローブをまとい、ドアを開ける。


「おはようございます、ルームサービスの朝食をお持ちしました。それと、お伺いしておりました請求書もこちらに添えております。それでは、失礼致します」


 ホテルのスタッフはそう言うと、静かにドアを閉めて出て行った。



 もしかして……


 騙されている……? 私が……!?


 頭ではそう思っても、「青葉さん?」と口に出し、部屋の中を探し回った。いない、どこにもいない。


 やはり、私は騙されたのだ。


 レストランとバーでの飲食費、それに宿泊費を合わせ、請求額は15万円を超えていた。


 

 少しお酒が残る頭で、私は昨日のことを思い出していた。


 お酒を飲んだ日でも、私は少しの物音で起きてしまう方だ。飲み物に何か混ぜられたのだろうか……


 そう言えば寝る直前、青葉は枕元に冷たいお茶を持ってきた。


「夜中って喉渇いて目が覚めちゃうでしょ。これ、美貴さんのも置いておくね」


 そう。青葉はお茶が入ったグラスを二つ、枕元に置いた。多分、私の方には何かが入っていたのだろう。



 念のため、出会い系サイトにログインをしてみた。すると、青葉はIDを削除しているどころか、メッセージまで送ってきていた。


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どうだ? 騙される側になった気分は? お前の相方もハメてやる。覚悟しろと言っておけ。

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青葉……アンタの事、絶対許さないから。相方、かなりヤバい奴だから覚悟してなよ。とことん、追い詰めてやるから。

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おー、怖い怖い。やっと本性出したか。自分じゃ気付いてないだろうけど、いくら化粧を塗りたくっても、顔に出てたぜ・笑

あとこれ。想い出に取っておきな。

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 メッセージと共に、青葉と撮った画像が送られてきた。青葉の顔の部分だけは、スタンプで塗りつぶされていたが。 


 気付けば、私はスマホを放り投げていた。



***



 康司に連絡を取り、昼過ぎに合流した。洗いざらい話すと康司は大笑いした。


「バッカじゃねーの、お前! 騙す方が、騙されてどうすんだよ!! クッソウケるんだけど!! ハハハハハハ!!」


 だが、青葉が康司の事もハメると言ったことを伝えると、途端に顔つきが変わった。康司は舌打ちをして言った、「殺す」と。



 私と康司は、青葉の事を調べ始めた。


 だが、当然のごとく全ての情報がウソだった。青葉が見せてきたアプリも探し出したが、運営していたのは海外の会社だった。


「お前が騙されただけなら、放っておけばいんだが、俺もハメるとか言ってやがるんだろ? 写真も撮ってなかったとか、何やってんだよ」


 康司はまた舌打ちをした。


「……写真? ちょっと待って、康司。これ、私とツーショット撮ったときの写真なの」


「ツーショットって言っても、お前の顔しか写ってねぇじゃねーか。バカかよ」


「違う。ほら、社員章のバッヂ。てっきり、青葉の会社のバッヂだと思ってたけど、青葉の会社なんて存在して無かったし。……もしかしたらここに勤めてるのかも」


「……うーん。まあ、他に手がかりも無いし、調べてみるか」


 バッヂの画像検索などで検索をかけてみたが、一向に見つかる気配は無かった。困り切った私たちは、ウソの情報をSNSに流した。


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この社員章バッヂ、どこの会社かご存じないでしょうか。姪っ子が痴漢された際、かろうじてこのバッヂだけ撮影したようです。姪っ子に泣き寝入りさせたくないんです。どんな情報でも結構です。宜しくおねがいします。

#痴漢撃滅 #拡散希望

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 そこまで期待していない私たちだったが、予想外のスピードでこの投稿は拡散された。


 そしてとうとう、社名が分かった。足立貿易株式会社。有り難い事に、都内の外れに本社のみがある会社だった。


「おい、さっそく乗り込むぞ」


「電話とかで、それらしき人物がいるか確認した方が良くない?」


「バカか。そんな動き見せたら雲隠れするだろうが。これだけ投稿が拡散された時点で気付いてるかもしれないのに」


 流石、康司だ。大学中退としか聞いていないが、案外いい大学に行っていたのかもしれない。



 私たちはタクシーに乗り込み移動した。ここからなら、多分4,000円もあれば足りるだろう。目的地が近づくにつれ、康司の顔が険しくなる。


「とりあえず、最初は紳士的にお前が話せ。普通に尋ねる際には、青葉の事を隠したりしないだろ。おかしな態度を取るようだったら、俺が代わってやる」


 私は康司と共に、足立貿易株式会社が入っているビルへと足を踏み入れた。大きな会社を想像していたが、雑居ビルに入っている中程度の会社だった。


 ドアをノックして入ると、パーティションなどは無く、社内全体が見渡せた。目に入るのは高齢の社員ばかりだ。念のため、受付の女性に青葉の事を聞いてみたが、該当する社員はいないと言った。そもそも、一番若い社員でも40歳を超えているとの事だ。


「ウソを言ってる感じじゃ無かったね……それにしても、こんな規模の会社でも社員章とか作るんだ」


「昔は儲かってたんじゃねーか? にしても、青葉って奴はなんでここのバッヂを付けてやがったんだ」


 その答えは、翌日明らかになった。



***



 翌日、出会い系サイトにログインすると、青葉からのメッセージが届いていた。


 この期に及んでメッセージを送ってくる青葉に対して、私は怒りでどうにかなりそうだった。


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俺のやりたいことは済んだ。

お前たちは、これからずっと後ろ指を差されながら生きろ。

そして、反省する心があるなら、心の底から山田に謝ってくれ。

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 このメッセージと共に、SNSのURLが貼られていた。もの凄く嫌な予感がする。だけど、そのURLを押さずにはいられなかった。


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俺の親友を自殺に追い込んだ、美人局の二人組です。

女は大原有紀、男はコウジ(名字及び漢字は不明)

今後被害者を増やさないよう、拡散をお願いします。

#拡散希望 #美人局 #自殺 #人身事故

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 『正義マン』と名乗る人物の投稿には、私の本名と共に2枚の画像と1本の動画が載せられていた。


 2枚の画像とは、私の免許証とベッドで裸になっている写真だった。どちらも私が眠っている間に撮られたのだろう。辛うじて、どちらの写真も多少加工されていた。


 一方、動画には肩を怒らせて歩く康司と私が鮮明に映っていた。足立貿易株式会社に乗り込む際、雑居ビル内で撮られたものだろう。


 そして最後に、投身による人身事故を取り扱ったニュースのURLも貼られていた。


『JR大宮駅で人身事故 男性死亡…電車にはねられる 30代男性教師』


 30代の男性教師……?


 思い出した……確か、名前は山田雄一ゆういち。学校にバラすと脅して、かなり巻き上げたのを憶えている。


 最後は連絡が取れなくなっていたが、まさか自殺していたとは……



『そうなんだ! そいつは会いに行ったら、別人が出てきた挙げ句、男まで出てきたとか言ってたから。……でも、良かった。美貴さんは写真と同じ人で』


 そうか……これは、私のことだ。


 確か、当日訳あってメイクが間に合わなかったのだ。目の前で「別人みたいですね」と言われた私は、かなり腹を立てたのを思い出した。


 私のプロフィール画像は数種類を使い回していたが、今回使っていたのは自殺した山田の時に使っていたものと同じだったのだろう。


 そう言えば、青葉が使っていたプロフィール画像……


 あれは眼鏡を外した山田雄一だ。





〈了〉

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