第3話
「可愛い……確かに。可愛いと言うのか、なんと言うか」
「か、『可愛い』じゃないとすると、美人系ですか」
「美人……?」
彼は恋人の容姿と形容詞を重ね合わせてみているのか、視線を宙に向けた。それから急に吹き出して笑った。
「え? え?」
「ご、ごめん。いや。三島さんを笑ったんじゃないんです。どうにも、あいつは可愛いとか美人とか、似合わない容姿で」
あいつ。
そして可愛いも美人も似合わない容姿って、なんだ?
デブなの?
ブスなの?
まさかの?
目をぱちくりぱちくりとしていると、不意に扉がノックされた。
――やばい。
サボっているのがバレるのは非常にまずい。社会の仕組みが分からなくても、この部屋が偉い人の部屋だって知っている。と言うことは、ここに用事があって来る人は、その人も偉いか、その偉い人張本人しかいないと思ったからだ。
おれは慌てて腰を上げる。それと同時に、おれが入ってきたばかりの扉が開いた。
「ひな、仕事終わった? 今日はいい加減に帰る……ぞ?」
長身のお洒落な風貌の男は、おれたちを見て言葉を止めたようだ「なんで?」という顔。言い訳にまごついていると、天沼さんが動揺した素振りもなく答えた。
「話し相手になってもらっていたんだよ」
「あ、そうか……。失礼しました。おれ、一人かと思って」
彼は礼儀正しく頭を下げる。
「いや。あの、すみません。おれもラウンド中で。油を売っていたんです。すみません」
謝罪の言葉を述べても、なんの意味もなさないということは理解している。しかし、ついそう言葉が出た。やましい気持ちがあるわけでもあるまいし。
――え? やましいってなに? 天沼さんを頭の中でどうしようと勝手なはずだ。
そうだ。おれは。何度も彼との情事を妄想していたのだ。天沼さんをここで無理矢理押さえつけて、それからベルトを外して、露わになったそこを手でしごいたらきっと、可愛い声を漏らすに違いないのだから。
いつも付き従っている、あの大柄な怖い顔の副市長だって。天沼さんをどうにかしたいと思っているに違いない。いや、もうすでに?
だって見てよ。この可愛らしさ。今さっき入ってきた男を見る彼の目は熱っぽくて情夫みたいだ。
男はおれになんて興味もなさそうに天沼さんのところに歩いて行った。
「昨日も残業しただろう? 今日は終いにして帰るよ」
「でも、明日の庁議の資料がもう少しなんだよね」
「そんなこと言って。どうせ、ほぼできているんだろう? 悪いクセだよ。ほどほどにしないと。どうせ、どんなに念入りに作ったって、副市長に文句は言われるんだろう?」
「そうだけど………」
「いつまでも残っていると、警備の人も困るんだから。――ねえ? そうですよね?」
急に話題を振られて、はっとする。そして思わず同意してしまった。
「そ、そうです」
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