不死には至れぬ末路

酒月うゐすきぃ

不死には至れぬ末路

始まりは、なんだったろう......。


泣き崩れる親。

深い絶望。

いや、今考えるとそこまで深くなかったかもしれない。


余命が、たしか半年だとか言われたような気がする。

やりたいことがいっぱいあった。

確か、なにかがうまくいきそうだったんだ。


何だっけ?


野球......そう、野球だ。

レギュラーに選ばれたばかりの頃だっけか。

もっとやりたかった。


それに、両親を悲しませたくなかった。

愛情をたくさん注いでくれていたと思う。

やりたいと言ったことは、何でもやらせてくれた。

まだまだ先のことだけど、いっぱい恩返しをしたいと思っていた。


死にたくなかった。

あの頃は。


余命を宣告されてからは、なにかに祈ったり、なにかを呪ったり、それをひたすら繰り返していた。

祈りと呪い、どちらが叶ったのか。


「望むなら、あなたを不老不死にしましょう」


夢の中で、そんな声を聞いた気がする。

ふたつ返事で、不老不死を願った。

願ってしまった。


ありきたりな結末だった。

いや、結末なんて訪れていない。

通過点、それもかなり序盤の話。


大切な人はみんな先に逝った。

家族、子供、孫、ひ孫。

何代見送ったか、もう覚えていない。

災害や事故、戦争といった悲しいことも経験した。

それでも、いつも誰かが近くにいてくれた。


それも、遠い遠い昔の話。

今では、誰の顔も思い出せない。

泣かせまいとした親も、初めてできた子供も、名前すらおぼろげだった。


いつの頃だったか。

世界中がパニックに陥る中、なすすべもなくあらゆるものが滅んだ。


地球に大きな隕石が衝突した。

地表が灰になる、といったレベルじゃなかった。

星が、粉々になったんだ。

......たぶん。


その瞬間は、何が起こったのかまったく分からなかった。

痛みを感じる間もなく、目の前が真っ白になった。

それからしばらくのことも、よく覚えていない。

混乱と苦痛の繰り返し。


ようやく痛みになれて、多少意識を保てるようになったころ、何とか状況を把握することができた。

自分は生身で、宇宙に放り出されたんだ。


体液が沸騰して、膨張して、破裂する。

すぐに戻っては、沸騰して膨張して破裂。


隕石が衝突したあの日から、ずっとそれを繰り返しているらしい。

このサイクルになれるまで、どれくらい時間がたったんだろうか。

なれるといっても、今でも想像を絶する痛みだ。

気が狂いそうになるほどの苦痛を、秒単位で何度も何度も何度も何度も繰り返している。

もうすでに狂っているのかもしれない。

あるいは、狂ったからこそ、こうやって思考ができている可能性もある。


再生した眼球が再び破裂するまでのわずかな時間。

なけなしの視界には、地球のかけらすら見当たらない。

隕石の衝突で、流れ星となって方々に散ってしまったのか。

あるいは自分自身が、地球のあった場所から大きく離れてしまったのか。

なにもわからないし、知るすべもない。


なにもすることがなく、ひたすら続く孤独と苦痛の中で、できるのは記憶を掘り返すことだけだった。


家族とのやり取り。

何度もリフレインしたお気に入りの映画。

好きだった音楽。

しかしそのどれもが、もはや断片的にしか思い出すことができない。


繰り返し再生したせいで擦り切れたテープのように、ノイズまみれで色褪せていて。

唯一すがれる大切な物なのに、もうほとんど、意味も分からなくなっている。


だいぶ昔の話。

目と鼻の先に、星が生まれた。

その空間には、確かに何もなかったはずだ。

正確には、何億年もかけて徐々に大きくなっていったわけだけども。


そんな星に、光が見えたんだ。

知的生命体が、いるのかもしれない。

天文学的な確率なんじゃなかったろうか。


光が、徐々に広がっていく。

文明が、間違いなく進んでいた。


期待せずにはいられなかった。

科学が進んで宇宙に出られるようになれば、見つけてくれるかもしれない。

カタチもコトバも、まったく違うだろう。

もしかすると、得体の知れないものとして実験対象にされてしまうかもしれない。


それでも、独りよりはずっといいはずだ。

星ができたと認識してから数万年、数億年?

この頃は、ずっとそんなことを考えていた。


でもある日、ひと際大きな光が各地で瞬いたのを最後に、その星から光が消えてしまった。

何があったのか、知る由もない。

いくつか想像することはできるが、考えるだけ無駄だ。


こんな機会、もう二度と訪れないだろうという絶望。

この先も、独りで死と再生を永遠に続けることになる。


今だったら。

もし今の自分があの時に戻ったら、不老不死を受け入れるだろうか?


あの瞬間は、間違いなく死にたくなかった。

でも今は、心の底から死なせてほしいと願っている。

なんてわがままなんだろう。


......この思考も、いったい何度目だろうか。

きっと、地球にいた時間よりもはるかに長く、同じことを延々考えている。


きっとこの先も、ずっと後悔し続けるだろう。

だって、自分の生はこれからも、この暗くて寒い宇宙のただなかで、ずっとずっと永遠に続くのだから......。

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不死には至れぬ末路 酒月うゐすきぃ @sakazukiwhisky

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