第3話 再生

 同じように電光掲示板を曲がり裏路地へと走りこむ。男たちの罵声は狭いビルの間を反響し深い闇へと吸い込まれていく。どうやら仲間を増やして未だに子ネズミを追っているらしい。実にしつこい。


 もう一時間近くはこうしているだろうか、薄いビル明かりに照らされた入り組んだ道を走り、声の無い方へ、声の無い方へと足を進めていく。


 喉はカラカラに渇き水分を欲しがる。足は自ら意思を持ったように道を選び疾走する。何処をどう走ったかカイムにも分からなかった。


 迷ったところでここは第三地区、自分達が住む第四地区に帰るのなんてさほど難しい事ではない。


「くっ……はぁ……む、無理だ!」


 滑り込むように地面に膝を突き、大きく息を吸っては仰向けに倒れた。

 ビルの間から見える朧月がある。

 地面を執拗に蹴る音はいつの間にか消え去り静寂だけがこの場を支配していた。


(あれで有言実行だから、怒るに怒れないんだが……)


 きっと今頃はわざとらしく別れた忍者かぶれがお兄さん達を撒いている頃だろう。


「ふぅ……」


 強く脈打つ胸に手を当て息を整える。

 カイムは体を起こし辺りを見回した。


 どうやらここはビルとビルの隙間に出来た都会のポケットらしい。

 動かなくなったエアコンや洗濯機などが不法投棄されており、そこそこ広かったであろう土地はただのゴミ山と化している。


 肌に張り付くベトベトになったシャツを脱ぎ捨てたかったが、ストリーキングする趣味は持ち合わせていないので首に巻かれていたネクタイを緩めるだけに留めておいた。


「さて、帰るか」


 いつまでもここで涼んでいる訳にもいかない。お兄さん達の足音が無い今こそトンズラするべきだ。鞄を再び抱えなおし二つの路地を見比べ――適当に左側の道を選択した。


「待てや、お前!」

「うへ……」


 ビクッと背中が反応したのが自分でも分かる。

 厳つい声が聞こえた方を確認する為、カイムはゆっくり首だけを動かす。

 そこには幸か不幸か一人のマッチョが立っていた。


(……怨むぜ、ジャック)


 裏切らないなら撃ち漏らしが無いように引きつけて欲しかったが、それも贅沢かと思い直し、こほんとっ小さく咳払いをした。


「いやー……お兄さん。なんか勘違いしてますよ」

「うるせぇ!」


 銅鑼でも鳴らした様に空気が震える。

 今更理由もきっかけも彼にとっては関係ないようだ。

 それを証明するように手にはバナナの皮が握られている。


「一発殴らせろや、おらぁ!」

「ちょっとそれは出来ない相談かなー……なんて」

「がたがたうるせぇんだよ!」


 マッチョなお兄さんはかなりお熱なようでスキンヘッドに血管が浮かんでいる。気合いと共に手に持ったバナナの皮を地面に投げ捨て、高らかに【再生】の言葉を叫んだ。


「装填――再生おぉぉぉお!」

「げげげ、こっちは史上最弱ですよって!」


 男の右腕が突然膨れ上がったかと思うと原子配列変換の光に包まれ、光が弾けた頃には五本の指も消え去った。その手は人の頭ほどのハンマーに変化している。


 男はカイム目掛けて右腕のハンマーを振り下ろす。


「あっぶねぇ!」

「避けんじゃねぇ!」


 男の動きは決して早くはない。腕が再生化した事により体の動きがより遅くなったと見える。ならば逃げ足の速いカイムにとって敵ではない。怖いのは無駄に大きい気迫くらいのものだ。


「一発だ、一発で済ませてやる」

「そりゃあ一発当たれば十分でしょうよ!」


 相手はシルバーエイジ。

 体の動き、意識、外見的変化を見るにまだエイジ化<10%>程度の小物だろう。

 そんな相手ならこの辺りにはごまんといる。


(まあ推測したところでやりあう気はないが)


「おらおら、逃げんじゃねぇ!」


 乱暴に右手を振り回しては己の体を回転させ、男はカイムに攻撃を仕掛ける。

 このまま戦線離脱する事も考えたが、男の素人臭い動きのせいで逆に危険に思える。予想だにしない攻撃が一番怖いのだ。


「そろそろ落ち着いて……危ないですし、それもしまいましょうよ!」

「うっせぇ! てめぇに何が分かる。分かるかこの身持ち!」

「……分かりません」


 威勢良く出てきて彼女の前で年下に足をかけられ不恰好に転び、挙句の果ては生ゴミを被った男の気持ちなどそうそう理解できるものではない。


 思い直せば思い直すほどこの男に同情が湧いてくる。

 気のせいか涙目にすら見えてくるから恐ろしい。


「俺がどれ程苦労して真紀を落としたか……フラレたら……一生許さねぇ!」

「あー、その件については僕の友人から謝罪を……」

「いるか! 今すぐ殺してやる……!」


(おおう、一撃からランクが上がりすぎじゃないですかね!)


 ハンマーを避け後退するカイムの背中に突然柔らかい何かが当たる。

 一瞬カイムは壁かと思い、すぐさま身を翻そうと思ったのだが、ハンマーは眼前に迫っていた。


「やべ……」


 鋼鉄に石がぶつかった様な反響音が鼓膜を刺激する。

 しかし…………衝撃が無い。


 自らの頭頂部を抱えたカイムはゆっくりと瞳を開く。初めに映ったのは男の足元だ。まだ力がこもっているのか筋肉が緊張している。


(……と言う事は)


 自分の頭が実は改造されていて、鋼鉄で覆われておりこの攻撃を無効化したのかと考えたが、頭を抱えている時点で腕が叩き潰されている筈なのでその線もない。


 ならば――。


「誰だ、お、お前……!」

「ア、アアアァァァァァ!」





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