第4話 マフラーの少女

 キィィィィンと耳鳴りが起きる。

 カイムは本能的に耳を塞ぎ、男の脇を通り抜け背中に立つ『驚異』から離れた。


「じゃ、邪魔すんのかよ……!」

「ア……アアアア、ド、ドコ――」


 黒――いや何かべっとりとした液体が髪に付着しているせいで漆黒に見える長髪を振り乱し、彼女は右手の再生化した西洋剣で男のハンマーを力任せに吹き飛ばす。


「う、うああぁぁ!」


 男の体が再生化していたのが幸いか、よろめきながら地面に尻餅をつくだけに留まった。


 振り抜いた彼女の腕は近くの廃棄用品を真っ二つにして砂埃を上げる。

 再生化してなければ今頃右腕とは一生おさらばしていたかもしれない。


 彼女は訳の分からない奇声を上げながら、ずりずりと右腕を引きずって男を狙う。


「アツイ……ツイ……アアアアア」

「な、なんだ、こいつ、なんなんだよ!」


 恐怖に意思が吹き飛んだのか男の右腕はただの腕に戻っている。

 再生化するほど理性を保てていないのだ。


 彼女の制服はドス黒い色に染まり、チェックのスカートも裂け、皮膚は所々が擦り切れていて痛々しさが見ているだけでも伝わってきた。


 右手の再生は人からかけ離れた無機物へと変わっている。シルバー・エイジには違いない。違い無いのだが、何かがおかしかった。


(こんな奴見たことないぞ……!)


 ホラー映画のように近づいてくる少女を男は震えながら見つめ、剣が朧月に反射し男の視線を刀身に写す。彼女の剣は地面から砂を巻き上げながら高速で振り上げられた。


「ひ、ひいいい!」

「逃げろ! 早く!」


 ボロボロになりかけの角材を手に持ち、カイムは切り上げようとした剣を押さえた。直接出せば真っ二つだろうが、角材で縦に押し込んでいるので、なんとか斬られずに済んでいる。


「お、お前……」

「いいから、もうもたねぇ!」


 両手で押さえ込んでいるが彼女の力は化物のように強い。

 まさに完璧な改造人間といってもおかしくないほどだ。


「あ、ああ……」


 震える足を起こし男は背中を向けて一目散にその場を逃げ出した。

 押さえている角材は小さな悲鳴を上げ彼女の分厚い剣に両断される。

 押さえ込めたのは数秒。

 あと少しでも遅ければカイムも角材と同じ運命を辿っていた事だろう。


「アアアア――」


 だらしなく開いた口から唾液が地面へと滴る。

 カイムは彼女から距離を取り、首もとのネクタイを緩めた。


「だ、大丈夫か、あんた?」

「ウ……ウウウウウ――」


 首を左右に揺らし、時たま上下にガクンガクンと頭部が跳ねる。

 その度に体からは血が滲み地面を赤く染めた。


「病院に連れてってやるから……それしまいな」


 出来るだけ優しい口調を選びそっと彼女に歩み寄る。

 とにかく再生化を解除してもらわなければ話にならない。

 事情を聞くのはそれからだ。


「ア、あー、A……a、アアアア、アハ、アハハhaハハハhァハハ」

「気が立ってるんだな。大丈夫だ。安心しろ、君を虐める人は誰もいない。だから、落ち着け、な? 怖い事は無い。再生化を、解くんだ」


 両手を広げ危険が無い事をアピールするが、目元まで隠れた髪のせいで彼女の視線は分からない。彼女は左腕で自分の身を抱きガクガクと震えだす。


「ヤメテ、ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ」

「お、おい、何もしねぇよ」

「ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ――!」

「危ない事は無い。だから落ち着け」


 パニックを起こす彼女を前にカイムは静かに近寄る。

 両手を広げ安全なことを伝えながら。

 そして子供をあやす様にそっと抱きしめようと――、


「――――――――――――――――――――――――――――ウソダ」


 ヒュンッ。

 と、一閃。

 頬をかすり一筋の鮮血が飛ぶ。


「ウソダウソダウソダ――イタイ……イ、イタイ――アアアAAAAaaaa!」


 ブンブンと彼女は見えない敵でも切り刻むように剣を振り回し始めた。


「ママ、ママ、ママ、ママ」


 何度も何度も唱えながら彼女は動かなくなった電化製品を解体していく。


「くっ……待ってろ!」


 重量のある西洋剣を縦横無尽に振り回す彼女をカイムは背中から抱きとめる。


「落ち着け! 大丈夫だ!」

「トメテ、トメテ、トメテトメテ」


 彼女に密着している部分が、熱した鉄を押し当てられているように熱い。

 だがカイムは彼女から離れようとはしなかった。


「イタイ、ヤ、ヤメ、ヤメテエエエ!」


 彼女の力は常人の数十倍。

 自称至上最弱のカイムには乱暴に振り回す体に張り付いているのがやっとだ。


「ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「う……っつ!」


 出会い頭に放たれたパニックボイスが脳を揺らし、彼女からカイムは引き剥がされる。


「ダシテ、ココカラダシテ! アケテ、アケテ!」


 振り上げられた剣がカイムの頭部を狙っていた。


 今度こそ斬られる――と瞳を閉じたとき、脇腹に予想外の衝撃が打ち付けられる。 

 まるで重量のあるデブ猫がタックルをかましてそのまま走り抜けていくような感覚。



 ――と、同時にバシャッと水の零れる音が聞こえた。




「キャアアアアアアアアアアアアア!」

「な、なんだ!」


 何が起きたか判断する間も無くカイムは腕を掴まれそのまま走る。振り向くと先ほどまで狂気に駆られていた彼女は濡れ鼠になって蒸気を上げていた。


 電源の切れた人形のようにただフラフラとその場に立っている。

 足元には何故か旧型の保温ポットが落ちていた。


「逃げるぞ」

「おい、アイツをこのままにするのか!」


 腕を引っ張る命の恩人に対してカイムは大声を上げる。


 その恩人――十歳か十二~三歳に見える少女は七月の生温い時期にも拘らず、物凄く長すぎるマフラーを首に巻いていた。


「何も出来はせんよ」


 声に似合わず年老いた老人のような口調だなとカイムは思った。


「病院に運ぶとか、警備軍を呼ぶとかできんだろ!」

「被害を増やすだけだ」

「ぐ……けど!」

「ならお主にはお嬢を救う具体的な案はあるか?」


 腕を引っ張られたまま走るカイムに少女は問いかける。

 ビル明かりばかりの路地を抜け、大通りにやっと出てきた。


「無言のところを見ると思いつかんようだな」

「…………っ」


 大通りはいつもどうりの喧騒に包まれている。

 家を目指す人たち、これから外出する人たち。

 誰も彼もが日常に身を置いている。


 通りを走る車も当たり前のようにいつもと変わらず流れていた。

 カイムは乱暴に少女の手を振り解き、乱れた服装を整えた。


「……例だけは言う。ありがとよ」

「いや、礼はいらんよ。その代わりと言ってはなんだが――」


 少女は目を細め、にんまりと笑った。




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