第5話 F級ダンジョン 2/3
【《稚拙剣術》を会得しました】
【《噛みつき》を会得しました】
【《引っ掻き》を会得しました】
【《稚拙棒術》を会得しました】
【《身体強化》を会得しました】
【《魔力増量》を会得しました】
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…………
……
…
約1時間のダンジョン攻略を経て、俺は着実にスキルを集めていた。F級の魔物たち、ゴブリンやウルフが持つスキルは確かに地味なものが多い。だが、それでも無駄ではない。必要のないスキルは削除できるため、本当に使える力だけを厳選していけばいい。俺のスキルは着実にレベルアップし、少しずつではあるが確実に強くなっている実感があった。
しかし、問題もある。俺自身が成長しても、武器は消耗する。この1時間で十数匹の魔物を相手にしてきたが、そのせいで木刀は見るも無惨なボロボロ状態だ。あと数回使えば、確実に折れるだろう。
「最悪、素手で戦えばいいか」
そう呟きつつ、半透明のステータスウィンドウを開く。
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【スキル】:身体強化 Lv3
稚拙剣術 Lv2
噛みつき Lv2
引っ掻き Lv2
魔力増量 Lv1
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同じスキルが重複しても、それは経験値として蓄積される仕組みだ。そのおかげでスキルのレベルが着実に上がり、1時間前の自分とはまるで別人のように強くなったことを感じる。
「《噛みつき》や《引っ掻き》があるし、素手でも十分やれる。ただ、やっぱり武器があった方が戦いやすいな。何かドロップしてくれればいいけど……」
魔物を討伐すると魔石以外にも、種族にちなんだアイテムをドロップすることがある。例えばゴブリンなら『錆びたナイフ』、ウルフなら『尖った牙』といった具合だ。確かに質は低いが、今のボロボロの木刀に比べればはるかにマシだろう。
それに、宝箱があればもっといい。
人工ダンジョンである以上、基本的に宝箱は期待できないが、それでもどこかにレアなアイテムが隠されている可能性は捨てきれない。
「クモォ……」
そんなことを考えていると、岩陰から巨大なクモが静かに這い出してきた。
そのクモ──ブラック・スパイダーは、体長が1メートル近くもあり、その全身を覆う漆黒の体毛は洞窟内の薄暗い光を不気味に反射している。節くれだった8本の脚は、鋭い岩肌を音もなく踏みしめ、まるで空気に溶け込むかのように滑らかな動きで接近してくる。その動きには野生の獰猛さと洗練された精密さが同居しており、視線を奪われるほどの威圧感を放っていた。
口元に覗く鋭い牙。その先端からは透明な液体がポタポタと滴り落ちている。それが毒であることは明白だ。岩肌に落ちた液体はジュッと音を立て、軽い煙を上げながら蒸発していく。このブラック・スパイダーが猛毒を持つ危険な魔物であることは間違いない。
「ラッキーだな」
だが、それでも俺はむしろ幸運だと思った。
かつて中学時代、同級生が話していた転生小説の話を思い出す。それはクモ型の魔物に転生した主人公が、多様なスキルを駆使して数々の試練を乗り越える物語だった。その時は冗談めかして笑っていたが、いま目の前に現れたブラック・スパイダーの存在を前にすると、あの話がどれほど真実味を帯びていたかを感じざるを得ない。
さらに、前世での記憶も蘇る。
古代魔法師として戦いに明け暮れていた頃、クモ型の魔物が持つスキルに幾度も助けられたことを覚えている。糸を使った束縛や罠の設置、俊敏な動きによる戦闘補助──どれも状況次第で圧倒的な力を発揮するものばかりだ。
「さて、と」
目の前の魔物を睨みながら、俺は木刀を構える。慎重に間合いを測り、ブラック・スパイダーの動きを観察する。その動きはまるで隙がないように見えるが、魔物には必ず弱点があるはずだ。それを探り当てることが、この戦いの鍵だろう。
クモの赤い複眼が俺を睨み返し、威圧感がさらに増す。洞窟内の緊張がピークに達する中、俺は深呼吸をしながら冷静に木刀を握り直した。
「こいつを倒して、新しいスキルを手に入れるとするか──!」
そう呟き、俺は足を踏み出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「クモォ……!!」
ブラック・スパイダーが鋭い唸り声をあげ、その口元から糸を吐き出してきた。白い糸はまるで生きているかのように素早く俺の腕や脚に絡みついてくる。その糸は異様なまでに粘り気があり、絡まれると動きが鈍くなる。
「くっ、これがクモの糸か……!」
俺は素早く木刀を振り、絡みつく糸を切り裂く。だが、その間にもブラック・スパイダーはまた糸を吐き出してくる。動きが鈍い分、こうした間接的な攻撃でじわじわと追い詰める戦法を取っているようだ。
「こんなもの……時間をかけてられない!」
「クモォ!!」
糸を避けながら再び接近しようと一歩踏み出した瞬間、ブラック・スパイダーが鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってきた。牙の先からは透明な液体が垂れており、どう見ても毒が仕込まれている。
「危ないッ!」
ギリギリのところで身を引き、ブラック・スパイダーの牙を避ける。だが、今度は後方から伸びてきた糸が俺の足を絡め取った。
「くそっ!」
必死に木刀を振り下ろして糸を断ち切るも、再びブラック・スパイダーが迫ってくる。毒牙が目の前に迫る中、俺はとっさに反撃に出た。
「これで終わりだ! 《噛みつき》!」
ウルフから得たスキル、《噛みつき》を使い、思い切りブラック・スパイダーの脚にかぶりついた。クモの脚に噛みつくなんて嫌すぎるが、そんなことを言っている場合ではない。スキルが発動した瞬間、俺の顎は驚くほどの力を発揮し、ブラック・スパイダーの脚に深い傷をつけた。
「狙いは脚の関節だ……!」
俺は木刀をしっかりと握り、のブラック・スパイダー脚の付け根に狙いを定める。ブラック・スパイダーが鋭い脚を振り下ろす瞬間、俺は横に回り込むように身を低くして避け、その勢いを利用して木刀を振り抜いた。
「おらっ!」
ゴキンッ! という音と共に、木刀が脚の関節に直撃する。ブラック・スパイダーが甲高い悲鳴をあげ、一歩後退した。その動きにわずかに隙が生まれる。
「やっぱり動きが鈍くなったな……よし、追撃だ!」
俺はその隙を逃さず、さらにもう一撃を加えるべく接近する。狙うは腹部。大型のクモ型魔物は基本的に腹部が弱点だというのは前世の記憶でも知っている。
「これで決める!」
木刀を振り上げ、全力で腹部に叩き込む。ガツンという音と共に、ブラック・スパイダーは大きく揺れた。黒い液体が飛び散り、クモは数歩後退したあと、その巨体を地面に沈めた。そして、魔石を残して光の粒子と化した。
「さて、さっそくいただこう。《
魔石を飲み込むと、いつものように半透明のウィンドウが目の前に表示された。
【《蜘蛛糸》を会得しました】
「よし……これは使えるな」
俺にとって、初めての遠距離攻撃スキルだ。攻撃力そのものは皆無だが、粘着質な糸を利用した戦術の幅は大いに広がる。特に次の決闘では、間合いを取るための有効な手段になるだろう。
ウィンドウを操作し、早速スキルを整理する。《引っ掻き》を削除して《蜘蛛糸》をスロットに入れ替えた。これで徒手空拳の選択肢は失ったが、それ以上に得たものが大きい。
「さっそく試してみるか」
俺は手を掲げ、意識を集中させる。すると指先から白い糸がスルスルと伸び始めた。その糸はまるで生きているかのように滑らかに動き、糸先な近くの岩にへばり付いた。
「なるほど、こんな感じか……」
糸を引っ張ると、驚くほどの粘着力と強度を感じる。これを利用すれば相手の動きを封じたり、物を引き寄せたりと多彩な用途が期待できそうだ。遠距離攻撃としてだけでなく、捕縛や補助の役割も果たせるのは心強い。
「これで少しは戦い方の幅が広がったな」
満足感を噛み締めながら、俺は洞窟の奥へと足を進めた。この先にどんな魔物が待ち受けているか分からないが、この新しいスキルで乗り越えられる自信が湧いてきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ついに最深部、か」
目の前には巨大な鉄扉がそびえ立っている。その先には、ダンジョンのボスが待ち構えているはずだ。前世では何度も経験したシチュエーションだが、今世ではこれが初めてだ。自然と緊張がこみ上げてくる。慎重にスキルを育て、可能な限り準備を整えてきたが、それでもこの場に立つと身が引き締まる。
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【スキル】:身体強化 Lv6
稚拙剣術 Lv4
毒 牙 Lv3
蜘蛛糸 Lv3
魔力増量 Lv2
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スキル欄を長め、冷静さを取り戻す。大丈夫だ、俺は確実に強くなっている。ぶらっク・スパイダーだって、一撃で仕留められるようになった。木刀こそボロボロだが、ボス戦が終わるまでは持ちこたえてくれるだろう……と信じたい。ドロップアイテムが1つでも手に入っていれば、少なくとも木刀の不安は感じずに済んだはずなのに。
「……とにかく、やるしかない。」
そう呟きながら、重い鉄扉に手をかけ、全身の力を込めて押し開けた。その先に広がっていたのは、体育館ほどもある広大な空間だった。洞窟のような荒々しい岩肌が広がり、湿った空気が立ち込めている。その中央に、ボス魔物が鎮座していた。
「オガァアアアアアアア!!」
俺を見つけるなり、轟音のような咆哮を上げる魔物。その姿は全長3メートルにも及び、真紅の皮膚と隆々とした筋肉が特徴的だった。頭には牛のような2本の角が生え、巨大な鉈を握りしめている。その威圧感だけで、ただ者ではないことが伝わってくる。
「……オーガか」
いや、少し訂正しなければならない。目の前の魔物は、ただのオーガではなかった。鉈を地面に叩きつけた瞬間、轟音と共に爆発が起きたのだ。岩が砕け散り、爆風が辺りに広がる。
「バクダン・オーガ……!!」
一瞬で理解した。これはただのオーガではない。爆発系の攻撃を得意とする、E級最強クラスの魔物だ。記憶の中でも、こいつは手強い相手として名を馳せていた。思わぬ強敵の登場に緊張が走るが、それ以上に興奮が込み上げてくる。ボス級の魔物からは、その魔物の持つスキルを全て会得できる可能性がある。スキルの宝庫ともいえる存在だ。
「……よし、倒すぞ」
緊張と興奮が入り混じる中、木刀を構える。現在時刻は19時42分。学校が閉まる20時まで、残された時間はあとわずかだ。俺は覚悟を決め、全神経を集中させながら、バクダン・オーガに向かって歩みを進めた。
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