第6話 F級ダンジョン 3/3

「ぐッ……!!」

「オガァアアアアアアア!!」

「くぅッ……!!」

「オガァアアアアアアア!!」

「避けるだけで精一杯だ……!!」


 バクダン・オーガの攻撃は、その巨体に見合った破壊力を持ち、どれも一撃で致命傷になりかねない。さらに、それぞれの攻撃には爆発の力が加わっており、直撃を受ければ単なる膂力だけでなく爆発の衝撃まで加わった甚大なダメージが確実だった。


 だが幸いにも、その巨体が動きを鈍らせている。攻撃の軌道は見切りやすく、回避そのものは難しくなかった。しかし、スタミナが異常なほど豊富らしく、攻撃の連打が止む気配がない。こちらが攻撃に転じる余裕などなく、ただ回避を続けるしかなかった。


「だけど……このまま避け続けるだけじゃ勝てない!!」


 一瞬の隙を突いて、俺は大きく距離を取る。そして、人差し指をバクダン・オーガに向けて力を集中させた。


「《蜘蛛糸》!!」


 ビュッと飛び出した白い糸が、バクダン・オーガの右腕にピタリと付着した。驚いた様子のバクダン・オーガが腕を振り回し、鬱陶しそうに千切ろうとする。しかし、それはうまくいかない。クモの糸が強靭であることなど、現代人なら誰でも知っている常識だ。ましてや、この《蜘蛛糸》は魔物由来のスキルで生成されたものだ。普通の糸よりも遥かに強力なのは言うまでもない。


 バクダン・オーガは苛立ち、怒声を上げながら暴れ始める。その動きが大きくなるたびに糸は絡まり、彼の自由を奪っていく。ここで隙を逃すほど、俺は甘くない。


「《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》《蜘蛛糸》!!」

「オガァアアアアア!!」


 俺はバクダン・オーガの周囲を全速力で旋回しながら、次々と糸を発射していく。飛び出す白い糸が絡みつき、彼の両腕、両脚、さらには胴体をぐるぐると巻き込んでいく。バクダン・オーガは懸命に抵抗するが、その動きも徐々に鈍くなり、やがて身動きが取れなくなっていった。


 簀巻き状態となったバクダン・オーガは、もはやほとんど動けない。鋭い牙を剥き出しにして唸り声を上げているが、それ以上の攻撃はできそうになかった。


「よし、それじゃあ──」

「──オガァアアアアア!!」

 

 刹那、バクダン・オーガの全身が爆発を起こした。轟音と共に砂埃が舞い上がり、視界が奪われる。爆風が収まった頃、そこに立っていたのは、全ての糸を振り解いたバクダン・オーガの姿だった。自らを爆破することで強引に糸を解除したのだ。その無茶苦茶な方法に、思わず息を呑む。


 だが、無理矢理な解決策には当然リスクが伴う。バクダン・オーガの身体には爆発の爪痕が生々しく残っていた。皮膚の一部が弾け飛び、赤黒い血がぽたぽたと地面に滴っている。その巨体は肩を大きく上下させ、体力を大幅に消耗しているのが見て取れる。


 ──今が絶好のチャンスだ。


「《毒牙》《毒牙》《毒牙》《毒牙》!!」

「オガァアアアアア!!」


 俺は地を蹴り、バクダン・オーガに向かって全力で駆け出した。その巨体の脛に噛みつき、次いで腹、二の腕、そして首元へと次々に牙を突き立てる。噛みつくたびに、ブラック・スパイダー由来の神経毒をその体内へと打ち込んでいった。


 バクダン・オーガの皮膚は非常に堅牢だったが、爆発によって弾けた部分は柔らかく脆い。その隙間を狙えば、毒を注入することは容易だった。


 この神経毒は、魔力を持つ者であれば数時間で死に至るほどの猛毒だ。だが、相手はE級最強クラスの魔物だ。同じ効果が得られる保証はない。最悪の場合、毒が全く効かない可能性もある。


 ──だからこそ、俺は攻撃の手を緩めない。


「《蜘蛛糸》!!」


 再び糸を発射し、バクダン・オーガの動きを封じる。その巨体が怯んだ隙に、さらに間合いを詰めて木刀を振り下ろす。


「おらぁああああああ!!」


 渾身の力を込めた一撃が、バクダン・オーガの膝裏を直撃した。巨体がぐらりと揺れる。これ以上の追撃を許すわけにはいかない。俺はさらに木刀を振りかぶり、連続攻撃を叩き込んだ。


「おらぁああああああ!!」

「オガァアアアアア!!」

「おらぁああああああ!!」

「オガァアアアアア!!」

「おらぁああああ……あ」


 木刀を振り下ろしている最中、最悪の事態が訪れた。 ボキンッ という鈍い音と共に、木刀の刀身が根元から折れ飛んでしまった。攻撃の衝撃に耐えきれなかったのだろう。よりによって、こんな肝心なタイミングで……。


 追い討ちをかけるように、バクダン・オーガが隙を見て再び自爆を発動した。 ゴォンッ!! と激しい爆風が俺を吹き飛ばし、岩壁に叩きつけられる。体が軋む痛みと共に、視界が一瞬霞む。


「くっ……まずい……」


 一部の魔物には、満身創痍となることで潜在能力を解放し、戦闘力を一時的に飛躍的に高める種が存在する。バクダン・オーガも、まさにその一種だった。


 傷だらけの巨体から血が滴り落ちる中、バクダン・オーガの目には激しい怒りの炎が宿っていた。その怒りに燃える表情は、まるで自らの苦痛を力に変えているかのようだ。そして──巨大な鉈を右手で高々と掲げ、その刃先に眩い炎の球体が出現する。


 炎の球体は瞬く間に膨れ上がり、1メートル以上の直径を持つ巨大な火球となった。その灼熱の輝きと熱波が洞窟内を満たし、周囲の空気を震わせる。その威容はまさに《中級魔法 フレイム・ボール) そのものだ。F級の魔法師ではまず扱えない中級魔法。それをE級の魔物であるバクダン・オーガが発動している。


 バクダン・オーガは勝利を確信したのか、不敵な笑みを浮かべながら火球をじりじりと俺に向けて押し出す。だが──奴はわかっていない。


「……相手が悪かったな」


 俺は指先をわずかに動かし、静かに魔法を発動した。


「《絶破術ラム・アラス》」


 刹那、見えない波動が放たれる。それが触れるや否や、巨大な火球はまるで幻だったかのように掻き消えた。


「オガァ!?」


 火球が消え去った事実に、バクダン・オーガは明らかに困惑している。勝利を目前にして、それが一瞬で奪われたのだ。奴の目に恐怖が宿る。


「勝利を確信した時こそ、もっとも危険なんだよ!!」


 折れた木刀を地面に放り投げ、拳を握りしめる。確かに《稚拙剣術》の補正が乗る木刀での攻撃に比べれば、素手の攻撃は威力に欠ける。だが、今の俺にはこれ以外の選択肢がない。バクダン・オーガが動揺しているこの瞬間──これが最大のチャンスだ。


 立ち上がり、拳に全力を込める。  体中の痛みも忘れ、俺は全力で走り出した。


「おらぁああああああ!!」


 渾身の力で振り上げた拳が、バクダン・オーガの胸元に叩き込まれた。

「おらぁああああああ!!」

「オガァアアアアア!!」

「おらぁああああああ!!」

「オガァアアアアア!!」


 怒号を上げながら、拳を次々に叩き込む。脛、腹、胸、顔面──手当たり次第に連打を浴びせる。拳を振り下ろすたび、バクダン・オーガが揺れる。バクダン・オーガが苦悩の表情を浮かべながら反撃しようと、その巨大な腕を振り回す。だが、怒りに任せた乱暴な動きは巨体ゆえに鈍い。その攻撃を容易にかわしつつ、俺はさらに攻勢を仕掛ける。


 だが、拳に伝わる衝撃が痛烈だ。バクダン・オーガの皮膚は岩のように硬く、拳を振るたびに痛みが増していく。それでも止まるわけにはいかない。この場で倒れれば、俺が倒れるのは時間の問題だ。


「これで終わりだぁあああああ!!」


 渾身の力を込めた拳を、バクダン・オーガの顔面に叩き込む。拳の骨が軋む感覚を覚えた瞬間、バクダン・オーガがグラリと後ろへ倒れ込んだ。巨体が地響きを立てて地面に沈んだ。


「オガァ……」


 バクダン・オーガの巨体が光の粒子へと消えていくと同時に、カランと音を立てて床に落ちたのは、小さな赤い魔石と刃渡り25cmほどの大きな鉈。ボス魔物のドロップアイテムだ。そして、部屋の中央には帰還用のゲートが出現した。


 ただいまの時刻は19時54分。さっさと回収してゲートを潜るべきだと頭では分かっているが、どうしてもその場に立ち尽くしてしまう。興奮と達成感が胸を支配していた。E級最強クラスの魔物をたった1人で打倒した──ほんの数時間前まで迷宮学院随一の劣等生だった、この俺が。


「俺の……勝利だ……!!」


 ガッツポーズを、天高く突き上げた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ひとしきり余韻に浸った後、俺は地面に転がる魔石を拾い上げた。


「さて、とりあえず……まずは魔石だな。《能力吸収ジェリィ・サナリム》!」


 ゴクリと魔石を飲み込む。途端、目の前にウィンドウが出現した。


【《汎用剣術》を会得しました】

【《身体強化》を会得しました】

【《爆破攻撃》を会得しました】


「おぉ……」


「……おお……最高すぎるだろ……!」


 スキルを一気に3つも吸収できたことで、俺の顔が思わず綻ぶ。前世の記憶で知っていた通り、ボス魔物からはその魔物が持つ全てのスキルを吸収できる。だが、こうして実際に目の当たりにすると、その破格の報酬に改めて感嘆せざるを得ない。


 落ち着きを取り戻し、吸収したスキルを確認する。


─────────────────

【スキル】:身体強化 Lv8

      汎用剣術 Lv2

      毒  牙 Lv2

      蜘蛛糸  Lv3

      爆破攻撃 Lv1

─────────────────


「最高すぎるだろ……!!」


 俺は歓喜のあまり、バクダン・オーガに感謝のキスでもしたい気分だった。《身体強化》のスキルは、一気に2つもレベルが上昇し、戦闘力が格段に跳ね上がった。さらに《汎用剣術》は《稚拙剣術》の上位互換スキルであり、前のスキルを吸収してレベル2に進化している。これだけでも十分すぎる成果だ。さすがはボス魔物、報酬も格が違う。


 つい数時間前まで、迷宮学院の劣等生と嘲笑されていたこの俺が、今やE級最強クラスの魔物を討伐したのだ。そしてさらに力を得た今、杉本との決闘に負ける理由など微塵もない。俺たちFクラスをコケにしたことを、存分に後悔させてやろう。


「さて……次はこれだな」


 地面に転がる鉈を拾い上げる。刃渡り25cmほどのその武器は、古風なデザインながら無駄のない機能美を感じさせる一品だ。前世の知識を持つ俺は、この武器の正体を知っている。


 その名は【爆破の鉈】──

 名の通り、この鉈には爆発系の力を付与する特性がある。魔力を流し込むことで、斬撃と爆破の2つの攻撃手段を兼ね備えることができるのだ。まさにバクダン・オーガの特徴を体現したような武器であり、今の俺にこれ以上ないほど適した武器だった。


「最強の武器に、最強のスキル……これで負けるはずがない!」


 鉈を振り、軽く手になじませる。思った以上に扱いやすい。これなら戦闘中の使用にも十分耐えられるだろう。心が躍る。


 すべてを回収し終えた俺は、帰還用のゲートへと向かった。

 3日後の決闘で勝利を確信しながら、俺は胸を高鳴らせていた。

 ──ただし、その時点で時刻はとっくに20時を過ぎており、巡回中の警備員に見つかってしまった。


「なんでまだ学校にいるんだ!!」

「えっ、いや、ちょっとその……ダンジョン攻略してて……」


 事情を説明するも、当然許されるわけもなく。延々と説教され、結局俺は消耗した身体でそのまま帰路に着くことになった。戦闘での達成感が吹き飛ぶほどの叱責に、さすがの俺も心が折れかけた。


「……次から気をつけます……」


 これも力を得るための代償と、心に言い聞かせるしかなかった。……とてもつらい

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