第8輪 ロックンロールが大好き
リーダー、リーダーはどこだ?
いや、探さなくて良い
どこかで女と遊んでるんだろう
彼は悪魔に憑依されている、ダメな時は本当にダメだ
——ミカエル
世界長、どちらの悪魔で?
三次元で私の名誉を毀損しているほうですか?
それとも、我々天使より真面目に働く冥界霊のほうでしょうか?
——ルシファー
1914年7月15日午後
フランス第二の都市 美食と織物の街リヨン ガトフォセ社第1研究室
香料研究者の人間に花を添えるは、アロマ連合の騎士。
「本当に良いのか?」
「僕の女は一人でも大丈夫だ」
「もし今日、子が生まれたら?」
「側にいても、どうせ何もできん。それよりほら、もっと面白いことをしよう」
「ハッハハハ、おまえもとても人間だ!」
「早く始めよう、みんなが戻って来る前に」
「その前に一つ聞きたい」
「君から質問? 珍しい」
「人生を良くする秘訣とは?」
「希望、希望、また希望。
愛すること、それは行動すること。愛することは、相手をほとんど信じること。
君はラベンダーを愛しているんだ。彼女が善良な花であることを信じている」
「…………」
「オレンジ……?」
「胸に沁みたよ。ありがとう」
「実は、どこかで言う木会がないかと、ずっと引き出しにしまってたんだ」
笑い合う少年たち。
やがて、一人は小ペンタクルへ
もう一輪も、上の次元で重なるように同じペンタクルの中へ
その人間と果実は声をそろえて詠唱した。
天使界に太古より伝わりし不詳の言語。名前すら忘れ去られた詩を
。。 。
燦然。ひとつなるものは望んでいる
バラバラ砕け散る鏡
道を歩み、未知を知ること
一は全、全は一
大いなるものも小さきものも
善きものも悪しきものも万物は全て
自然界が与えし薔薇の小道を通っている
声をそろえよ、さあ歌おう
歓喜よ! それはきらめく神の後光
美しい楽園の女神を呼ぼう
不思議な力がリンゴを投げる
妖精の輪を授けよう 真の友人になる快挙
快楽は人間どもにくれてやるが良い
星々の輝く宇宙の上では
『悪の華』ですら微笑んでいる
「『天界の果実』の名において命ず——」
「ルネ=モーリス・ガトフォセの名において命ず——」
「「『洗い草』をここへ呼び寄せ給へ」」
礼名詠唱、
あたりは水を打ったように
——天使が通ったように静まり返っていた
人通りが活発な時間であるのに外部の音が聞こえない
ここだけ空間が切り取られて
他の場所へ移されたと言われても納得してしまいそうだ
聞こえるのはただ 己が心音と息遣いのみ
手応えは感じる。悪戦苦闘してその難しい発音を習得し、
ふたりで仕事の合間を縫って練習に明け暮れて——バカンスおあずけで——
とうとう本番でもミスなく詠唱をやり遂げたんだ。また失敗したとしても誇ることはできる。
しばらく経ってみても、大ペンタクルの中は前回同様、変化が何もなかった。
霊視の度数を上げても変わった様子はない。
オレはちがうと思っていたが、人間たちと同じだったみたいだ。
過去から学ぶことができなかったと思う。
オレに足りないのは自分の過ちを認め、反省すること。
オレの霊体に重なるガトフォセはまだ諦めておらず、辛抱強く変化を待ち続けている。
流石は化学者、でも、その姿を見ているのは辛い。もうどこで失敗したかわからない。
何がダメだったんだろうか……。
ガトフォセには色々と無茶を頼んだ。オレはワガママだった、非常に。
今度こそ本当に踏ん切りがついた。彼女に依存せず離れて樹立するんだ。
「オレンジ、何か視えるか?」
「何も。失敗だ、すまなかった」
「謝るな、まだ失敗と決まったわけじゃない。成功事例を見たことはないだろう?
時間がかかるものかもしれない」
「もう、辛いんだ、苦しい。
《強制召喚》は天使の魔法だ、やっぱり植物に使える魔法じゃなかった」
「弱音を吐くな、らしくない。おい、萎えるな、匂いが臭くなってるぞ! オぇッ、
僕の息の根を止める気か! そう、その調子だ、楽観的に考えよう。
素敵なアロマだ」
ガトフォセは何を言っている? オレは相変わらず不機嫌でいるのに。
腐敗した動物の死体でさえ足元にも及ばない、
四千年生きた中年オヤジの加齢臭のように不快な刺激臭を放っているのに、
なぜお世辞を?
…………鼻の奥、耳の奥、もっと、頭のもっと奥で、馨しい咆哮が聞こえる。
ティーンズの魂みたいな匂いが、聴こえる。
ドクン。心臓が高鳴った。熱い、熱いものが。
光は音より速く——その香りは、光より速く
来た、来た、来た。 ついに
部屋の色は変わっていた。優しい紫色や、毒毒しい紫電が走る。何もかも、空間内にある
全ての粒子分子の振動数が急上昇し、大気は大ペンタクルを中心にエスカルゴの殻みたいに
渦巻いていた、パリを造ろうとするかのように。
再び静寂が訪れた頃。実験室はその芳香で満たされていた。姿は未だ見えない。しかし、
ふたりは確信していた——ついに扉を開けたんだ。大いなる達成感が、シャネルの香水みたいにオレたちを包みこむ。
「出てこい、いるのはわかってる」オレは告げた。
広がった宇宙が再び一点に戻るのと同じように、霊体を構成する物質が再集結。一輪の花を咲かせる。
テロリストよりも鋭い目つき、薔薇よりも刺々しい態度、人間よりも頭はお花畑、
小枝よりも華奢な体つき、水晶よりも透き通った肌、
岩よりも ROCK。
*毒リンゴをもらうことのできる高嶺の花は、ようやく出現した。4年ぶりの再会。
*(〝毒リンゴすらもらえない〟:
誰かの顔や体型に不満がある時に使われる最近のスラング。
若い女性たちに頻繁に使われる。
白雪姫みたいに美人じゃないから、毒リンゴをもらえないと嘆いているんだ)
「ミカエル、このニンゲン、殺してやる‼︎」
相手を間違えている。普段から霊視に頼りすぎてる証拠だ、目で現実を見ていない。
呆れた言い草、彼女の口から出るビッグネームにも驚かされるが、
あの『勇者』にそんなことが言えるのは彼女ぐらいのものだろう。天使界の世界長だぞ。
黒いシャツ、あわい藤色の髪に組紐、ミント色のブレスレットは右手に。思い込みが激しい性格も災いして、彼女は一向に気づかない。
「またこの魔法陣‼︎
契約は果たした! なぜわたしを呼ぶの⁉︎
いえ、そんなことはどうだって良い、殺してやる‼︎
見くびるな老害、あの頃とは違う、わたしは強くなった!
何もかも滅茶苦茶にしてやる! おまえが死ねばサンタ界支援も停滞する、
〝赤い服しか持ってないヤツら〟を根絶やしにして、害虫ニンゲンを駆除‼︎
全員肥料にしてやる‼︎ 地球の黄金時代を取り戻す」
*(〝赤い服しか持ってないヤツら〟サンタを侮辱した辛辣なスラング。
この差別用語が地球に蔓延ったことが災いして、サンタたちは伝統衣装を放棄、
非常にファッショナブルになった。
彼らの芸術的服装はもはや、パリコレですら足元に及ばない)
其れと彼女の関係はわからないし、知りたくもない。でもオレは後悔した。
彼女、復讐の人間と化している、思っていたよりも。彼女の香りは沈静型だ。しかしその過激な花柄、彼女の名前は偽名だ、本名は何かのスパイスか唐辛子にちがいない。木が引けて、
疑念が芽生える。本当にこの怨霊、仲間に入れたい? なんだか嫌な匂いがする。
ここまで来たんだぞ! 行くしかあるまい! 後は野となれ山となれ‼︎
危険な魔法を発動させようとするヤバい匂いがしたので草々に話しかける。
「調子はどうだいラベンダー?
今日はまたずいぶんとバナナ面だな」彼女の木嫌を良くしようと努めた、
いちおう……。
「…………おまえ」
気づいてくれたみたいだ、オレに。
「……………………」言葉は災いの元。
この匂い、自分の発言に後悔している。
わかるよ、聞かれたくない相手っているよな。
「おまえ! おまえ‼︎」
常温まで下がった水が再点火、一瞬で怒りの沸点に。
その匂いは物語る。[なぜこの魔法を知ってるの⁉︎]
「そんなことは問題じゃない、聞いてくれ——」
「しかもそこにいるのは、人間じゃない‼︎」
「初めまして、『洗い草』。私の名は、ルネ=モーリス・ガトフォセ。お会いできて光栄です。あなたのアロマ、なんと素晴らしい香りだ。ご覧の通り私は人間ですが、これは幸運!
私のような人間が、あなたと彼に会うことができるなんて。両手に花とはこのことです」
彼女の山の天気は変わりやすいことで有名だ。ガトフォセが話せば話すほど……
雲行きが怪しくなってきた……。
「人間にわたしを召喚させたのか⁉︎ おまえ‼︎」
なんだか火山が噴火しそうな匂いがする。
「L,ラベンダー、落ち着け、話を聞くんだ」オレは精一杯に地球をなだめた、地震は待て。
「人間にわたしを召喚させたな‼︎」ヤツの顔、人間に踏まれちまったみてェだ。
「黙れ。そもそもおまえが逃げなければ、こんなことにはならなかったんだ。仕事の時間だ。
見ろ、ミカエルの《強制召喚》、地の利を得たぞ!
オレはおまえを強制的に従わせることができるが、
できればそれは避けたい、今後のおまえとの関係を考えて。
まずは話を聞いてくれ」
「殺す殺す殺す‼︎ きるキル切る斬る伐る剪るKill!!」
「*なあ、そんなにパンティーねじるなよ、
光合成してないからイライラしてるんだ」
オレは木を抜いてしまった
……先住民が怒り出すとは知らず。
*(〝Don't get your knickers in a twist〟 :下着をねじるぐらい怒らないで。
〝光合成してないからイライラしてる〟:昔からあるスラング。
お年寄りが使うイメージがあるけど、若者もたまに使う。
植物界のコメディなんかでよく使われる。誰かをなだめる時に使う言葉なんだけど、
もちろんオレたちは霊だから光合成なんかするわけない。
ふざけたニュアンスがあるから使う時と場所、
相手をまちがえると大変なことになる——ちょうど今みたいに。
生姜ない、女が怒ってる時、真っ向から正論で反論しても地獄の門を開くだけだ、
相手からしたら挑発になる。So……受け流そうと思ったんだ。
言い訳になるが、もっと時間が欲しかった、考えるための。
Ah,理解したよ、ビッグ・サンタの気持ち。
彼もどうしたら良いかわからず、藁にもすがる想いなんだ。
だから色々試してしまう、やってないことを)」
「根絶やしにしてくれる、
Ninngain‼︎」
「よせ、魔法防壁だ、自分に当たるぞ」
「oXoLigHt 閃け」
彼女の得意とする
紫電は閃く
魔法陣の効果により、オレたちは安全だ
オレは果実階級、ガトフォセは次期社長
傲慢にも、なんでもできると思っていた
でもオレは忘れていた。草っても花、彼女こそアロマ連合のマスター・ラベンダー。紀元前13世紀、肥沃な三日月地帯に生まれ、ハーデスの妻にしてミント一族の原種『征服の草』
ミンテに師事。イスラエルではソロモン王を本物の悪魔どもから守り、中世の【魔女狩り】
ではキリスト教の暴走から人々を救った。この残酷な星に【バレンタインデー】がある理由? 彼女がローマ帝国で聖ヴァレンタインと協力してカップルを愛で結んだからだ。
同時代、ハリネズミ最大の宿敵にして動物界の英雄『ヴァルハラを守る者』フェンリルも
タコ殴りにしたことがあるとか——
彼は帝国のコロッセウムに監禁されていた3次元の動物たち——剣闘士たちが
殺害するため
——の権利を訴えて救出しようとしたのに……。
クレープだって発明したらしい——これは嘘だと思う、
……たぶん。
地球中で活躍してきた由緒ある花。
その彼女の
捕虫袋の緒が切れる
維管束が、煮えくり返る
紫電に蕾鳴光芒一閃、
凄まじいエナジー、騒騒しい実験室、草より青し人間の顔、
新天地引っくり返す女の金切り声、ヤバい予感でもどこか傲慢、
オレたちリヨネ、余念なきこの4年——記憶が届く。
オレの頭に、リンゴがぶつかった
山は焼かれ、
海は汚染され、
動物は機械だと罵られて差別虐待され
服にされて絶滅に追いやられる。
それなのに人間たちは困った時は神頼み。
平和のお願いごとをしたいのは実は、
非物質界の住民たちのほうだということに全く気づかない。
どの植物も、人間に踏み潰されて強くなる
人間に復讐したい、でも次元が違うから復讐できない
それがみんなの頭痛の種
「ヒマワリ先生、
カモミール先生、
わたしが人間を倒します」
夢はいつか本当になるって誰かが歌っていたけど
ツボミがいつか花ひらくように夢はかなうもの
むかしむかしあるところに、お姫様がいました。
お姫さまは脳に障害をかかえていて、変身することが苦手でした。
自分だけ、変身することができません。
孤独感をかかえて、長いあいだ生きてきました。
それが彼女のコンプレックスでした。
落ちこぼれの花だと、自分を責め続けました。
ヒト知れず、ずっと——————ッ———泣いてきました。
大人にだって、なれません。
ほかの精霊の大人の姿になるのはかんたんでも、
自分の真の姿になることは、厳しい修行を積まないと、できません。
早ければ百年——どんなに遅い精霊でも、千年もすればみんな大人に成長します。
だけど、千年たっても——
二千年たっても——
三千年たっても——
彼女は成長できませんでした。
いつも自信満々に振る舞い、ウソをつき続けることで、自分のことを守ってきました。
そんな彼女を、ヒトは笑いました。悪口を言ったり、バカにしました。
社会は恐ろしいところです。成果を上げられなければ、批判されます。
ノールート
根暗
ニンゲンごっこしようぜ、おまえニンゲンな!
肌が白くて気持ち悪い!
愚草 根なし草
雑草
まだ枯れてなかったんだ
障害者
さわんなニンゲン!
早くしろ愚草
出来損ないの弟子
「あの子、ホントは変身できないのよ——しっ、来たわ」
「逃げろ、ニンゲンが来たぞ、捕まったら伐採される!」
「キャハハハハ!」
「人間を倒すだって? ハッ、どうやって? まだそんな夢みてたんだ?」
「植物なのに、そんなことも知らないの?」
「あいつ、早くニンゲンに伐採されれば良いのに」
「おまえが何で変身できないか知ってるよ。ニンゲンだから——アッハッハ!」
「次元がちがうんだ、滅ぼせる訳ないだろ。だからみんな苦しんでるんだ、馬ァ鹿!」
「香らざるものめ、穢らわしい」
ずっと、ずっと、努力してきました。大人になる日を夢みて。
いつ実るかもわからないまま——泣きながら——何千年も努力してきました
いつもいつでもうまくゆくなんて保証はどこにもないけど
いつでもいつも本気で生きている
花たちは、本気で生きている
才能が開花する。努力の木が実る
地球は 復讐の機会を 得た。『悪の華』 が 返り咲く
怒りは次元を超える
火花は弾けた。
自分の立っている場所から轟音が生まれた。叫び声が聞こえた。背後を見た。友人が燃えていた。上半身火だるまになって。手足を忙しなく動かして。一つの爆発が引火。連続爆発。
なぜならここは実験室。危ない薬品や道具が山盛り。置かれていない場所はない。
子供部屋のような散らかり具合。
「馬花ね。魔法陣対策をしてないと思った?」
ポンペイは壊滅。オレたちの揺るぎない自信は木っ端微塵に吹き飛んだ。
焦点の合わない目で、彼女は宙を見つめている。両腕をぶっきら棒に振るい指を鳴らす、
となりにお友達が出現。かくして彼は、晴れて自由の身となったのだ。天上一品のスーツを
血で真っ赤に染めた天使は驚いていた。
「助けてくれたのか——おまえが⁉︎ ありがとう ラヴァー、感謝する、愛してる。
あいつは天災だ、協力して逮捕しよう!」
ラベンダーはリーダーを抱き寄せ右、左、右、左、ビズをする。
「Salut Reader. 消えてしまったわ」
「何が……?」
「あなたの魅力。美しい翼が……。良い機会よ、天下(:性器)でモノを考えるのをやめて。
真面目に生きて」
「(泣)…………——ハッハッハ、何を言ってる、俺はまだ現役だ。
喜べ、懐かしき最強チームだぞ」
「そう。悪魔が崇拝して止まないミカエル様(笑)でも、あなたの性癖は手に負えないのね」
災害だ、そんな芸当ができるなんて知らなかった。ラベンダーだけならまだ勝機はあった、天使がいるなら勝てっこない! 大ピンチ! ガトフォセの悲鳴が耳の奥で鼓膜を震わせた。彼の思考もまたオレの心と頭を苦しませる。この不気味なノイズ、夢で聞いたことがある——月がなくなった影響により地球が超高速で自転しているんだ、それが生み出していた騒音と
そっくり、耳障り、実に。あいつ、恐怖で慌てふためいてる、パニック状態、思考は渋滞、
激痛と熱、それに呼吸困難で何したら良いか考えられないんだ、
早く助けてやらなきゃ死んじまう。
【最後の審判】はやって来た。その天使は迫る。
「調子に乗るなよカンキツ、タルタロス——いや、オーストラリア送りにしてやるからな、
終身刑だ!」
「待ってくれ、後で付き合うから、たのむ」
「なあラヴァー! ……L,Lavender,なぜ深呼吸を? 友達だろ?」
チャージは終わった。振りかぶる彼女。
「わかるでしょ? 個人情報を——」有罪、ハーデス裁判長の一撃‼︎「——バラすな‼︎」
彼は一直線に壁に激突して瀕死となった。Good Lesson 因果応報、果実は返された。オレンジはキリストの手に。
「(wwwっっっw)ガトフォセは、おまえが思ってるようなやつじゃない!」オレは叫ぶ。
「ニンゲンはどいつもこいつも同じ!
香らざるものめ‼︎ 穢らわしい」
その言葉、例え植物至上主義者と言えども口にするのを躊躇う言葉。極めて激しい差別の
言葉は、オレを怒らせた。昂る香りと激情、その一方、頭は冷えていた。花言葉(:Floran)の話し方は自然と、ローズン・フローランと呼ばれる果物階級の最高峰——格式高い発音と
語彙に切り替わる。親友ペパー・ミントも得意とするアクセント。ペパーはともかく、オレは普段は自分のアクセントを話し相手のクラスに寄せて話す、歩み寄るために。
でも今回はちがった。絶対に自分が正しいとわかったからだ。本来の自分の話し方で、自分の考えで対話する。フローラには『黄金のリンゴ』が残したとされる花言葉がある。
〝心に火の華が咲いたなら、絶対に水を差してはいけない〟
「何が不愉快?
何が穢らわしい?
人間を 何だと思っているんだ」
「地球のゴミ 宇宙の失敗作
ヤツらこそ わたしたちを何だと思っているの?
勝手に美化して誹謗中傷して 最後は喰い殺す
植物も動物も天使もサンタも ヤツらの奴隷じゃない 道具じゃない
あの悪魔たちは 他の生き物を何とも思っていない
その理由は 人類は犯罪者の集まりだから
自分たちの権利が侵されている時は声高に主張するにもかかわらず
他の生命が生きる権利は認めない
この星はヤツらのものなの? みんなの星じゃないの?
動物界は正しい この星は弱肉強食 弱木でいればニンゲンに支配される」
「君の言葉は正しい
事実だから反論できない
けれど 森を見て木を見ていない」
「リンゴは木から遠いところには落ちない
一つの腐ったリンゴが星を犠牲にする
ニンゲンは根絶やしにしなければならない」
「地球を作るには全てが必要なのだ
私の友人を差別しないでくれないか?
大切な友なんだ
ミミズだってオケラだって、人間だって、
みんな生きている」
「ニンゲン、ニンゲン、ニンゲン‼︎
アンタはいつも大切な友人を守れない!
ナポレオン坊やみたいにね、キャッハハ」
「その通り。
君にはいないのかい、人間の友は?」
「良い香りを」
彼女は風となり部屋から去った。
煙と炎と爆発と、それから肉の焼ける匂い。私は彼のとなりに立った。
善き友人でありたいのだ、人類の。
「ガトフォセ ガトフォセ すまない 私の声が聞こえるか?」
「あWヴァ液おあ血あ炎おお焼ああW」
「今のための言葉ではないかもしれないが 子が生まれたよ わかるんだ
リンゴ髪の美しい娘だ Félicitations 祝福を 君は生きなければいけない 彼女のために」
その芳香は命のリズム 電源1%の彼の意識を繋ぎ止め 手を引き導く
「こっちだ さあ おいで あそこに芝生がある 転がるんだ 草たちがきっと助けてくれる 善き植物は善き人間を助ける 走れ 運が良ければ全治三ヶ月 髪は……すまない
私も自分の髪が好きではない 一緒に悩みの種を育てよう
May the Tree be with you 木をつけて」
自我のない彼は外へと消える
7月 それはリヨンでもっとも暑い月。気温27℃ それでも、ガトフォセ社の前には
野次馬たちが集まっていた。将来の地元の名士は無事に救出されたようだ。救急車は来ないが担架で病院へ運ばれて行くのが見える。
次は彼女だ。
目を閉じる。
香りは花のアイデンティティ
魂 心 体 言葉 武器
いた、あそこだ。
その火の鳥、歴史地区へ向かう。ソーヌ川の水面たゆたう木の葉の優雅たる様、
似ても似つかぬ花の精は石畳遺る旧市街の上——リンゴともオレンジとも言えぬ
*小さな虫色の屋根の上を走っていた。
*(Vermiculum:ラテン語。小さな虫の意。vermillion の語源)
「そなた、花を見る時間は?」
「oXoLigHt 閃け」
鋭角急旋回。火の鳥は空に地割れが如く広がる紫電をかわす。
「返事がそれとは、萎える」
「その話し方やめて‼︎ 木に触る!」
「No ginger 持って生まれたものなのだ」
「死ね oXoLigHt」
「HoLa grAcIas 燃えよ」クチバシから火球を放つ。
蝸旋を描きながら彼女の前に舞い降りる火の鳥。瞬き一つ。その花の姿は少年に変化した。
さあ屋上で対峙するは金赤色の髪のイギリス人少年と青紫色のフランス人少女。
「どう? 友人を殺された気分は? いいかげん大人になりなさい。
花の癖にニンゲンと仲良くするなんて、みっともない」
「彼は強い人間だ、この先も生きる。理解できない——なぜ君はニンゲンを嫌悪するのに、
フランスは愛しているんだ? フランス語で話し、フランス人の価値観で生きている」
「死ーんだ死んだーニンゲン死んだー♪」
「HoLa grAcIas!!」
火花が散った。
マダム・ポミエ。42歳。未亡人。夫に先立たれるも孤児院で鍛えた気合いと根性で差別と偏見に耐え忍び、お針子として日銭を稼ぐ毎日。生まれた血筋で貧富の差が決まるフランス
社会。愛人と共同出資で開いた小さなブティック〝Pomme d'Amour〟を営むも、ここは
フランス、世間の風当たりは強い。女性が社会に進出することを良しとしない男たちにとっては保守主義と伝統が何よりも大切で「結婚して子の面倒を見る、それが女の幸せ」容赦なく
吐き捨てて来る。彼女はアメリカやカナダへ渡った自分を幾度となく想像したが、英語は
話せないし、そこに身内がいるわけでもないのだ。下手な賭け事ならしないほうが堅実だ。
幸い、愛嬌ある顔のおかげで上流階級の男の愛人になることができたのだ。いつ捨てられる
とも分からぬ不安定な暮らしではあるが、最悪というわけでもない。彼女には夢がある。将来は自分でデザインした服を売り、店も城みたいに大きくする。そのため、今日も今日とて身を粉にして働くのだ。「はいマダム。では、サイズを測らせてください」今朝早くに磨いた
ディスプレイ・ウィンドウ。夏の太陽にイルミネイトされた人形のモデルたちが、通りを行く来る女性たちに輝かしい自分を想像させる。惜しむらくは表面に一点の曇りがあったこと。
それはペン先程にわずかなものだったが、磨き残された汚れは段々とその領土を広げ、大きくなり——突如としてガラスを破りオレさまが転がり込んできた‼︎ …………パセリ女め。
「わたしに勝てると思った?
オレンジ」
念声と一緒に——凄まじい破砕音が響き渡り、
全てのガラスが、店内のマネキンというマネキンが、服、照明、装飾が、
念力の衝撃によって破壊された。
だがしかし、このマダム・ポミエ、眉根を少し寄せただけで、
興味なしと言った風に落ち着いて接客を続けている。彼女こそプロフェッショナル!
まあ、次元が違うから気づかないだけなんだけど。
上流が汚染されたら下流にも影響が及ぶように、
上の次元で起こったことはいずれ3次元でも起こる。
オレは彼女の死までタイムラグがあることを祈った。
めまいと共に立ち上がり、再びチャレンジ。
行って、
やって、
失敗して後悔して、
やっと準備ができる。さあもう一回!
オレは手向けの花として幸運を残した。
「あら、あなたの香り……とっても花々しいわ。何の香水?」
「あー、いえマダム、私は香水はつけておりません……」
「嘘おっしゃい、私にはわかるのよ。どこの香水?」
「えーっと、そう言われましても……」
「アッハア! そういうことね、
あなたが自作してるんでしょう、試作段階なのね。でも売って頂戴!」
「わ、わかりました。でも、その、まだ調整が必要でして……
(嫌だわ、私ったら。香水なんて作ってないのに……嘘を吐いてしまった)」
「良いこと? 来週までに用意するのよ。舞踏会が楽しみだわ」
その日、地球は喜んだ。
忘れていた友が帰ってきた。
次の日の新聞の見出しはこうだ。
『皇帝ナポレオン、死後の次元から華麗なる凱旋、旧市街の小道に躍り出る!』怒声で叫ぶ!
「出てこい苔女‼︎ 人間を滅ぼしたいだと⁉︎ 私を倒してからにしろ」地元ロンドンでは紳士として有名な私も流石に怒り狂った。「人間界代表ナポレオン・ボナパルトが相手だ。光栄に思え! ウェリントンもネルソンもいない! マリアもいないが…………私は無敵だ‼︎」
どこからか、花瓶が飛んできた。向かいのアパートメント3階、窓に仏頂面のローマ人が。「下りて来い! 来ないなら——」横から車に撥ね飛ばされた。天地逆転、180度回転した世界、運転席でハンドルを握りしめたラベンダーが言う。「来たけど、それで?」道を転がり続ける身体に何とか言うことを聞かせ、立ち上がる。どうやって移動した? 移動したとしても車を動かす時間が必要だ——震えた視界、
顔に衝撃が走る。背後にフライパンを持ったラベンダーが。
これは……通行人、屋根の上、ゴミ箱の後ろ、店のウェイトレス、客、地獄だ……テラス席、路地裏、道端で喧嘩してるやつら(自分同士で喧嘩するなよ)、ラベンダーが沢山いる。
Ewww 人間に地球を支配されたほうがまだマシだ、彼女ひとりでも厄介なのに!
一目散に逃げた。背後を振り返る、さっきまで自分が立っていた場所には様々色々が衝突。
馬 窓 ドア キャビネット キッチン 包丁
灯り レンガ ラベンダー ガス灯 ラベンダー 花瓶
ナイフ 婦人 銅像 馬車 家 魚 馬糞
ラベンダー ラベンダー グラス 剣
……彼女の匂いを嗅ぎ過ぎたようだ。神経を支配されて幻覚を視せられている。
リヨン旧市街
恐怖の人間ごっこの開幕だ。
世界長ナポレオンは演説する——自身へ向けて。「世界長とは花を配るヒトのことだ。
私一人があの百輪のラベンダーを
率いれば、地球を先進星に変えられる。
反旗さえ翻されなければ」
得意そうな顔は瞬時に必死の形相へと変わる。
かつてのトラウマ、
大英帝国軍が来る
火花が散った。蹴られ、殴られ、引っ叩かれ、本物はどこだ? どれが本物?
燃やされて、ブッ飛ばされて、鍵を閉めて家の中に隠れたとしても中にいたラベンダーたち
から執拗に攻撃される。窓から落花させられ、牛乳を頭からかけられて、休む暇がない。
疲弊困憊満身創痍。挙句の果てに、ここ、中央市場では果物、チーズ、ワイン瓶、
目に映る食材を手当たり次第片っ端から投げてくる。彼女の犯罪行為は枚挙にいとまがない。My Gold ヤバい……この状況、私たちは芽立ち過ぎている、敵からすれば格好の的だ。
ダメージで変身が解けた少年は、マルシェの中心で提案する。
「待って、休戦しよう、戦う理由がない」
「理由? 理由ならある」前のラベンダーが言う、リンゴを手にして。
「あなたはニンゲン迎合組、植物の敵」後ろのひとりが喋る、投げられたリンゴをかじり。
「オレたちは同じ、アロマ連合の家族だろ」
「家族? ちがう、あなたは裏切り者」わからない、
どこから声が?「果物の癖にニンゲンに
味方してる‼︎」
飛び出すラベンダー——百花繚乱に積まれた山盛りフルーツの中から。
「Oh!? My Appliance!!
周りを見ろ、これだけ物があるんだ、テロリストが襲ってくる!
ヤツらは共倒れを狙ってるんだ!」
「馬花ね」私を取り囲む彼女たちは弾けたように大笑いする。「至上主義者なら歓迎よ、
同胞なの」
[もう頭に来た! 伐採だ、唐変木め、ここまで言葉が通じないとは!
花語がわからないのかな⁉︎ 界外のヒトなんだ!
じゃあ何語で話せば理解できるんだ⁉︎ このニンゲン‼︎]
「何の匂い? わからない、言葉でお願い」
「そんなに人類が憎いなら、なぜマスターをしている? なぜ【バレンタインデー】を
作った? なぜ黒死病を退治した? なぜ【百年戦争】でフランスを救った? なぜ常に
フランス語を話す⁉︎ 天才忍者安倍晴明と協力して茨木童子を倒したことだって知ってる! 経歴なんかお見通しだ——百花事典で検索したんだ」反論するスキを与えず、葉っぱをかけて畳み掛ける。「根は変えられない、君は善良な花なんだ。まだ遅すぎることはない、二輪で
地球を変えよう」
「AUは花々を騙している!」
「ラベンダー、至上主義は悪だぞ!」声を枯らして説得する。
「アロマ連合こそ諸悪の根源!」
「そこまで堕ちたか‼︎」絶滅、絶望した。
全ラベンダーが詠唱する
「oXoLigHt 閃け」
「AUtUmn HarvEn 栄えろ」
「shArpeCt SiLvAnA 神風よ吹き滅ぼせ」
「oXoLigHt 閃け」
殺す気なのか。ここで倒されたら、思考を読まれて機密情報が奪われる。摘みだ、打開策がない。どうして愛する花と争わなきゃならない? なぜヒトは喧嘩する? もう良いだろう、諦めも花。やることは全てやったのだ。それで言葉が心に届かぬなら、最初から実る努力ではなかった。薔薇の色が変わることは 決してなかった

[諦めたら、そこで地球終了だぞ
友が、家族が、道を踏み外そうとしている
おまえだけだ、止められるのは]
誰だ?


[どうして女には、見ていることしかできないの?]
[先生。いえ、『星の王子』。彼はもういないようです。『悪の華』を、私が止めなければ]
頭の中で、誰かが言う。
[お前が憎い!『黄金のリンゴ』‼︎]
[私のせいだ、何もかも。私が人間の導き方を誤った]
[アタシは弱虫がキライなんだ、とっとと小娘を救ってやりな。
あと、アタシのアイルランドも!
アトランティスみたいなヘチマしやがったら、この『魔女』がアンタを枯らしてやる!]
あなたたちは
誰なんだ?
[『真の薫香』の名において授与する——『天界の果実』の礼名を与える]
[わたしはラベンダー、三日月地帯のラベンダー。 よろしくね、新米さん]
[おい雑草、UKで一番の神になるのはオレさまだ。
老害は荷物をまとめてイスラエルへ帰りな!]
[ぼくは『社交の草』。おじいさまはハーデス、おばあさまはあの『征服の草』。
つまりは君より上の階級。友達は選んだほうが身のためだ。
そんな汚い動物たちといれば、君の品格も下がるぞ]
[空っぽのポケットほど、人生を冒険的にするものはない。
僕には心がなかった、
ずっと探してた、君がくれた]
[人生を良くする秘訣とは?]
[希望、
希望、
また希望。
愛すること、それは行動すること。
愛することは、相手をほとんど信じること。
君はラベンダーを愛しているんだ。
彼女が善良な花であることを信じている]
【『黄金のリンゴ』と『悪の華』の花軍】
【アトランティス文明滅亡】
【地球大混乱時代】全地球 VS 7輪
【霊戦】動物界側 VS 植物界側
【我草燐戦争】『ガソリンツリー』VS 全地球
【『真の薫香』と『ガソリンツリー』の一騎打ち】
【『真の薫香』による【地球大混乱時代】終了宣言】
【地球長オリバナムの治星】
【サンタ界侵攻】動物界 VS サンタ界と緑側
歴史とは繰り返すもの。この戦いも同じ。
たとえ勝ったとしても、きっとまた同じことが繰り返される。
場所を変え、
立場を変えて。
しかし——
〝Even if I knew that tomorrow the planet would go to pieces,
I would still plant my apple tree〟
〝たとえ地球が明日滅びるとしても
私は今日 リンゴの木を植える〟
結果ではない、今なのだ
『黄金のリンゴ』の加護があらんことを
『真の薫香』よ、オレに導きを
母なる大地 地球よ、助けが欲しい
それで、確かに地球は言ったんだ。
[May the Tree be with you
木をつけて]
不思議な力がリンゴを投げる。
言葉の真意とは時を経て次元を経て抜け落ちるもの。
花とは変化するもの、Flower とは Flow するものの意。
言語学的に本来、花とは〝覚醒する者〟を意味するのだ。
香りが花の芯の強さじゃない。
俺様は 極限の集中状態に
昇華 ゾーン(:Getting to the flow)地の利を得る
全てが視える
夕焼け空が俺に微笑んでいる
太陽があんなに輝いているのは見たことがない
物事がこんなにも上手く行った試しがない
我が日々に栄光あれ
片腕を上げる 呪文は必要ない
彼女が対峙した全ての神
フェンリルや銀狐をも凌駕する波動が恐怖が畏怖が
全ラベンダーを襲う
霊の戦いは恐れたほうが負ける
全ての彼女の魔法は効果を失い
偽物は消失した
本物だけが空中で静止している
俺様の念力に囚われて
「うッgg……‼︎」あまりの恐怖に涙を流す。
その神は語る
「ラベンダー
人を差別してはいけない
動物は機械ではない
私たち花はそれ程大層なものではない
宗教も主義も完璧ではない
信じると同時に疑わなければならない」
「おまえが憎い、『黄金のリンゴ』」
「もしそれができないなら
俺様がおまえを枯らしてやろう
ここで息の根を止めてやる」
息ができない、香りも魔法も使えないラベンダー
——遠くなる自身の木——
彼女は
終わりを
感じた

ふと、我に返ったんだ。木を取られた。
「なんでオレは……
ラベンダーを枯らそうとしてるんだ?」
憎しみは増幅を果たす。癇癪玉が維管束を爆破する。
「oXoLigHt」
地球は悲しんだ。友が焼き殺されたのだ。
四肢は爆散、血が一面に滴った。
「オレンジ……わたし……わたしが殺した……」
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