第6輪 友人とは、あなたが持てる最高のものの1つで、あなたがなれる最高のものの1つだ

 あなたを信じる。世界戦争は……


          ——ワニのサンタ


 数日後のリヨン。美しい日曜日。ガトフォセ家の朝食。傷だらけの少年が念じるとエアリスは広がった、ミルクティーのマグを手に持ちながら。彼の香りはなぜだか漂っていなかった








































































 BBC サンタ界侵略に関する速報



































〝正体不明の集団、大総統府角軍の一団を退ける〟


 昨夜未明、所属不明の兵士たちがサンタ界領域の東部激戦区スオウミノウサツクから予言書を持ったワニ、ヒツジ、アフリカゾウ、ナウマンゾウのサンタたち四人をサンタ界首国

サマンメリーサに送り届けた。その後スオウミノウサツクは角軍により徹底壊滅。南からは

飛軍がサマンメリーサを目指し進軍を続けているが、一般市民霊からの激しい抵抗に遭い作戦は遅れている模様。サンタ界側の霊視官によれば傭兵たちはウサギ、クマ、魚の精霊と判明。サンタ界を支援するために来た他世界の精霊か、侵攻に反対している動物界住民であると指摘されている。他方で、次元を破壊した汚染爆発の爆薬にアロマが使われた痕跡から植物霊の

関与も疑われている。


 ルーチカ大総統は「横暴だ。植物界はその役目を果たしていないどころか、自らの利益の

ために戦争に介入しようとさえしている。もしこれ以上介入を続けるなら、マイナデスコールの使用も止むを得ない。我々はこの美しい地球を守るため、全ての非物質生命体の

尊厳と権利、そして自由を守るために命をかけて戦う」と植物界を強く非難。

 即座にアロマ連合グランド・マスター『真の薫香』オリバナムは声明を発表——

「我が友に次元を汚染する花はいない。サンタ界への兵力支援も厳しく取り締まっている。

爆薬に使用されたアロマは生ではなく香水だ。大総統府は植物界を貶めるために

情報を操作している。七人の世界長で会談をする準備はすでに整っている。

それが未だに実現できないのは、ルーチカ大総統が取り合わないからだ」。

 なお爆発が起きた同時刻、大総統府では冥界のペパー皇子が一足先に一対一で

ルーチカ大総統と会談。ペパー皇子は「ルーチカ大総統に感謝している。霊道回廊の設置に

協力すると約束してくれた。詳細な段取りはビッグ・サンタと角軍将軍たちと

話し合わなければならないが、遅くとも一週間以内には東部の次元に取り残された一般霊を

避難させることができるだろう」と現地メディアに伝えた。日の昇る評議会議員であり、

ペパー・ミント皇子の師匠でもある『魔法の粉』マスター・シナモンは

「この約束が実現するように各世界と協調し、下劣な嘘吐きハリネズミと対話を続けることが大切だ——とかテキトーなこと抜かすヤツもいるが、俺ァそうは思わねェ。戦争してんだぞ、相手を騙してナンボの世界! 誰が約束なんざ守る? Er? 俺とミルラとオリバナム、

それにカモミールで大総統府に殴り込んで、あのハリネズミをブッ殺しゃァ良い、それが一番手っ取り早ェ。サカキと銀狐もいりゃ完璧だ。

ジャパンの妖怪共も呼べば、もっと早く終わるぜ——……おまえ、これ記事に書くなよ?」と快くインタビューに応じてくれた。ロンドン支部長シナモンの発言は波紋を呼び、現在

アロマ連合には苦情が殺到。アロマ連合のマスター——【地球大混乱時代】を終わらせた

〝聖火七輪〟の一輪が日本の地元霊を〝妖怪〟と差別したことで、日本の妖怪労働党の一部と弱肉強食党が動物界支持を発表。大総統府は協力の見返りにアロマ連合に対する日本霊たちの如何なる戦い、運動をも支援する構えだ。【アトランティス時代】までに日本に移住した火星からの移民霊たちは未だ妖怪と蔑まされ、基本的権利を勝ち取るためにアロマ連合に抗議を

続けている。アロマ連合サブ・グランド・マスター兼日本支部長『銀の狐』銀狐は京都支部で

マスター・シナモンの発言に心情を吐露した。「身内が最も厄介だ……あと一歩のところで、いつも振り出しに戻される」と苦虫を噛み潰したようだった。

「我々は植物至上主義者たち——今回の侵略戦争を好木とみなし、動物界と協力して地球から

 クリスマス制度を撤廃しようとする——の動向にも注意を払わなければならない」




「世の中には、ヒドいやつらがいるもんだ」腕の包帯を取り替えながら、ガトフォセに

笑いかける。地球一のメディア BBC のフランス語放送。人間に見せるのは規則に

ほんのちょっぴり抵触するけど、知っておいて欲しい。この星の現実を。人間たちが

彼ら自身の自分勝手な思想や幻想のお花畑から抜け出すために。


「おまえなの? 正体不明の兵士」事前にある程度の非物質界の事情を教えた

                ガトフォセが聞いてくる。


                オレは宙をながめた……————



















「いいから時間を稼げペパー、オレからの連絡を待て! 大丈夫、おまえは枯らされない、

絶対! ハリネズミだって植物界と冥界を同時に敵には回したくない、自信を持て、おまえのおじいさんはハーデスだ(:Bob's your uncle, but your grandad is Hades)。もう切るぞ、

                                    良い香りを」

「オーレ、なんでおれに言わねェ? 

 ゴーティから聞いたぞ、そんな危ねェ魔法使ったら、おれたちまで巻き込まれるだろ」


「つべこべ言うなピーター、一か八か、やるしかない!

 ほら、もう角軍が目前に、植木鉢だ!」


「危険すぎる! おまえのアロマは爆薬そのものなんだぞ、おれァまだ死にたくねェ‼︎」

「パディントン、ハグしろ(:押さえてろ)」


「はい、仰せつかります。

 ピーター、今こそクマになる時だ(:ここが正念場だ、我慢して)」


「《3.11》だけはやめろ、せめて《地獄の業火》にしろ‼︎ 花だろ、地球を汚染するのか⁉︎」


「HoLa QuÉ oNdA 爆発しろ」

「Oh deer!!! ニンジンが煮えちまった‼︎」








 ドッという一拍の後



      大気の波紋と共に押し寄せる灼光がドーナツ状に広がり、全てを飲み込んだ






              その核爆発とキノコ雲は一帯を支配した。




































       
















「……おい、聞こえるか? おい!         応答しろ! クソ……どうなってる?


             森の中で パーティーでもしてるのか?

 次元が丸ごと吹き飛んだぞ。連中、いったい何を楽しんでるんだ?」


「プリンス・ペパー。ルーチカ大総統が牙の間でお待ちです」

「……このぼくが、植木鉢とは…………‼︎」

「プリンス・ペパー?」

「ええ、どうも。

                     ……生きて帰れたら、あいつらとは縁を切る」













              ————……告げるのは真剣な顔つき。「宇宙のみぞ知る」


         言い表すことのできない複雑な感情を悟ったのか、

           ガトフォセはそれ以上何も訊いて来なかった。「……ジャムいる?」


「ああ、マーマレードを頼む」

「精霊って食事するの?」

「娯楽でな。食べなくても生きていけるが楽しみは必要だ。

 マーマレードにはクマが一日生きるのに必要な栄養素がたっぷり入っているんだ」

「君はクマじゃないだろ。フルーツがフルーツを食べるのか?」

「人間だってブタを食べてるだろ、DNAがほぼ同じなのに。

 オレからすれば人間が人間を食ってるようなもんだ」

「え……いや、嘘だろ……?」

「研究してみりゃ今にわかる。それに、クマの文化には学ぶところが多い。

 地球共通語がクマ語になる日も、そう遠くない」

「……そうか(そんなの嫌だな。犬や猫の言語はマイノリティなのか?)………」

「それより、いよいよ今日だぞ。非物質界から大物を召喚するんだ。心しておけ」





































 朝食を終えた後、白衣のガトフォセと黒シャツのオレは家にある彼の実験室でペンタクルの製作に取り掛かった。上の次元でオレが床に描いた魔法陣を3次元で彼がなぞる。きっちり

正確に。寸分違わず。これは楽しいが、とても大変で疲れる作業だ。ペンタクルの製図は

デジタル化されてはいるものの、一般に普及していない。それに召喚する相手によって

デザインが異なるため、手作業でやらなければならない。うっかり踏んで線を汚したり、汗を垂らしたりしないように常に注意を払う必要がある。少しでも木を抜いたらダメだ。

 どのメディアを確認しても、ラベンダーについての情報は出回っていなかった。普段の彼女なら核爆弾発言をして自身の株を落とすのに、今回は行動に木を使っている。居場所が特定

できない。電話もメールも通じない。だけど安心はした。人間差別主義者の彼女が何か

言えば、動物界を支援するヒトが増えて事態がややこしくなる。彼女からのメールを知らせる着信が鳴った時、嬉しかった。そのメールに文章は何も書かれていなかった。添付ファイルがあったので開けてみると、精油計画の進捗を知らせる報告書に押すための礼名印『洗い草』。それが最後のメール。これでオレが報告書を定期的に送れば、連合の上層部に彼女は精油計画を監督していると偽装できる。正直に思った。

枯れちまえ!(:〝死ね〟を意味する丁寧な言葉。植物界上流階級のボキャブラリー)

She is cutting me(:冗談だろ)オレはあいつの何だ? 

都合の良い男? 便利な弟? 良いように使われて、これじゃまるで庭師(:ヒモ、パシリ)じゃないか。屈辱だ。居場所を特定できないのなら、強制的に呼び寄せてやる。

人間を根絶するなんて夢ばかり追いかけてないで、いいかげん仕事しろ、雑草女め! 

大地に根を下ろして地に足つけろ! おまえにはおまえの仕事があるだろ! 

そもそもサンタが忙しかったから世界戦争が起きるってどういう理屈⁉︎ 頭お花畑なの? 

変な宗教に入ってる? 占いとか信じるタイプ?

 木製の床に這いつくばって、チョークで手を真っ白にして、少年たちは夢中で図形を

描いた。夏休みの自由課題みたいに。邪魔する者は誰もいない。美しい日曜日。

みんなガトフォセを置いて、ピクニックに行っている。ここはまるで理科室だ。

好奇心を満たすガラス製のオモチャがたくさんある。ふとオレの心に、保護者みたいな感情が芽生えた。ガトフォセはまだ、こんな原始的な道具で知の探究をしているんだ。もっと性能の良い実験器具をプレゼントしてあげたいけど、それでは支援の域から出てしまう。人間界への直接介入は固く禁じられている。

「我が社の新しい製品として、君のフレグランスを再現した香水を売りたいんだけど、

                              どうすれば良い?」

「昨日も言っただろ、無理なんだ。3次元の分子ではオレの香りは表現できない」

「一儲けできると思ったのにな」

「(信じられない、このガキ!)良いか、メールアドレスと同じだ。記号、文字、角度、

               すべて同じにするんだ、正確に。円が歪んでるぞ、そこ!」

「メールアドレスって何?」





































「何⁉︎」

「郵便局の住所を訊いてるのか?」

「ちがうよ、なに言ってるんだ! オレが言いたいのは——電話番号のことだ」

「ああ……電話番号?」

「番号をまちがえたら大変だ、誰が召喚されるかわからない」

「面白そうだな」

「オレも最初はそう思ってた。だけど、絶対に間違えるな。交流してはいけない

次元というものが確かに存在するんだ。SL次元とIP次元がそれぞれ決められたアヴァロンで機能しなければ、サーバーが壊れる」言いながら後悔した。

素直に言い過ぎた、はぐらかすべきなのに。規則違反だ。

「フランス語で話してくれ」もちろんオレはフランス語で話しているが、ガトフォセには

理解できなかったようだ。ここまで来たら、オレも説明しないと木が済まない。

「この美しい宇宙を正常に保つために、バグも必要なんだ」

「うぇ、虫? 気持ち悪い」

「おまえもとても人間だ、だけど彼らはエコ・システムを維持する上で欠かせない。

 ハエがいなくなっただけで、みんなに大打撃だぞ。人類だってタダじゃ済まない」

「なるほど、そういうものか」

「それより手を動かせ。モス女ラベンダーを召喚するんだ。だけど気をつけろ、

 ミスって変なのが来たら、おまえの家が汚染されるからな」


「待て、聞いてないぞ、それを知ってたら他の場所を用意した」


「ほら、あと少しで完成だ。やり直してミスするよりマシだ」

 小言を言い続ける調香師の友を無視し、ペンタクルは完成した。

 これで次元間の回線が繋がった。オレは説明する。

「いいか、あっちの大きいペンタクルは被召喚者用。で、

 こっちの小さいペンタクルに召喚者のおまえが入る」

「どうして入る必要があるんだ?」

「うー、簡単に説明するとだな……防護のためだ。召喚されたやつが攻撃して来ないとは限ら

 ない。それに上の次元の影響を受けないためだ。おまえは3次元に適応した生命体だから」

「君が召喚するのはダメなのか?」

「気持ちはわかる、命あっての物種だ。オレだってそうしたいのは山山だが、草草にな、でもオレの階級はナイト、自分より上位の存在は召喚できないんだ。おまえは第三者だから、契約さえ結ぶことができれば彼女を強制的に従わせることができる」


「人間が精霊を? 本当にできるのか?」

「天使界まで行って、彼女を担当した弁護士に確認したから本当だ。法的措置により、今回のケースでは精霊を使役できるらしい。*金を積んだら訊いてないことまで親切に教えて

くれたよ。ほら、このペンタクルのデザインも! ここだけの話だから誰にも言うなよ、炎上するし、オレの茎も飛んじまう。昔ある裁判でラベンダーが負けて社会奉仕を命じられたことがあったんだけど、あいつ、逃げたんだよ」


*(金額を具体的に教えろだって?

  オレはこのとき、精油計画に与えられた経費の9割以上を注ぎ込んだ。

  足元を見られて高い金額を提示されたよ、

  あの天使の弁護士、名前は確か……リーダーとか言ったな。

  オレだって何も、考えがないわけじゃない、

  ラベンダーはマスターだから金をいっぱい持ってるはずだ。

  もしも味方になってくれたら、経済面でも協力してもらおう。え、金の使い過ぎだって?

  ちがうよ、ファッションやゲームに無駄遣いしてる人たちと一緒にしないでくれ。

  地球のためだ。

  でもまあ、当時を振り返ると、ひょっとしたら、

  もっと節約できたかもしれないと後悔してる。同僚からは「馬鹿なのか‼︎」と言われた)




















 ——15世紀 天使界首国ケルビウム 法廷



 裁判長であることを示す太陽系エンジェル・リングを頭上に浮かべた黒肌の女性天使は

 被告人のプロフィールを一瞥してから、重々しく口を開いた。


名前:クレッセントのラベンダー

礼名:『洗い草』

性別:女性

年齢:約2700歳

出身:イスラエル植物界

学校:オリエント・アロマ・アカデミー

職業:地球第一政府アロマ連合の元ナイト

思考:植物至上主義寄り

師匠:『銀の狐』銀狐

言語:ヘブライ語、新エジプト語、ラテン語、日本語、末期の標準アトランティス語

経歴:エジプト、イスラエル、ジャパン、ローマ帝国


「イスラエル植物界出身、『洗い草』クレッセントのラベンダー。社会奉仕活動として、

 フランス支援と【百年戦争】の終結を命じる」


 あわい藤色の髪の少女は不敵に笑った

                       大きなリボンが付いた白いブラウスは

          さながらモデルのようだ


「ウッフフ、わたしはもうナイトじゃない。人間をサポートすると思う?」


 身をひるがえし警備員をすり抜け一目散に法廷から脱走した彼女。弁護士が身に着ける土星のリングを頭に浮かべた白天使の金髪碧眼男性リーダーは「バイバイ、インチキ弁護士」横を

通り過ぎる彼女に口笛を吹く。そして首をすくめて両手を広げると裁判長にこう言った。

「Rock ですな。花ですが」


「いいから捕まえろ‼︎」


 女遊びが大好きなプレイボーイ弁護士の態度とラベンダーの逃走に怒り心頭の裁判長。

 彼女の悲痛の叫び声を背後で聞いた時、ラベンダーはすでに裁判所の外にいた





































 ——現代


「その時あの世界長ミカエルが《強制召喚》を発動して言うことを聞かせたのが、

 このペンタクル。やつの話が本当なら」

「Umm この魔法陣、ワインみたいに物語がある。気に入った。でも、君の話だと、

 彼女はかなりの危険人物だな。ラベンダーというよりはむしろ、スパイスだ」

「なんだ、怖気づいたのか?」

「本当に彼女、信用できるのか? 精油計画も大切だが、おまえが騙されないか心配だ」

 ガトフォセの顔は曇っている。よし、勇気づけてあげよう!「彼女は有能だ、それに経験もある。3千年以上生きている。【バレンタインデー】を作ったし、【第五次ペスト戦争】では誰も倒すことができなかった大ペストを浄化した。もし精油計画に参加させることが

できれば、彼女がアドバイザーになれば、ガトフォセ社は大きく飛躍することになる。彼女は金のなる木だ、物流の開拓と研究に役立つぞ」

「僕は自分のことより……ああ、そうだな」意を決したガトフォセは、

                    小ペンタクルの中に入る。

 彼女がプロジェクトに参加したがらない理由は、世界戦争を止めることが最優先だと考えているからだ。そこで真偽を確かめるために、オレはあのサンタから訊き出した。人間界で世界戦争は起こらない。彼女たちが繁忙期に突入した原因は、人間界史上最大の戦争が起こるからではなく、今回の侵略戦争のためだったんだ。難しい木を説得する材料は手に入れた。いざ

勝負。このプロジェクトこそ、この星をより良いものにする具体的な方法だと信じている。

「いつでも良いぞ。オレは見守っているから始めてくれ」

 ありがとう、ありがとう。彼がいなかったら、オレはここまで来れなかった、本当に。

新しい生活を始めるんだ。再びフランスで。この国を支援したいんだ。

この国だから支援したいんだ。そしてついに今、憎しみの檻からラベンダーを解放する。

自分勝手でワガママな姉を助けるんだ。テロリズム、戦争、運動は、もう懲り懲り。

精油を普及する? 最高じゃないか! なあラベンダー。

差別、権利、腐敗、格差、セーヌ川みたいに腐った人間たちの性根に、

花を咲かせてやろうぜ。ガトフォセは数呼吸の後、事前に教えた言葉を詠唱した。


「ルネ=モーリス・ガトフォセの名において命ず——『洗い草』を呼び寄せ給へ」


 賽は投げられた。場に緊張が走る。空気は張り詰め、埃が不穏な循環を始めた。

固唾を飲んで見守る。さあ来るぞ。彼女の性格からして《強制召喚》されたことに

怒り狂うだろうから、まずはなだめて落ち着かせる。その後に、精油計画に協力するメリットを伝えるんだ。ここ数日、プレゼンテーションのために演技と言い回しを丹念に練習したから納得してくれるはずだ。静寂が訪れる。原始の海もこうだったのではないかと思う





































1分、

2分が経過した。

大ペンタクルの中は変化が見られない。

霊視の度数を高めても空気以外は何も存在しなかった。


「失敗か?」ガトフォセが尋ねてくる。

「そんなはずはない! 彼女は霊だぞ、姿を巧妙に隠してるんだ——出るな、毒リンゴだ!」言い終える前に突然部屋が大きく揺れた。UFOが近くに墜落したかのような衝撃。

棚は大きく前後に傾き、中のフラスコやビーカーが耳障りな金属音を作る。


「何だ、何が起こってる⁉︎ オーレ、説明してくれ!」彼はパニックになっていた。

「大丈夫、大丈夫だから、そこにいろ!」オレにも状況がわからない。けれど、素直に

わからないと答えるわけには行かなかった。今は次元と次元が同調しているから、ラベンダーはガトフォセに危害を加えることができる、物理的に。彼が円から出れば彼女の思うツボだ。しかし、外から人々の悲鳴が聞こえる。ラベンダーの仕業ではないのか? 外部から

爆撃を受けている? もしかして、本当に戦争が始まったのか? あのサンタが言ったことは嘘だったのか? 数々の推測が頭の中で飛び交うも、憶測の域を出ない。酷い揺れは

未だ続いている。「しっかり立て! 足元の線を踏むな!」おぼつかない足取りで、なんとかガトフォセのもとへ駆け寄った。落ち着かせようと、手のひらを彼の鼻に近づける、

小ペンタクルの空域を侵さないように。無理やり笑みを作る。

「円の中が1番安全だ、ここにいろ。ラベンダーはいない、召喚は失敗だ」

「どうして悲鳴が聞こえるんだ⁉︎ 外で何が起こってる⁉︎」

 霊視して視野を拡大する。これは建物全体が揺れている、この揺れは地震によるものだ。

しかし変だ、フランスでは地震は滅多に起こらない。結論を導き出す。何者かが

人為的に起こしている、そう考えるのが自然だ。しかも3次元の人々に知覚されている。

次元間移動技術? 思い当たる節がある。本当に災害最悪のシナリオだ。

植物至上主義者たち、とうとうヤツらが動いた。理由はオレ。これは彼らの宣戦布告なんだ。ラベンダーを召喚されたら怖いから、そうなる前に懸念と不安の芽を摘む。馬花馬花しい、

同じ花同士、仲良くできないとは……。

「以前話したテロリストの襲撃だ」

 敵はずっと好機を窺っていたのだ。オレだって決して油断はしてねぇぜ、

 ラベンダーさえ呼べれば、こっちのものだった、あと一歩のところで〝人間が来た〟。

「香りの回復を待つべきだったな」ガトフォセは顔面蒼白だった。白い肌が恐怖でさらに白くなっている。この美肌、世の女性たちが羨むぞ。オレは自分のことをビンタした、強く! 

血が床を赤く染める。

「何やってるんだ⁉︎」

「木を引き締めてる! オレはシトラスだから、

 どうしても物事をポジティブに考えてしまう! 今はいらない気質だ」

 体の回復を待つべきだった、彼の言うとおり。焦って事を進めた結果がこれだ。

ノージンジャー、〝人間も隕石も待ってはくれない〟、モタモタしてたら、ラベンダーは

手の届かないところへ行ってしまう。〝この本は児童文学〟、信じられない状況だが、

とにかくベストを尽くそう、希望を持って。

「様子を見てくる、絶対にそこから出るな!」

「嘘だろ、ひとりにしないでくれ!」

「男だろ、しっかりしろ!」

「大丈夫なんだろうな⁉︎」

             ———去り際、ガトフォセの不安を和らげる安心の言葉を放つ。

「*〝リンゴを投げる〟‼︎」


「それ、どういう意味だ⁉︎ 

             待て、なんでリンゴを投げるんだ⁉︎ 

                             おい、オレンジ、オレンジ! 

  ……もう行ったのか?  忘れてはいたが、

    おまえのこと、ずっと待ってたんだぞ。  死んだら承知しないからな     」



















 携帯空間から銃を取り出す。実験室の扉を静かに開ける。身をかがめ廊下に出る前に左右を窺った。魔法に使うエネルギーも香りもすっからかん。変身さえできない状態だ。

戦場で生き抜くのに必死だった。痛くない臓器がないし、骨から来る痛みで涙が出る。

戦争なんか大嫌いだ。 ぜんいん助けたいのに、 自分が弱いせいで助ける価値のある精霊を選別しなければならない。    強く

                        なりたい             。

  『黄金のリンゴ』、あなたならどうした? 

                     地球に世界という概念を創った偉大な神だ。


   それほど頭が切れるのに、何故あなたはサンタたちを助けてくれない? 


     本当に存在するなら、差別や権利のために戦う精霊たちを助けてくれよ、頼む

アップルパイのリンゴの完璧な配置みたいに綺麗に、世界情勢を整理整頓してくれ。人間たちはオレとあなたをよく比べるけど、

                 水と油だ。そうだろ?

          あなたは正真正銘の神だが、


                        オレはゴースト。みじめだ

 集中しろ。

 敵は何に変身している? 香りは感じない。いや、ダメだ、鼻が機能していないからわからない。廊下に飾られた絵画の女性と目が合い、恐怖で身がすくむ。心臓が 止まる

ただの絵だ、しかし今のは命取り、確実に殺されていた。次にリビングへ向かった。花瓶か? マグか? 机か? あのテーブルの上のビスケット、怪しくないか? プディングの証明だ、どれ、本物かどうか試してみよう、ふむ、美味いな。オレは再び自分の顔面を強く殴った。

全身に激痛が走る このままだと敵に殺されるより先に自殺しそうだ。ほかの植物に生まれたかった。フルーツクラスの精霊は生まれながらに力を持っている、シトラス族の精霊は特に。だけど傲慢なまでに前向きだ、それが弱点。ペパー・ミントやラベンダーが羨ましい、隣の芝生は青く見える。*〝隣人の葉緑体を欲してはならない〟


     *(:『出アトランティス記』2000章1700節より抜粋)


 考えろ、何に変身している? どこに潜んでいる? 慎重に、確実に、部屋を回った。

違和感を見過ごすな、自分に言い聞かせる。キッチン、客間、両親の部屋、兄たちの部屋、

トイレ、浴室、中庭、物置、階段、二階の廊下、ガトフォセの部屋、空き部屋、父の書斎、

図書室、第二実験室、バルコニー。外ではリヨンの地元住民たちが騒ぎ立てていた。

道は割れて、崩れている家もある。

                                敵は何をしてるんだ? 


                                 なぜ攻めて来ない?


                          オレの動向をずっと追っていたなら

                          弱っていることも知ってるはずだ




                         攻撃すればかんたんに殺せるのに……








                         …… 何か、見落としてる気がする



               戦場から帰って来て、頭がまだ本調子じゃないようだ。




      シャーロック・ホームズ先生なら、どう考える?


         彼なら


   オレを殺すことが目的じゃないのか?




他に目的がある? 他に————————












               「Oh dear

                ガトフォセが危ねェ」                            









 そうか、ガトフォセを人質にとってオレから機密情報を聞き出す魂胆だ! なぜ最初にその考えに至らなかったのか! 

 痛む内臓を押さえて、全身全霊で階段を駆け降りる。最悪だ、こんなマヌケな失敗はない。大至急実験室に戻ってくると、ペンタクルに彼の姿はなかった。


「オレのせいだ。オレのせいだ! 絶対に守ると誓ったのに……また、守れなかった」


 誘拐なら、どこかにメッセージが残されているかもしれない。どこだ? 床や天井を

見回していると、物音が聞こえた——背後から。後ろを取られた……。心臓が高鳴る。

今度こそ体温が冷え切った。耳元に誰かが息を吹き込む。


            [急げ。最初が肝心だ。急げ]


 0.0003秒。地の利は向こうにある、つまり敵は油断してる、全力で振り向いて

手の銃の引き金を引けば倒せるかもしれない——いや、ガトフォセに当たる。なぜなら、

オレたちがこの部屋の次元を同調させてしまったせいだ。摘んだ。

                              「降参だ」

返事はなかった。ゆっくりと振り返る

 白衣を着た長身の男、       「テロリストはいたか?

 彼はバケツと箒を持って構えていた。 僕も戦う、今度は僕が助ける番だ」 

「………… 黙れ」唖然とした

「どうした?」

「出るなって言っただろ」このクソガキ。

「テロリストは怖い、隠れてるほうが安全だ」

「あーもう!」正論だ、完全に。

 木が抜けたら、頭の中で鳴っている音に気づいた。エアリスに通知が来ているので表示して確認すると、本当にただの地震だったらしい。23年ぶりの大地震。タイミングが悪すぎる。ツイてない。オレは木力が抜けて床に崩れた。『黄金のリンゴ』の悪戯だ。Oh my Apple

「どうした? テロリストは?」

「ただの地震だったなんて……」

 オレたちはふたりして床に寝っ転がった。顔を見合わせる

           おたがい気疲れしてる、ヒドい顔だ。少年たちは笑い合った

「スパイって、こんな感じ? オーレ、君、いつもこんなことしてるの?」

「なるもんじゃないよ」

「楽しかった、信じられないぐらい」

「それは実に人間の感想だ。なあ、もう諦めよう、ラベンダーを呼ぶのは」

「ダメだ、会いたいんだろ! 

 言ってたじゃないか、地球を変えたいって、精油で世界を変えるって。彼女は欠かせない」

「いや、もういいんだ。どの道、このペンタクルは使えない。使用期限が切れてるのか、

 アドレスが有効じゃないのか、せっかく高い金を払ったのに…………ヤバい」

「諦めるな、青くても理想を追うべきだ。

 僕は君より若いけど、それでも効率は大事だってわかってる!」

「ガトフォセ、あー、ガトフォセ?」

「見損なったぞ! 精油で人間社会と文化を開花するには、彼女を味方に引き入れなきゃ!」

「もう、良いんだ」ガトフォセは、何が言いたい? と目を丸くしてオレの言葉を待った。「信頼できるパートナーが、もうここにいるから」

 彼は両手を広げる。僕が? と言葉なく聞いてくる。

「レニーが死んで、躍起になってた。ラベンダーを心の拠り所にしてた。いつも誰かが何かのために、誰かを殺す悲しい星だ。変えなきゃって思ってた。結局、オレと他人は好きなものも考えてることも、全部ちがう。完璧で在り続けなければいけないと、そう思ってた。でも今、ふと思ったんだ。霊の人生は長い。ちょっと道草を食うのも……悪くない」

「オレンジ……」

「花と人間のタッグ……豪華共演、最強のふたりだ」

「最強のふたり?」

 何がそんなに可笑しいのか、ガトフォセは腹筋が割れそうな程に笑っていた。立ち上がり、オレは人間の相棒に葉を貸した、花笑んで。


*(〝リンゴを投げる〟:努力する、ベストを尽くす。

  植物界に古くからあるイディオム。お年寄りに好んで使われることが多い。

  オレの話には精霊界から英語、フランス語に入ったイディオム、

  言い回しなんかも多く隠れているから探してみるのも面白いぜ。

  ……そうか、読みにくいか。

  でもそれは仕方ないと思うぜ、

  だってこれは〝界外文学〟なんだから)


  





























































果実


  この宇宙の理想とは


  医療と芸術は花


  料理と競技は動物


  輪廻転生と司法制度は冥界霊


  お天気とエネルギー開発は龍


  海と紅茶は人魚


  工学と物流はサンタ


  娯楽と恋人は天使



  この宇宙の破滅とは



      医療と芸術は動物


 料理と競技は花


                輪廻転生と司法制度と工学と物流は天使


        お天気とエネルギー開発は人魚




       海と紅茶はサンタ



                                 娯楽と恋人は冥界霊

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る