第5輪 忘れた頃に芽を出すのが種

 理想のパリと現実のパリはちがう

 ま、それが冒険ってやつだ


          ——オレンジ

 もう嫌だ、なんてストレス‼︎ ヴァカンスに行かせてくれ!

 プロヴァンスにもどって6日が経過した。うっかりイバラの上に座っちまったブルドッグ

みたいな顔で、丘の上にある大きな岩に座って考えごと。あーでもないこーでもない。

けっきょく、あのコスプレ天使たちに尋ねる勇気はなかった、必死になるべきだったのに。

人間はこういう時にタバコを吸うが、オレは吸わない。

残酷極まりない大犯罪者の植物だ——人間ってやっぱり変な動物なんだ、なんでタバコに頼るのかオレにはさっぱり。年間のポイ捨てされた吸い殻を一直線に繋げると地球から火星まで

届くのに。あいつら早く絶滅しねェかな——肺を満たすのは格式高い情熱のシトラスのアロマとプロヴァンスの気候で熟成された濃厚な空気。自然の旨味が凝縮された気体が落ちこんだ

少年の霊体へ、地球各地からその旅の過程で集めたエナジーを届けてくれる。

もしオレが空気ソムリエなら、このプロヴァンスの大気に1級を格付ける。なぜならその栄養は地域で育てられた農作物とたくましく生き抜くネイティブ・プランツ、大気、そして虫たちによる炭素交換が健全に行われていることを証明したものだからだ。田舎は牧歌的で良い。

それに比べて汚染都市パリは魔界だ。悪魔たちがいっぱいうろついている。じき夜が来る。

夕暮れの冷たい風を受けながら、

丘の上から見える*ペルセポネ——ま、そんな神いないんだけどな——の祝福を受けた

力強い大地とちっぽけな村をながめる。まだ夕焼けに染まっていない向こうの大空ときたら

青く澄み渡るあまり鏡みたいにボクちゃんの悲しげな顔を映してきそうだ。

「鏡よ鏡、この星で一番悲しいヒトはだあれ?」と訊けば、

まちがいなくオレと言うはずだ。やることが全部うまくいかない。百年前はもう少し、

精霊とコミュニケーションを取れるやつがいた。さいきんは何かおかしい。以前とはちがう。


*(人間界では現ハーデスと結婚した精霊はペルセポネだって言われてるけど、

  じっさいはちがう。彼はミント一族の原種、ミンテと結婚したんだ。

  だからふたりの孫のペパー・ミントはフルーツクラスの中でも特に位が高い。

  あいつは植物界と冥界をつなぐ大切な外交官だ。

  でも、実力を高めるために小さい頃から香りを無理やり交わらせられて来たんだ。

  嫌いな植物ともキスをしなきゃいけなかった。

 「本当の愛について、ぼくは何も知らない」と苦笑していたのが木がかりだ。

  小さい頃に父親を亡くしていることも、彼の庭(:心)に凶暴な人間を招き入れている。

  ペパーは交配で生まれた精霊だからオレとは違う。

  オレには親ってやつがよくわからないけど、ジジイがそんな感じかなあ。

  あいつも素敵なミツバチ

  ——女を意味するスラングなんだけど、女性の前では使わないほうが良い。

  差別的なニュアンスがあるから。イギリス人が女性を鳥と呼ぶのと同じだ——

  を見つけられたら良いんだけど)

 そしてオレは、とうとうその考えに行き着いた。もういっそ、人間のパートナーは

今はいらない。効果は低くなるけど、高次元だけで精油計画を実行しよう。いつか良い人間を

見つけたらスカウトするってわけだ。するってェと、スポンサーの問題があるな。

人間のパートナーを見つけていないから影響力のある精霊の賛同を得るのは

難易度が高くなる。Well, ぼちぼち始めて行くほかない。精油計画は窓際部署だ。期待していた優秀な花は散り、今やシトラスが一輪だけ。緑化への道は遠い(:現実は厳しい)。


 畑仕事を終えた農家の人間たちが、たがいに談笑しながら帰路に着く。重たい農具を抱え、布で汗を拭き取って、いかにも良い仕事をしたかのように痛む腰に手を当てて、家族のもとへ。土で汚れたパンタロンを払い、原っぱを歩いて。真っ赤に輝く『黄金のリンゴ』みたいな夕日がまるで、彼らを祝福するようで。あのヒューマノイドたちは幸せな人生を送っている

ように見えた。あんな風に地球のためではなくて、ただ自分と家族と友達のために生きることが、どうしてオレにはできないのだろう? やればできるはずなのに! 彼らがすごく

うらやましい! 生きていると嫌なことだらけだ。やりたいことはいっぱいあるんだ、女の子と遊びたい、ゲームしたい、彼女ほしい、トレンドの場所へ行って自撮りしてSNSにそれらをupして自慢したい。でもやっぱり何か違う……。時間の無駄だ。いくら女とヤッてもそれは自己満足、地球は平和にならない、戦争も差別もテロリズムもなくならない‼︎ 

どうしてテロリストがいるんだ? なぜ戦争はなくならないんだ? なぜ戦争は起こるんだ? どんなにくだらない理由でも起こるじゃないか! 1週間前、動物界はサンタ界へ理不尽な

侵攻を始めた。サンタ界を併合する気だ。被害は民間霊にまでおよび膨大な死者数が出ているし、アロマ連合の安全保障理事会で動物界大使のバグは出来の悪い嘘ばかり。

子どもでも騙されない。彼の主張する大義名分はこう。「植物至上主義者たちがサンタに紛れ込んでいる。彼らは人間を支援するためのクリスマスを利用し、プレゼントと称して悪の種

(それが何であるか、オレにはさっぱり。でも訊いてもみんな知らないんだ)を人間たちに

植えつけて地球に帝国主義を蔓延させようとしている。我々は地球の平和を守るため、これを阻止しなければならない」それはおまえらだろ、人類じゃなくて! 同じ動物なのにどうして殺せるんだ⁉︎ オレは怒ってる! アロマなんか普及してる場合か? 人間なんかどうでも

いい、サンタたちが殺されているんだぞ! マスターに相談したら「お主は自分の仕事に集中しろ」と言われた。なんでオレだけ? 何も知らないわけじゃないぞ、ほかのみんなは自分のプロジェクトを投げ出してサンタの支援や亡命の手伝いをしているっていうのに。いま精油

計画をする意義ってなんだ? 今こうしている間にもヒトが殺され続けているんだぞ! オレだって彼らのために何かしたいよ‼︎ あのワニの女性が心配でたまらない。オレたち植物は

傲慢だ。覇権世界を気取りながら、過去の霊戦で蒔いた種を回収しきれていない、禍根を

残した。だから、ルーチカ大総統は今回の侵攻を決行したんだろう。ジェノサイドだ。悲惨

なのはサンタたちだけじゃない、人魚たちもだ。人魚界は今、揺れ動いている——アロマ連合からの平和協力を求める声と大総統府からの脅しの間で。ルーチカ大総統の声明は「人魚界は我々の呼びかけに応じ共に植物至上主義者たちを追い出しサンタたちを救うだろう。この星に平和と秩序を取り戻すのだ」こんな頓珍漢な嘘に騙されるのは人間ぐらいのものだ。しかし、魚霊たちは断れない。もし断ろうものなら、あのハリネズミが「人魚界にも植物至上主義者が潜伏している」と言って粛清に打って出るからだ。もし人魚界が*緑側に付くなら、弱肉強食主義の栄光を取り戻そうとする動物界もといルーチカは彼らを敵と見なす。それは天から無数のレーザービームが海に降り注ぐことを意味する。海が蒸発させられるんだ。否応無しに

人魚たちはオレたち花と戦うことになる。嫌な星だ。

  心の中、エジプトにいる黒髪の青年が花笑んでくる。『真の薫香』、

     あのクソネズミを生かした結果がこれだ。

         優しさや慈悲は何の役にも立たない。オレはジジイみたいにはならないぞ

     どうしてフランスへ来てしまった? 

  衝動的になるのがオレの悪い癖だ、自分のアロマもそう。

ロンドンにいれば愉快な仲間たちと一緒にいられたのに。あの愉快な労働者組合のみんなと

*Mrパンプキンをボコボコにした時のように、何かすごいことができたかもしれないのに。


*(グリーン・サイド:植物界、天使界、龍界のように

  エコ主義、民主主義、ソーラー主義などに賛同する諸世界のこと)


*(1888年。伝説の植物至上主義者 Mrパンプキンはアロマ連合に宣戦布告。

  ロンドンで殺人ゲーム実況を開始。

  ルールは簡単で売春婦を5人殺害できれば彼の勝ち。防げばアロマ連合の勝ち。

  スコットランド・ヤードのインスペクターたちに憑依した連合の精霊たちは

  苦戦を強いられた。なぜなら強い神ほど人間に憑依するのが難しいからだ。

 【憑依戦争】と呼ばれるこの一連の事件は

  人間界では【切り裂きジャック事件】と呼ばれている。

  なぜ彼がMrと呼ばれているのかは、憶測が飛び交うもだれも知らない。

  彼は植物界の民衆からは絶大な人気を誇る神で、

  いまもどこかで人間を殺しているに違いない)


 ナポレオン、おまえはどこへ行ったんだ? オレさまがフランスへもどって来たって

いうのに、なぜおまえがいない? そんなチンケな島でコーヒーなんか栽培してる場合か? セントヘレナ島はおまえには似合わないよ。そもそもなんでコーヒー? オレさまの種族を

育てろよ、親友だろ? おまえさえいれば花にミツバチ、人間界中に精油を普及させる

ことだってちょちょいのちょいなのに。オレはレニーに変身した。絵画とは似ても似つかないブサイクになる前の、少年時代の可愛げのある姿に。

「おれはもう疲れた。フランスなんか大嫌いだ、とっとと滅べばいい」それで、変身を解く。

「なんだって? 

 おまえ以外に適任者がいると思うか?」

                    そしてまたやつに変身するんだ。今度は青年だ。


「あとは全部やってくれ、おまえはドジっ子だけど、天才だろ?」


「ひとこと余計だ。だが、さいきんの人間連中はワガママ過ぎる、

            ヤツらは限度ってものを知らない。

                   オレにはやっぱりおまえが必要だ」


 次のナポレオンは、セントヘレナ島時代の元気はあっても覇気のなくなった老人姿だった。

 人生に疲れたとでも言わんばかりに岩に腰下ろす。「後は頼んだ。全部やってくれ。

                         余生は楽しまなきゃならん」


          ヒザなんか押さえて苦しそうだ


「弱木だな。皇帝にまでなっただろ、自信を持て」


「……疲れた。

                     皇帝になれば何かを変えられると思ったが、

   誰がやっても大して変わらんのだ」


「情けねえな! 人間の寿命は短すぎる!」涙が出てきた。せっかく次元と差別を超えて理解し合えたかと思えば、アデューを言わなければいけない時間になっているんだ。

                         おまえみたいなアクタレ、大嫌いだ。

「おい、大丈夫か?」

「うるさい、チビデブ!」こいつ、皇帝になった後、

            オレのアドバイスをちっとも聞かなくなったんだよな!

「失礼だぞ、それが大人に対する口の利き方か!」

 何かおかしいと思い見やると、横にはスーツを着た男性がひとり立っていた。プライドの

高そうな鷲鼻の上にインテリを気取って眼鏡なんか掛けている。ふむ、*オレの見立てが

正しければ29歳だ。いつの時代のナポレオンだ? いや違う、だって彼はオレだった

じゃないか、頭が混乱してくる、つまり、知らない男がオレの横に立っているってことだ。


*(オレには人間の年齢を言い当てる特技がある。

  今までに4回しか外れたことはないから、抜群の推理力だと言える)

「じきに夜が来る。早く家に帰らないと

         オオカミに喰われるぞ」

                    頭のてっぺん——ブルネットの短い髪には

                            ラベンダーの穂がついていた。

 周りを見る。あたりにはオレたち以外だれもいない。

「おまえに話しかけてるに決まってるだろ。シャネルか、その香水? 

 おまえみたいなカエル小僧にはもったいない。調子に乗ってると盗賊に誘拐されるぞ」

「見えてる⁉︎」立ち上がった。「おまえ、オレが視えるのか⁉︎」

「子供は暇で良いな」馬鹿にされてると思ったのか、背の高いビジネスマンは踵を返した。「忠告はしたからな」


「待て」反射でとっさに腕をつかんで驚いた。オレ、腕をつかんでるぞ、

                     体をすり抜けてない!

    「Oh là là !(:おやおや!)」草が生えたように笑う。「オレは精霊だ、

                               おまえを待っていたんだ」


 その人間は怪訝な顔を見せた後、旅行用カバンと一緒に野原を走り出した。あの表情、

明らかに田舎の子どもを差別している。知能の低い田舎者が都会の知識階級から金を

ふんだくろうとしている感じに映ったんだろう。見た目どおり賢いな。走ったのもトラブルに巻き込まれたくないから。でも、それはちょっとワガママ過ぎる。だって

この地球で起こる問題の根源は、もし動物界でなければ人類と決まっているのだから。嫌でも精油計画に協力してもらう。

 人間は物理的な生き物だ。脚の速さでは霊にかなわない。そして霊に隠しごとは通じない。オレたちは非物質生命体、つまり究極的には電波のようなものだ。人間の思考なんてお見通しなのだ。彼が宿泊している民家の部屋へ入ったとき、すでにオレは

ベッドの上で横になっていた、足を組みながら。

 自分が寝るはずのベッドでオレが寝ているもんだから、その白人男性は怒鳴った。その場で思いつく限りの汚いフランス語で料理した彼の罵倒のフルコース

——彼が何を言ったかは、読者諸君の想像にお任せしよう——をオレはたっぷり堪能した、

環礁に浸りながら(:感傷に浸る。人魚界の次元で主に使われるイディオム)。

オレはもうこいつの正体を知ってる。向こうもオレに気づくかもしれないから、試しに待ってみるか。何か言ってもきっと信じちゃくれないだろうから、黙って様子を見よう。彼はオレが身じろぎ一つしないもんだから顔を真っ赤にした。部屋を去ったかと思いきや、すぐさま

家主の太った男を連れてきた。「どうせ連れて来るなら、飛びっきりの美人を連れて来いよ」*オレの言葉は都合の良い置き場所が見当たらず仕方なく彼の心に貯蓄されていた怒りの火薬に雷を落とし、大爆発を引き起こした。

「早くあのガキをつまみ出してくれ!」

 ところがお察しの通り、オレは霊だ。

「あんた、酒の飲み過ぎだ」誰もいないベッドを一瞥すると、木の毒に思った家主は彼の肩を叩いて早々に戻ろうとする。「家具は壊してくれるな、弁償だぞ」不審な男を白い目で見ると太っちょは去った。

 その男はさらに憤った。「どいつもこいつも、全く、これだから田舎は嫌なんだ!」

 だんだん木の毒になってきたオレは、正体をバラすことに決めた。

          これじゃ永遠に待ったって思い出してもらえない。

                      どうして人間は忘れてしまうんだろう……。

「だから言ったろう、ガトフォセ。オレは精霊なんだ」

「……なんで、僕の名前を知ってる?」

「たった20年で、パリの街を冒険した仲間を忘れちまうのか?」

 その香りは、彼の鼻腔に入ると告げる。

〝What the Bloody Earth have you become?

 つまんねェ人間になりやがって〟

 彼の脳、シナプスに流れ星が瞬いた。暗黒面に染まった神経回路を光り煌めきながら、

忘れ去られた秘密の回廊へ——幼い頃によく使っていた。大脳皮質に痛恨の一撃

背筋に電流が走りスイッチが切り換わる。





































「Eh~ッ⁉︎」悲鳴を上げた後、懐かしき友が帰って来た。友の帰還を祝福しよう。

「I am Orange, the Orange」

 両目を見開いた彼は、ゆっくり近づいて来る。

「オレンジ……おまえなのか? 本当に? 姿が昔のままだ……人間じゃないのか?」

「精霊だって言ってるだろ、おまえは知ってる、どうやって財布を見つけてやった? 

 食べ物をもらうことができたのは? ばあさんの家へたどり着けたのは? 

 どれも人間には不可能だ」

「パリ流のジョークかと……」

「オレはロンドナーだ、パリジャンじゃない。でもまあ、エリゼアンではあるな」

「エリゼ宮にいたのか⁉︎」

 その驚きは心地よい。オレは悪どい笑みを浮かべた。

「昔の話だ。それより、

 おまえは変わった」背がずいぶん高くなった男に怒りの目を向ける。

                 「すっかり人間らしくなったな、er? 

                  良心のある人間だったのに! 今はどうだ? 

     自己顕示欲のカタマリだ! ただ勝つことに執着してる——何の目的もなく‼︎」

「ちがう、目的ならある!」「おう、なら言ってみろ!」嘘を吐いているのは明らかだが、

                        言い訳を聞いてみたくて続きを促した。

「君に、どれだけ会いたかったか」これは酷い嘘だ。非常に醜い。すっかりビジネスマンだ!


「存在すら忘れていた癖にか? オレは友だと思っていたのに」


「~~ッ、ッ、! 友だちなら、どうして何も言わずに去った⁉︎ 言ってみろ‼︎」


 感情を爆発させたガトフォセ、歳上の少年に掴みかかる。

                 大の男になった子をあやすのは大変だ


「おまえを巻き込みたくなかったからだ。人間と友達になって良いことは何もない」


「じゃあ、どうしてまた僕の前に現れた⁉︎ 矛盾してるぞ! 僕たちは今、会っている!」


 とてもフランス人らしく身振り手振りで話す彼に、

                         かつて戦場を共にした友が重なる。

  懐かしい栄光の日々は、

             もう二度と来ない。決して           人生の汚点だ


「矛盾はしていない、話しかけて来たのはおまえだ。

      本当は会うつもりもなかった。      まさかプロヴァンスにいるなんて」


「ふざけるな、悲しいだろ、会うつもりだったって言え!」


「どうして欲しいんだ⁉︎ 女みたいなことを言うな! 

     会いたくなかった、本当に。        オレに関われば死ぬんだぞ!」


「しかし、もう会ってる」


「チッ……くそ、マスターを思い出した、ジジイなら運命とか言うに決まってる」


「なに?」


「何でもない、気にするな。とにかく、オレはもう行く。ほら、おまえのベッドだ。

 しっかり休めよ、朝イチの汽車でリヨンに帰るんだろ?           アデュー」


「待て」

「——Oi、離せ」ナポレオン以来だ。オレに触れることができるのは

「助けて欲しいんだろ? 素直になれ」

「そんなわけあるか」

「待ってたんだろ、僕のこと」

「おまえだって知ってたら、頼まなかった」

「夜にベッドまで侵入しておいて、なんて言い草だ」おどけるガトフォセ。


 これには散りざるを得ない。花が咲いたように笑い、香りも華やいだ。「ああ、そうだよ。

                                  助けが欲しい。

              が、おまえだけは巻き込みたくないんだ」


「話してくれ、友だちだろ。今度は僕が助ける番だ」

 頷きそうになったが、横に首を振る。「でもなあ、本当にダメだ、

                              テロリストに狙われる。

                         今だって外から監視してるはずだ」

「テロリスト! 霊界の? 僕は霊は信じない」

「じゃあ、オレはなんだ?」

「友」

「面倒臭いよ、おまえ。テロリストを見くびるな。次元が違うから物理的な危害こそ

           加えられないが、それでもヤツらは時代の権力者たちに取り入って、

                    人間界の戦争に介入して来たんだ」

「人間のほうがよっぽど怖いよ」

「……(イラッ)」

「イギリス人なんて、

         あまりに戦艦を造るもんだから

               木が英国本土から無くなっちゃったんだから。

                  ロシアから木を伐採して輸入できる権利だって

                                   購入したよね」

「(ムカッ)……よくご存知で」

「その点、素晴らしい国だよフランスは! ほら、こんなにも自然があふれてる」

「あー、はいはい、そうだな

               良い夜を。もう二度と、会うことはないだろう」告げると、

  草草にオレは部屋から去った。

               最後のガトフォセの表情は見ていない。

      これ以上いると、

                       気持ちが揺らいで取り返しがつかなくなる









































































 翌朝。徹夜でパートを割り振った鳥たちが合唱を始めた後。自然のそれとは似ても似つかない車輪が生み出す火花にも花粉はあるのだろうか? 蝶や蜂では運搬者にはなり得ない。甘い蜜の恩恵に与ろうと近づけば容赦無く燃やされてしまう。では、この不自然な花はどのように繁殖し勢力を拡大するのだろう? 生成されたテクノロジーの種は汽車によって運ばれ最終的には港へ到着し、船で地球中を旅するのだ。発芽のために。あるいは、蒸気機関車が排出した二酸化炭素と共に空へ舞い上がり成層圏か中間圏を漂った後、太平洋か大西洋を超えてどこかの大陸に着地するかもしれない。窓からは青春を謳歌する田舎の木々が見える。ご機嫌な顔のガトフォセ、反対側に座る腕を組んだ膨れっ面のオレンジ髪の少年は、列車に揺られてリヨンへ向かった。一晩考えたんだ。一晩中ずっと。自分の心は歓喜に満ち足りて歌っているけど、頭では悩みの種が育っている。この選択がベストなのか、それとも最悪なのかはわからない、今はまだ。わかる日は来るのだろうか。



















*(【ブレシア大爆発】。西暦1769年、天罰は下った。

  イタリアのヴェネツィア近郊に位置する街ブレシアにある聖ナザロ教会に雷が落ちた。

  これは当時、地球人類第七文明史上、類を見ない大規模な爆発だった。

  火薬が教会に保管されていた理由は「神の加護があるから安全だろう」という思い込み。

  偏見!

  こんなんだから、みんな人間を支援したがらないんだよ。

  君たちも、怒りは心に貯め込まないほうが健康には良いぜ)










「ルネと呼んでくれ」






「オレにとって、ルネはいっぱいいる。でもガトフォセという名はおまえだけだ。

 おまえにとって、オレンジという名の友がオレだけであるように。 ガトフォセと呼ぶよ」



落葉


 この間、リヨンでハーブの研究をしてる男がウチに泊まったんだ。

都会の人は働き過ぎて頭がトチ狂ってる、部屋でひとり、ずっと喋ってるんだ。

いやあ、パリジャンがもっともダメだが、リヨネもかなり悪い。おまえのとこも、

都会の人間を泊める時は気をつけろ。金? へっへへ、たっぷりふんだくってやったよ!

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