第3輪 誰かが人間に告げ口する

 良い島を教えてくれてありがとう、タバコ

 これで3次元にいるぼくの種族も助かるよ。わーい


          ——とあるドードーの市民霊


 困っちまったなァ、俺は何も知らねェんだ、おまえの国を助けてやれねェ。残念だったな

 おォ、待て、思い出したぞ。ひとつだけ良い島があった。モーリシャス島だ

 だけど誰にも言うなよ。おまえが精霊が視える良い人間だから、教えてやるんだ

 よせよゥ、感謝なんかいらねェ、善いことすんのは気持ちが良いからなァ


          ——タバコ

 翌日の10時。オレとラベンダーはまだパリにいた。支部にある熱帯気候の部屋で植物に

囲まれながらたっぷり休んだ昨日に戻りたいが、そういうわけにもいかない。テロリストが

いるとわかった以上は安全な場所で打ち合わせをしたかったが、支部内も誰がどこで根を張り巡らせているかわかったもんじゃないから外へ。一度訪れてみたかったカフェに行こうと提案したけれど彼女に却下された。しぶしぶ案内されて訪れた場所はカンボン通り沿いにある建物の一室だった。彼女のプライベート・レジデンスらしい。書斎にはホコリを被った本が棚

いっぱいに並んでいる。うぇ、吐きそうだ。政治や古代ギリシャのおとぎばなし、ギリシャ語とラテン語の文法、フランス史、郷土料理、それにプラトンやデカルトの著書、いったい誰が

読むんだ? どうやら被写体はなさそうだ……。詩の本もいくつかあった。とりわけ多いのは服に関するものだ。この部屋の持ち主はどんな人間なんだろう? オレの分析からするに女性だ。だってポルノがない。加えて革新的な思想を持っている。分析が当たっているかどうかは重要じゃない、仮定して方向性を定めることに意味があるのだ。シャーロック・ホームズならきっとそう言う。確実にわかることはその人間は経営者だ。階段下のグランド・フロアが

ブティックになっていたから。今のは誰でもわかる、これじゃ推理にならないな。この部屋が最近の彼女の活動拠点らしい。支援対象の人間が好意で使わせてくれているんだと。[オレがナポ公を支援してたときは、ベルサイユ宮殿やフォンテーヌブロー宮殿が活動拠点だったぞ]と危うく言いそうになった。彼女は機嫌をとてつもなく悪くするだろう。あの時代、彼女は

嫌々ネルソン提督を支援しなければならなかった、愛するフランスではなく。

 意匠を凝らした机の上にたまった書類の間から顔を覗かせ、赤いペンを手でもて遊びながらまるでこの部屋の主みたいにあいつは言うんだ、対面の来客用ソファに座るオレさまに

向かって。「じゃあ、そろそろミーティングする?」

「どうするんだ?」手を広げた。「人間界にはケータイがない、原始的な物流システムだ。

ITチームや他のプロジェクトチームとの連携は欠かせない」悪魔やテロリストたちと戦う

わけじゃないにしても——まあ、もうこの時点で嫌な匂いはしてるけど——この仕事も

なかなかハードだ。精油加工法の確立、物流、それにプロモーション活動、やることは

たくさんある。だが、最難関はやはり人間側の協力者を見つけることだ。オレたちと

コミュニケーションを取ることのできる人間を見つけることができるかどうかが鍵となる。

これはどの支援プロジェクトにも言える。彼女はどんな戦略を持っているんだ?

待っていると、次の核爆弾発言シリーズにオレの種族は焼畑された。

「聞いて、わたしたちは精油計画を実行しない」

「?」What?

「これからサンタを拷問する」

「⁉︎」Quoi ?!

「精油計画は仮の姿。本当は戦争を止めるための秘密工作部隊、それがわたしたち」

「Ah ???」

「質問は?」

「☆℃*+♫@|∂♀⁂森!*⁉︎」立ち上がって両腕を広げる。

「クマ語じゃわからないわ」

「なに言ってるの?」オレは木製デスクに詰め寄った。

「あーもう」仰々しい仕草でため息をついた。「受け入れて」

「なんで精油を広めないんだ? 怖気づいたのか? テロリストに」

「馬花言わないで、こんなプロジェクトに意味なんかない。オレンジ、

 ほんとうにこんなことやって、戦争を止められると思ってるの?」

「Well, 少なくとも衛生環境は良くなる、ベルガモットも言ってただろ」

「エッセンシャル・オイルを精製する過程でぐうぜん発見した化学物質を戦争兵器に使う」

 彼女は首を横に振る。「人間に都合よく利用されておしまいよ」

「そんなことは——あるかも知れないが

(連中のやり口を見てると、確実にそうだ。ヤツらはやる)、とにかく、上にバレるぞ」

「報告書なんかテキトーにでっち上げれば良い」1666年、時は【ロンドン大火】、新しいオレンジの精霊として宇宙が地球に産み落としたオレを救ったお姉さんは、鋭い目つきで

睨みつけてくる。「良い? このプロジェクトにはわたしとあなたの2輪、他に誰もいない! 

         これはチャンスなの、上の指図を受けずに独立して行動できる!

         精油計画をやめろ? いいわ、喜んでやめてやる。

         わたしは花っからこんなクソプロジェクト、やるつもりないんだから‼︎」

「待って、その、話についていけなくて、一瞬時間ちょうだい」オレは胸いっぱいに

                             自分の香りを吸い込んだ。

「Oh dear?!(:なんだって⁉︎)」 少年らしい高い声が出た。「ああスッキリ」

                             笑顔になれた。


「お願い、協力して」

「何を?」

「戦争を止める」


「話が見えない。人間界は統一され始めている、オレの故郷の大英帝国はすでに

 五分の一の領土を持っているんだぞ、地球表面上で。彼らは安定期に向かっている。

 良い調子だ、ちょっとの争いはしょうがないよ、やめろと言ってやめる連中じゃない」


「知ってる。でもちがう」わたしが言いたいのはそうじゃないと、白いトガの娘は顔を

 近づけてくる。「もし、3次元中を巻き込んだ大戦争が起こるとしたら?

       *【地球大混乱時代】のような」


「ありえない。専門家たちも星論も、誰もそんな主張はしていない」

*(今から一万と数千年以上前、アトランティス大陸沈没後に始まった大戦争時代。

  非物質界中を戦火の渦に巻きこみ、

  人類を地球から追い出すか否かをかけて植物界と動物界側が大激突した。


  聖火7輪と呼ばれる神たち


           『癒やす者』         『銃火器』 

      『魔法の粉』         『真の薫香』    『ガソリンツリー』 

   『没薬』         『征服の草』        

                                       彼らは

  破竹の勢いで分裂していた花たちをまとめ上げ他世界を植物界側に引きこみ、

  究極的には動物界を打ち負かした。大戦後、地球人類は現在の第七文明期を迎え、

  覇権世界である植物界主導で作られたルールは戦争で生き残った動物霊たちの

  強い反感を買っている。悲しいことに、精霊界の歴史を人間たちは知る由もなく、

  彼らの傲慢な神話で語られることは一切ない。

  この悲惨な戦争が原因で天文学的数字の死者が出て、世代交代が急激に早まった。

  今の地球では、1万年以上生きただけで精霊たちはお年寄り扱いされてしまう)


「だから何? わたしが主張すれば十分」

「根拠は何?」

「サンタたちが忙しそうにしているのを見たわ」

「わっははは‼︎」大戦争が起こる理由が忙しいサンタたちだって? どうやらこいつ、人間に森を伐採されすぎて頭がイカれちまったらしい、飛んだお笑い種だ! 

——ビンタされて赤くなったほっぺをさすりながら、オレは続きを促した。「それで?」

「サンタたちは未来を司る精霊よ、何が起こるか全部知ってる。経験上、

 大きな事件が起こる前の彼らは、いつも様子がおかしかった。

【百年戦争】、【魔女狩り】、【インディアン戦争】」

「ただの都市伝説、ゴシップだ」その話は聞いたことがある。でもオレはそれが事実である

という確信は持てなかった。「彼らはいつも忙しいだろ? 悪魔たちが問題を起こさない日はないからな。アロマ連合のエージェントは毎日が月曜日だが、彼らにとっちゃ毎日が

クリスマス、わお! 過労死しないか心配だぜ」

「あの運び屋連中に聞けばいい、そうすればわたしが正しいことが証明できる」運び屋か、

心の中で感心する、口笛と共に。その言葉はわずかに侮蔑の意味を含んでいるけど、サンタの語源は配達人だから、あながち間違っちゃいない。

「この星の未来に関わっているんだぞ、素直に教えてくれるわけないよ」

「そのとおり。だから拷問しよう」

「かんたんに言うなよ、捕まえられるわけない。それに連合のポリシーにも違反する!」

「実は」彼女は指を鳴らした。念力で二つの本棚を自動ドアのように左右に動かすと、奥に

白い正方形の部屋が現れた。その光景には既視感があった。何かの映画のワンシーンだったと思う。実験か拷問のためのものだ。無機質な部屋の中央にはただ椅子だけが置いてあり、水色の帽子を被ったワニの精霊が拘束されていた。目が合うオレに

彼(彼女? それとも他の性別?)は何かを訴えかけていた。「もう捕まえてある」

「OMA‼︎ (: Oh my Apple)」叫ばずにはいられなかった、あまりの恐ろしい光景に。

 17歳ほどの天使は立ち上がった——相手に素性を知られないように変身したんだ——

 すれちがい様に目が合う。「もともとヤツらは動物界側よ、寝返るのだって遅かった。

              そうでしょ? 同情する必要はないわ」真っ白い翼に金髪の

                                神々しい姿が、

                                  かえって恐怖心を

あおる。

    一歩、

       また一歩と、


                 そのサンタに近づいてゆく


オレはその様子をただ黙ってずっと見ていた。

                          どうすりゃ良い? Oh my Apple

  この状況はなんだ?

             Oh dear     安全な仕事じゃなかったのか?

                       Oh my appliance

       思考をまとめなきゃ、ジジイは知ってるのか? いや、知ってたら許さない

                            なんだよ Oh my Apple って! 

    オレは『黄金のリンゴ』が嫌いだ、言うなら Oh my Orange だろ


イディオムなんだ、ノージンジャー。Ah、どうすりゃ良い、誰か教えてくれ。スパイ映画は

けっきょく映画、実際の業務内容とは違う。まさか自分がこんな状況に出くわすなんて。そのワニの目には絶望の色が浮かんでいた。生きることをあきらめている。

 脳内でシナプスが閃いた。一瞬の思考。脳内大論争。ひょっとすると、本当に3次元中を

巻きこんだ地球大戦が起きるかもしれない。彼女は確かに型破りだけど、マスターとして能力がある。絶対に自分が正しいとわかった時、彼女はみんなが反対しても絶対に引かない。

だからみんな彼女が好きなんだ、彼女について行く。ここまでのことをしたんだぞ、すでに

何かつかんでいるんだ。だとしたら、止めるべきじゃない。いやいや、あり得ない! 

もう20世紀、西暦1910年だぞ! 帝国主義が蔓延しているものの人間たちは国際協調の取り組みとして、いよいよ連合組織を作ろうとしている時代だ。時勢を読むべきだ、星論

だって人間界大戦の可能性を指摘していない。だけどやっぱり、世の中には人間たちに悪知恵を入れる精霊たちもいるのは確かだ。人間たちの悪事はすべてが人間たちのせいじゃない——ほぼ人間たちの責任だ、正確に言うなら。それで、どうするどうするどうする……

何が正しい? 3次元の生態系を救えるなら、1匹のサンタの犠牲もしょうがない。あいつらは【地球大混乱時代】、狡猾だった。中立を装いながら動物界を支援していた。ジャパンや

スイスのように。歴史を知るオレ個人の感情としては、ひとりのサンタを犠牲にすることに

躊躇いはまったくないね。あいつらだって花たちを大勢伐採した。「命だけは助けてくれ」と彼らが懇願した時、助けなかった。あの爬虫類の情報で大勢が助かるんだ。悪いのは情報を

隠しているあの野蛮な下等生物。そんなんだから3次元の悪魔たちにカバンに

されちまうんだ。オレたちは戦争を回避するために最善を尽くしているだけ。だから……

ラベンダーを支持すべきだ。もしこの緑野郎に情報を吐かせられなかったら、それで大戦争が起こって大惨事になって、動物界勢力がふたたび地球支配に乗り出したら、オレにとっては、それこそ痛恨の極み。この先の人生で永遠に後悔の念に苛まれることになるんだ、大勢を

殺した絶望、無念、罪悪感と共に、いつ死ぬとも知れぬ人生で。そこにはもはやフルーツの

誇りはなく、雑草クラス(:労働者階級)——いや、モスとして差別されながら生きることになるんだ。 Absolutly not

              絶対ヤダね





 ところで、あのワニ助けたい? 助けたくない? 心が訊いてきた





 いっぽう密猟者はヒト差し指をそいつの目ん玉に押しつけ、香りとエネルギーを

循環させた。臨戦態勢だ。瞬時に攻撃できることを相手に示した。「いくつか尋きたいことがある。まず一つ。第七文明史上最大の戦争は起こる? もしそうなら、それはいつ? 

どのように回避できる?」彼女は彼の口の拘束エネルギー体を外して発言できるようにした。「あkfjtvほいぬあr‼︎」ワニ語だ、たぶん。その意味はわからなかったけど、

知りたくもなかった。だってこういう場面で言うセリフって、大抵「おれは何も知らない!」か、汚い罵りの言葉と決まっているのだから。


 ちぇッ





































それからの5分は【ナポレオン戦争】

——フランスを支援するオレとイングランドを支援するラベンダーが激突した——

                                   の再来だった。

「HoLa grAcIas 燃えよ」

            赤い閃光が炸裂

                   もう後戻りはできない

                             ラベンダーは

背後から放たれた魔法地獄の業火に無防備だった。

                        白い部屋の奥まで吹き飛んだ。

    書斎の窓ガラス

             ソファ

         ランタン

                      書類が、

                             何もかも爆風で吹き飛んだ。もっと弱くやるつもりだったのに慌てたせいで加減が狂った。ラベンダーは大丈夫か? 

煙で安否はわからない。とにかく今のうちだ。「DoNNa dOnnA 解体せよ」

ありがとう、ピーター。彼が教えてくれた動物たちに使われる魔法仔牛の解体

鉄製の拘束具を外してサンタを自由にした。

「Be picked by Human!! (:人間に摘まれちまえ‼︎)」

「I helped!(:助けただろ!)」

 そのサンタは激怒していた。近くで見ると傷だらけで乾いた血の跡が目立つ。

 ウロコは何枚も剥がれていた。あいつめ! 自分の仲間に複雑な敵意を抱く。

「このことは報告するからな!」

「彼女のことは申しわけない。根は良いやつなんだけど、人間がからむと、ちょっと、

 おかしくなっちゃうんだ」

「ところで、植物のアンタがどうして動物の魔法を?」

「ともだちに動物がいるんだ」

「oXoLigHt 閃け」灰煙の奥から飛んできた《偉大な雷》からサンタをかばった。

 床に倒れる。「きゃ」たぶん性別は*約女性だ。紫電は書斎中の壁や天井を走りまわった。


*(完全に女性か、半分か、それともシーズンによって役割が変わるのか、あるいは不明か。

  そもそも性別にこだわっていない可能性もある。

  ラテン語はきちんとしていない言語だ、各性別に対応した名詞と定冠詞がない。

  ってそんなこと説明してる場合じゃない! 

  For your information,

  オレたちは非物質生命体だ。3次元上の生物たちほど性別の概念が強くない)





































「こっちだ!」動物サンタが階段を降りたのを見届けて、さっきまでラベンダーがいたデスクの後ろにかくれた。ワニがカバンにされてしまう事態は避けられたけど、そのせいで経済が

悪化して戦争へ突入だ。さてと、ここからはアドリブ。

ノージンジャー、

       ニンジンが煮えた、クマのしっぽを握ってしまった、

                          後は野となれ山となれ、C'est la vie.

「oXoLigHt 閃け」煙の中から飛んできた雷によってデスクは爆散した。丸焦げの床、倒れて燃えている本棚。こいつは困った、隠れるところがないな。どうしよう。まさかこんなに早く職場のトップ・プレデター(:頂点捕食者)に逆らうことになるなんて。キャリアが台無しだ。後悔以外の感情がない。

「You're fired(:おまえ、クビ)」現れたラベンダーはジョークを言っているのだと思った。だって燃えているのは彼女自身なのだから。服と髪の上で炎がダンスしているのに平然としているし、何よりも恐ろしかったのは断固として英語を話したがらない彼女が英語で話していることだ。木が相当に動転している。変身は解けており、煤けた元の顔で彼女はオレの胸ぐらをつかんだ。目から血を流している。「おまえのせいだ。人間界で大戦争が起こったら、

                 どう責任とってくれるんだ、Aァ⁉︎」

「よかったじゃないですか、嫌いな人間がいっぱい死んで」他によい言い草は

 思い浮かばなかった。半分ぐらいはそうなってほしくないって思ってる。

「自然界にも大打撃だろうが!」その後は顔面を殴り飛ばされて床に倒れた。それで、髪の毛をつかまれて何回も頭を壁に打ちつけられた。抵抗することもできたけど、罪悪感がそれを

許さなかった。どうしても反撃する気にはなれなかったんだ。エージェント失格だ。それに

背後から彼女を襲った。

「あいつを殺せなかった! クソ‼︎」

「でも、オレ、は、後悔してないぞ。ラベンダー、おまえは、

 人間に魂を売っちまった。拷問なんて花がする行いじゃない」

「命の恩人になんて口を!」念力で本を何冊も体にぶつけられた。痛い。辛い。

 最悪の職場だ。この星に安全な生態系はないのか?

 ラベンダーとオレは深呼吸をして、自分の香りを吸いこんだ。痛みは一時的に増したが、

流れた血は消え、傷口はふさがり始めた。植物の精霊は誰もがアロマと共にある。

わずかでも時間さえあれば体は回復する。そこが他の精霊たちとの違い。

「自分のしたこと、本当にわかってる? メディアが植物界を叩けば動物界が図に乗る!」

「わかってるよ、でも、ほかにも方法はあるはずだ、

 世界戦争を止める方法がきっと」本当に? そう問う心の顔は暗い。

「もうないわ。わたしの連合でのキャリアもおしまい。全部おまえのせいだ‼︎」

 彼女はヒステリックに叫ぶ。「一匹のサンタと自然界、どっちが大切なの⁉︎」

「どっちもだ!」もうオレも怒っていた。これだから雑草クラス(:労働者階級)のヤツは

嫌なんだ、選ばなかったほうがダメになると思ってる。理想を追うから現実が良くなるって

ことに気づきやしない。究極的には、オレたち自身の能力のなさや努力、工夫が足りなかっただけなのに、すぐ何かのせいにしたがるんだ。

 そのとき空気が振動した。強い力を持った精霊たちが近づいて来ているのがわかった。じき到着する。オレたちが襲われた時もこれぐらい迅速な対応だったらな! 

     民主主義では星の平和を守る組織の内部のゴタゴタにすら税金を使うんだ! 

     頭に来るよ! ふたりはすぐさま裏口から出た。通りで彼女に尋ねる。

「これからどうするの?」

「わたしは退職する! マスターじゃなくなっても、できることはあるわ! 精油計画はまたとない隠れ蓑だったのに! 最ッ悪! まあいーや、世界戦争でもなんでも起これば良い。

ニンゲンさえいなくなれば数百年後には生態系も回復する」

「精油の普及は?」

「アンタが引き継けば?

 戦闘系のあなたにできるかしら? お手並拝見ね」彼女は走った。


 待ってよ、行かないでよ。やっと同じ職場で働けるのに


      とつぜん振り返る彼女。「ついて来ないで」

                              それが最後の言葉だった。

                                 悲しい言葉

それは胸に深く突き刺さった。


   憧れのフラワーヒーロー『洗い草』がパリの街中に消えるのを見届けた後、

                                肩に手が置かれた。






「『天界の果実』だな。何があった?」






 これから屈強な男たちに事情を説明しなければならない。あの女のせいで。






































 大人になれば変えられると思っていた。何も変わらなかった。兄弟間の力関係も、自分も。早く生まれたというだけで兄たちは上の立場にいる。遅くスタートした人が競争で勝つことはない。プロヴァンスへはヴァカンスで行きたかった、仕事ではなく。農民との会話はつまらない。奴らはちゃんとした話し方ができないし、物を知らない。だから兄たちは汚れ仕事を僕に押し付けた。僕のいない間に新たな分子を発見しようって魂胆は丸見えだ。嫌な人たち。プロヴァンスで香料になる植物はラベンダーぐらいだ。材料になる新しい植物を探すなら、海外へ行かなきゃならない。僕に手柄を横取りされると兄たちはわかっているから、行かせてはくれないだろう。プロヴァンスだったら僕は成果を挙げられない、彼らは安泰だな。人生は退屈だ。逆転なんかない。勉強して良い点を取っても、研究で新しい発見をしても、満足する結果には決してならない。最近は研究室にこもりっ切りだったから、この外出が良い気分転換になることを祈っている。それにしても車両の中は退屈だ。大して変わらない風景をずっと眺めていなければならない。そういえば昔、同じことを思ったな。家出をした時だ。昔は誰かとパリで遊んだ夢をよく見たものだ。パリに知り合いはいても、パリの奴らで友達と呼べる人間はひとりもいない。子どもの頃は何でも冒険だった。大人は退屈。一刻も早くリヨンへ帰らねばなるまい。兄たちの横暴を許してたまるものか。

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