篝の上の湿け煙

かいまさや

第1話

 頭蓋におもく霧煙が溜まって、頸は抑えつけられたように動かない。私は喉奥を乾燥した焔で燻りたくなって、気づけば私のユビは卓のうえを百足のように這って不気味に踊っていた。そこにねていた皺れた紙箱を、掌に馴染ませるように掴んでから、重いアタマをもたげたままに上体をおこした。奇妙にも箱を横に振ってもうんとも言わず、空薬莢のように力なく軽い。私はそれをにぎりつぶしてから屑籠に投げいれると、箱だったものはちり紙の上につまらなそうに浮かんだ。

 私は卓のうえの灰皿をかき分けてみるが、どうも手触りが悪い。湿った薬草が指の隙間にからんで不快だ。ためしにそこから一本摘んでみるとじくじくに熟れ腐っていて、苦みを感じたように反射的に舌が咽頭の方へと縮こまる。ふと見た窓縁にすえてある湿度計の針はこれよりの測定を放っていて、脂をすった換気扇はかなりながらただ必死に水を外へとはき出している。

アザラシのように下腿を畳の目に合わせて這いずって、ガラリと掃き出し戸を開けると、明るみに眉間が力んだ。私は卓のシケモクたちを掬って、軒下の枕石に足裏をつけると、すぐ隣に立つ錆びてか細くなった鉄骨にのった灰皿缶にうつした。私はサンダルも履かず、軒先のおとす陰りから身をのりだして、隣の垣根から漏れる枝葉の中から乾燥したのを幾つか頂戴した。それらを灰皿缶の下に焚べると、マッチ棒をすって枯れ枝の洞に放った。庭の隅でたちこめる煙は水気を打ち霧らしながら、草のねり込まれた薬紙のはいった缶器の底を炙りあげていく。なんだか退屈なので、座布団を枕代わりに軒先に脚をたらしたまま転寝してみる。チリチリとあがる細い煙幕をみつめていると、小鳥が枝にとまって囀っているのがみえた。

 屈んだ西陽が瞼を強く押さえてくるので、夢から醒める。傾いた陽と目があって世界は皎く染められるので、私は束の間の象形に乾いてやせた葉っぱを獲って、茶ばんだ紙で包みなおしてから先に火を点した。灰で咽喉をいじめていると、目の前を黒猫が軽やかに通り過ぎていくので、すかさず白煙を吐いて幸福に染めなおす。すると頬にあたる吐息の暖かさが脳天の内側まで伝わるので、私の肉体は薄いマットレスまで浮かんで落ちて、意識までもすぐに底におちた。

 …カーテンをひらいでみると、ぼやけた明るみから雨粒がおちて、こぞって屋根に打ちつけているのがみえる。外の灰皿缶は単なる雨うけ皿となって不規則な打音を奏でながら、煙草は萎れほころびて分解し、水面にその破片を花弁のように浮かべて輪を描いていた。

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