赤髪の双子編
第15話 本当の始まり
ロメリアの街を出発してから数十日。ひたすら馬車に揺られ続けてようやく目的地にたどり着く。
「でっか···」
「坊主はあれ見んの初めてだよな」
窓枠に頬杖を付くシュナイゼルが遥か遠くの巨大な外壁を指差した。
「あれがアルレガリア。アルカディア王国の王都だ」
王都アルレガリア。それは規模、人口、文化、歴史、経済、娯楽、全てにおいて世界最先端と謳われる大都市である。
天高く聳え立つ外壁すら、目を凝らせば表面には芸術の限りが尽くされていた。
懐かしく、そして凄まじい光景。あの日、あの時、俺が人生をかけていたゲームと同じ光景が目の前にある。
もっとよく景色を見ようと窓から身を乗り出すと、慌てたミーシャが俺の身体を抱いて馬車に引き戻してきた。
「何してるんですか!?」
「うおっ……す、すみません」
「次はやらないで下さいね!」
「あの、分かったので離して頂けるとありがたいんですけど……」
「駄目です。着くまではこのままです」
そのままミーシャに抱えられて膝の上でお座り状態。
「ぶは、そうしてるとガキっぽいな」
シュナイゼルがニヤニヤと笑みを浮かべて来る。俺は誤魔化すようにそっぽを向いた。
別に良いのだ。この状態はミーシャの匂いや柔らかさも堪能できる。特に後頭部に触れる二つの山はえも言えぬ感触。これはこれで幸せである。
そうこうしていると、接近した外壁付近に巨大な人だかりが出来ているのが見えた。検問所が敷かれているらしい。どうやら彼らはその順番待ちのようだ。
あれの最後尾に並ぶとして……待ち時間を考えるだけで気が遠くなる。ただ、俺達がそこに並ぶことはなかった。
「お帰りなさいませ、軍団長閣下」
「よお」
馬車の外から声がした。窓の外では衛兵が片膝を付いて頭を垂れており、シュナイゼルがそれを当然のように見下ろしている。
「こちらでお迎えの準備を整えております」
「おうよ。頼むぜ」
そんな会話を経た後、俺達を乗せた馬車は列に並ぶことなく別ルートからあっさりと門を通過した。
「まじかッ」
「驚いたか? こう見えても俺ってば結構偉いんだぜ?」
「こんなの初めて見ましたよ……。ミーシャさんも貴族なんですよね? こういうのってあるものなんですか?」
「私程度では王都の検問所を素通りは出来ませんよ。せいぜい地元で通じるくらいです」
死んでも地元には戻りたくありませんけどね、と最後に付け足して、膝に乗っかる俺の頭をナデナデするミーシャ。
最近とてつもなくこの人に甘やかされている気がする。いいぞもっとやれ下さい。
「坊主、鼻息荒いぞ」
「気のせいです」
ミーシャに甘やかされつつ俺は外の景色に目を向ける。外壁の検問所を通過すると、中には壮大な光景が広がっていた。
王都アルレガリア。とうとう俺はゲームの舞台となる都市に辿り着いたのだ。
「す……げぇ」
ロメリアの街を、否、地球における現代都市と比較してもなお、アルレガリアは壮大であった。
メインストリートや商店街、住宅街ですらその規模はこれまで見たどの街より壮大で、中世ヨーロッパ的な世界観であるというのに、ここだけは高層の建築物が建ち並んでいる。
さらに遥か遠くに目をやれば、超巨大な白亜の王城が君臨していた。
エンデンバーグの屋敷がごみに見えるほど荘厳な建築物。あれと並ぶ建物といえば、地球にいる頃にネットで見たヴェルサイユ宮殿くらいじゃないだろうか。王宮全体がもはや芸術品のようだ。
とにかく見るもの全てが刺激的で、これならば世界一の都市と言われても納得が出来てしまう。
「ふふふ。ノル、楽しいですか?」
「はい……こんな光景、初めて見ました」
実際には何度も見たことがある。しかし画面上のイラストと現実に目の当たりにする世界とでは、何もかもが違って見えるのだ。
憑依してから一年も経って馬鹿みたいだけど、この景色を前にしてようやくアルカディアクエストの世界に来たのだと自覚する。
ーーけれどいつまでも観光気分ではいられない。俺は遊びに来たのではないのだ。
「屋敷に着いたら俺の娘たちに挨拶してくれよ」
「……ッ」
「んだよ、急に黙って」
「いえ……」
この王都はゲームのメインステージ、つまり登場人物たちが主な拠点とする場所であり、何人かは元々ここに住んでいた。
これから会うことになるシュナイゼルの娘たちもそう。双子の剣士、サラスヴァティとルーシーといえば、作中におけるメインヒロインである。
しかも二人はパーティーの戦闘員で、クレセンシアの殺害に加担するキャラクターでもあった。
俺の目的は、そんな二人が未来で推しを殺さないよう今から影響を与えること。
俺にできるだろうか。ただのヒキニートだった俺に、世界を変えられるだろうか。
いや、やるしかないだろ。じゃなきゃ推しを救えない。
それにこっちにはゲーム知識もあるんだ。ヒロイン含め登場人物の人となりは知っている。それを駆使すればーー
そんなこんなで思い詰めているうちに、俺たちを乗せた馬車は市民の居住区を通過して、貴人が住まう区画、俗に言う貴族街に入った。
エンデンバーグ男爵家とは比べ物にならない屋敷が建ち並ぶ煌びやかな空間。さっきまでとは空気が違う。
「凄いですね」
俺を膝に乗せるミーシャは周囲を見渡して放心状態になっていた。アルカディア王国の威信をかけた街並みは貴族の心すら奪うようだ。
シュナイゼルの屋敷はそんな貴族街の奥、つまり王都の中心部に位置していた。
「着いたぜ」
巨大な屋敷の前で馬車が停まる。今日見た中で最も美しく壮大な屋敷は、公爵家の圧倒的な格式を感じさせる。
しかし今の俺はそれに感動する余裕もなかった。
緊張で動機が止まらない。これからの俺の一挙手一投足が推しの生死に関わると思うと、呼吸すら息苦しさが付き纏う。
それでも、俺は必死に自分を落ち着けながら、馬車の扉をゆっくりと開けた。ここから俺の、本当の戦いが始まるのだーー
努力と知識と根性で始める最弱無双のシナリオブレイク〜やり込んだゲームのモブに憑依したゲーマー、推しキャラを救うために主人公を超える〜【リメイク版】 太田栗栖(おおたくりす) @araetaiyou
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