第12話 父上ぇ!!

 エンデンバーグ男爵家に戻った俺を待っていたのは、騎士達による手厚い歓待であった。

 剣を抜いて俺を包囲する数人の騎士。仮にもこの家の嫡男が帰ってきた訳だが、これでは敵を前にした反応に等しい。


 それでも実力行使に至らないのは、隣にシュナイゼルがいるからだろう。

 八年後の世界では自他共に認める世界最強の男。

 今もただ立っているだけで余人を寄せ付けぬ威圧感がある。


「こりゃ何とも。坊主、やっぱり訳有りか」


「隠す気しかなかったと言いますか。その、すみません。言ったら弟子入りを断られるかと」


「ハッ、別に構わねえよ。弟子の茶目っ気を許すのも師匠の器量ってやつだろ。んでどうすんだ? 無理矢理押し通るか?」


 そう言ったシュナイゼルが視線を周囲に向けた瞬間、騎士達の間に動揺が走った。

 戦う覚悟を決めた彼らと、未だ平静を保つシュナイゼル。それでこうなるのだから、両者の差は呆れるほどに大きいのだろう。俺では想像も付かないくらい。

 とはいえ、このまま戦いになるのは流石に不味い。それくらいはこの世界に無知な俺でも分かる。


「その必要はありません。父上と話があります。今すぐ繋いでいただけませんか」


 故に、一歩前に出て口を開く。

 注目をシュナイゼルから俺に向ける。

 彼らの意識、そこに乗る圧を全て受け止めるのは辛いが、そうも言ってられないのだ。

 これからが、シュナイゼルの弟子になれるかの正念場なのだから。


「それは出来かねます」


 予想通り、一番偉そうな騎士に断られた。


「何故でしょう? それは僕がエンデンバーグ男爵家の嫡男と知っての言葉ですか?」


 言外にお前より立場が上だぞと伝える。しかし俺と話す騎士は、その言葉に蔑むような視線を返してきた。


 うーん、これは生まれか? ノルウィン、本当は拾ってきたどっかの奴隷だったとか?

 分からん。とりあえず会話でもう少し探ってみよう。


「それは承知しておりますが、私は貴方様ではなく男爵様の騎士でありますゆえ」


 確かに。

 そう言われるとなにも返せないよなぁ。


「加えて申し上げますと、男爵様はノルウィン様の外出をお認めになられておりません。さあ、早くお戻り下さい」


 あ、はい。駄目だこりゃ。

 いくら中身が二十代の七歳児とはいえ、大人相手じゃ知恵のアドバンテージは無いも同然。

 しかも後半はニート三昧だった俺が、真っ当に社会と関わっていたのはせいぜい高校生まで。


 この世界で貴族社会に揉まれて生きる騎士に口で勝てるわけがない。ここも鍛えないとなぁ。


 さあどうしようか。目の前の騎士達は、俺をこの家の主に会わせるつもりが無いらしい。


 この際、本当にシュナイゼルに強行突破してもらって――


「随分と騒がしいね。なにかと思えば、なるほど。そういうことか」


 突然、この場に似つかわしくない穏やかな声が響いた。

 聞く者全てを安心させる温かな音色。俺と騎士、睨み会う両者が思わず力抜いてしまうほど、それは優しかった。


 だけど、俺は直ぐ様警戒を戻した。


「ハッ」


 隣に立つシュナイゼルが、騎士に囲まれてなお退屈そうな顔をしていた男が、今日一番の引き攣った顔をしていたから。


「ノルウィン、お帰り。勝手にいなくなったのは驚いたけど、無事だと確信していたよ」


 声と同じく人好きのする笑顔で、その紳士然とした男は俺に語り掛ける。


 もしかして、こいつが父親か?

 かなりのイケメンで、こいつの血を引いているなら俺も将来が楽しみだ。

 まあ、成長後の姿を知る俺には要らないワクワクか。うん。ノルウィンってイケメンじゃないし。


 にしても確信していたって――そんな息子思いなら、何で監禁なんかするんだ?


 駄目だ。情報量が多すぎて頭がこんがらがってきた。


「それから―――お初に御目にかかります。風に聞く武勇にも勝る力強きお姿、シュナイゼル軍団長とお見受け致しますが」


「間違ってねえよ」


 明らかに嫌いですと顔に書いてある対応。

 シュナイゼルはケッ、と顔を背けた。


「これは手厳しい。どうやら嫌われてしまったみたいですね」


「たりめえだろ。雑魚ばっか並べて威圧してきやがって」


 雑魚という言葉に反応した騎士が思わず剣に手を触れるが、シュナイゼルが一睨みするだけで腰砕けになってしまう。


 それを見て、父親らしき紳士は躊躇い無く頭を下げた。


「申し訳御座いません。下の教育が行き届いていないようです」


「別に、構いやしねえ。あと頭下げられんの苦手なんだ。それ止めてくれ」


「ふふ、それは失礼しました……と、あぁ、自己紹介が遅れました。私、ニコラス=フォン=エンデンバーグと申します。以後お見知りおきを」


「ニコラスね、覚えたわ」


 両者のやり取りを聞くに、立場はシュナイゼルが圧倒的に高いようだ。

 軍団長であり、将来的には大将軍が確約された実力者のシュナイゼル。そこから見れば、地方の男爵家なんて木っ端なんだろうか。


 なんて考えつつ二人の顔を観察していると、ニコラスと目があった。


 ニッコリと微笑まれる。


 笑っているのに、目の奥は冷たく凪いでいる。

 俺の奥底まで覗き込むような、鋭い視線だ。

 この考え事も見透かされているのか、それとも思い込みすぎか――駄目だ。

 よく分からん。


「さて、自己紹介も終えたことですし、本題に入りましょうか」


 本題?


 まさか、俺が勝手に外出したことを咎めるつもりか?

 思わず身構えると、シュナイゼルが庇うように一歩前に出た。あらやだかっこいい。


「本題ってなんだ?」


「ご安心下さい。シュナイゼル軍団長と事を構えるつもりは毛頭御座いません。お礼、ですよ」


「お礼?」


「はい。息子の窮地を救って頂いた方に御礼すらしないのは、末代までの恥となりましょう。急ごしらえですが、歓迎の席を用意しております」


「へえ。ま、こっちも話したいことがあったんだ。いいぜ」


 いやいやシュナイゼルさん、何で俺があなたに助けて貰ったことをこの人が知ってるか、聞かなくていいんですかい?


「話したいこと······ノルウィンの弟子入りについてですよね。それも含めて、客室でお話ししましょうか」


 底知れぬ笑みを浮かべてそう言い切った我が父に、俺は恐怖すら感じてしまった。

 ノルウィンの父親、つまり本編には何ら関係の無いキャラであるはずなのに、この不気味さはなんなんだろう。


⚪️


 ニコラスの案内で本館の客室にやって来た俺たちは、促されるがままにソファに座る。

 別館とは異なる煌びやかな空間、調度品ひとつ取っても向こうとの差を感じてしまう。


 ああ、俺は確かに冷遇されていたんだな。

 一目でそれが分かるようだ。


 せわしなく周囲を見渡す俺と、座ったまま微動だにしないシュナイゼル。

 対照的な俺たちの前に座ったニコラスは、笑顔のまま口を開く。


「まず弟子入りの件ですが、構いませんよ。どうぞご自由に鍛えて下さい」


 ――は?

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