第13話 力とは
「まず弟子入りの件ですが、構いませんよ。どうぞご自由に鍛えて下さい」
その台詞にシュナイゼルが眉を顰める。
「このガキを冷遇してる奴の言葉とは思えねーな」
「ええ、私もそう思います。ですがこの言葉に一片の悪意もございません」
「どうやってそれを証明するんだよ」
「それほどまでに信頼がありませんか?」
「たりめえだろ、俺たち初対面だぞ。しかもお前みたいな野郎は、不利に見える時ほど裏で有利に事を運んでたりするもんだ。何を考えてるかも分かんねえ」
いかにも腹芸が好きそうなニコラスと、会話に早く解を求めるシュナイゼル。両者の攻防の優劣は、彼らの地位の差がそのまま結果に出ていた。
腹芸を仕込む隙すら与えず、シュナイゼルが高所から一方的に突きつける。こうされたら、どんな切れ者だろうと弁論で勝ることは難しい。
なんて考えていると、またしてもニコラスと目が合う。何となく、何となくだが、『君の師匠は随分と手厳しいね』と言われている気がした。
もちろん、視線を交わしているだけだから、実際のところは分からないが。
この身体の父親、血で繋がった俺たちには、言外に意図が伝わるような何かがあるのかもしれない。
「仕方がありませんね。少しだけ手の内を明かしましょう」
「意外と素直なんだな」
「ええ。私としては、ノルウィンが貴方に弟子入りするのが最善ですから。そのためには一肌脱ぎましょう」
お手上げとばかりに両手を上げたニコラスが、穏やかな笑みを浮かべたまま降参する。
しかしその顔を見れば、全くお手上げでないのは分かった。この人にとってはこの流れすら想定内。多分、全てが手のひらの上だ。
「で、何を語る気だ?」
「そうですね、何故私が息子の弟子入りを想定していたのか、種明かしをしましょう」
「それは俺たちを害する気がないって証明にはならねえな。だったらせめて坊主を冷遇した理由について語ってやれ。親としての責任も果たせず、何が最善だ」
「貴族であるがゆえに、親の矜持を曲げねばならない時もありましょう。私にとってはそれがノルウィンだったのです」
「意味分かんねえなァ」
ゲーム本編では子供好き、そして二児の父でもあるシュナイゼルがとうとう額に青筋を浮かべた。
纏うは息苦しい程の威圧感。
余波でこれほどなのだから、それを一身に向けられたニコラスはさらに苦しいのだろう。
しかし前を見れば、涼しげな微笑には僅かな揺らぎもない。
ニコラスは平然としていた。
「先にお伝えしたはずです。全てを晒すことは出来ない、と。ノルウィンへの扱いを語るには、我が家が代々秘匿する情報の開示は欠かせません。それは、例え大将軍が確約された大貴族にも、容易く明かせるものではないのですよ」
「嘘は、言ってねえな」
「ええ」
え、え、え?
ちょっと待って?
なにその我が家が代々秘匿する情報って!?
え?
ノルウィンってただのモブじゃなかったの?
「ち、父上?」
訳も分からず、咄嗟にそう呼び掛けてしまう。
その瞬間、ニコラスの微笑、仮面にひびが走った気がした。微かな揺らぎ、シュナイゼルでは気づけない、恐らく親族の繋がりが俺に気付かせた違和感。
「すまないね。今はまだ伝えられないんだ。こういうことがある、それを言うだけでもかなり危険な橋を渡っていると理解してほしい。賢いノルウィンなら分かるよね?」
「そ、それは」
いーや分からんが!?
ゲーマー的にはめっっっちゃ気になるが!?
なにそれ!?
ストーリーを千周以上しても、そんな、いかにもな設定は出てきませんでしたが!?
いや、待てよ。ストーリーに関係の無いものかもしれない。
さっき街に出てこの世界の広さは知っただろう。
ゲームの知識だけでこの世界の全ては補完出来るものではないのだ。
「チッ、マジもんの訳有りってことかよ」
「そうなりますね。では話を戻しまして。シュナイゼル軍団長を安心させる材料として私が開示する情報は、先程お伝えしたモノでよろしいですか?」
「知らねえよ。証拠にならなきゃ認めねえ」
「ふっ。こうまで不利な立場は久し振りですね」
「ならやめりゃいいだろうが。これまで冷遇し続けておいて、何で今さら坊主の成長を望みやがる」
「ですから、それが必要なことだからです」
「――チッ」
手の内を明かすと言った男が拒絶の笑みを浮かべる。
それは全く語る気がない鋼鉄の仮面だ。
本当に俺に関することはタブーらしい。
駄目だ。余計に気になってくるぞ。
「というより、何故他家の貴方がここまで本気になられるのでしょう? 類い稀なる魔術の腕、そして優れた知能。確かにノルウィン以上の子供を探すのは難しいでしょうが、いないわけではない。ならばここで他家の問題に首を突っ込む危険を冒す理由がありません」
「――」
「ずばり、言い当てて見せましょうか」
「黙っとけ。それ以上はガチで機嫌悪くなるぞ」
「ふふ、これは失礼しました。貴方は子供思いなのですね」
黙らないニコラスにシュナイゼルが舌打ちを一つ。
これ以上は踏み込みすぎと考えたか、ニコラスは切り替えるように咳払いをした後、再び口を開いた。
「失礼しました。冗談はこの辺にしまして、早速、私の手の内を明かしましょう――」
⚪️
「シュナイゼルさん、あれでよかったんですか」
話し合いを終え客室を出た俺たちは、一旦別館に向かっていた。
その道中、隣を歩く最強の男に問う。
「何がだよ」
「ですから、種明かしについてです。俺の弟子入りを知っていた理由を伝えられただけですよ?やっぱり悪意の有無には結び付かないと思いますけど」
「まあな。だが、本気度は見て取れた。これだけ仕込んだ状況をテメェでぶち壊すとは思えねえ。だったらあとはこっちの問題だろ。手の平の上で踊るか、あいつの想定を越えるか」
おまえはどうする、と。
横目で挑戦的な視線を向けてきたシュナイゼル。
当然、俺の答えは決まっている。
「そりゃ勿論、想像を越える方ですよ。折角弟子入りの契約を正式に結ぶことが出来たんですから、本気でやります」
「ハッ、なら細けえ事は気にすんな。全力で全部ぶっちぎれば、しがらみも何も関係なくお前が頂点だろうよ」
「頂点、ですか」
「当たり前だ。誰が鍛えると思ってやがる?」
「そうですね。よろしくお願いします」
なんて、頭を下げながらも。
俺の記憶に焼き付いて離れないのは、シュナイゼルが見せた鮮烈的な強さではなく、それすら塗り潰すニコラスの叡知であった。
ニコラスは、全てに備えていた。
誇張でも何でもなく文字通りの全て。
今回の件に限ると、二年前から準備をしていたらしい。
最初のピースは、ミーシャを雇い入れた事。
彼女を雇ったのは、実を言うと優れた教養があるからでも無ければ、貴族の娘だからでもなかった。
重要なのは辿ってきた道のり。
貴族の都合で人生を振り回された、その経験からノルウィンの境遇に同情することを期待して、専属とした。
そして案の定ミーシャはノルウィンに傾いた。
しかしそれだけでは今回の事態には至らない。
二つ目のピースは、全てに無気力だったノルウィンが変わること。
そしてそれは、偶然俺が憑依したことで達成された。
そう、ニコラスはノルウィンの心変わりも、軟禁された俺がこそこそと動き回っていたことにも気付き、その上で放置していた。
必要なことだったから。
そして最後のピースが、吸血鬼とシュナイゼル。
二年前からこの街で若い女を狙う吸血鬼がいることを知り、いつでも捕らえられるその化け物をどう利用するか、ニコラスはずっと考えていたと言う。
熟考に熟考を重ね、数十以上の利用法を思い付き―――そんな時だったらしい。
俺とミーシャの変化を知ったのは。
そこまで進めば、後は舞台を整えるのみ。
かねてより買収していたこの地の武官に、シュナイゼルを急用だと呼びつけるよう頼み。
タイミング良くミーシャにお使いを頼んで外出させ、行動パターンを把握していた吸血鬼にわざと誘拐させて。
そして、俺とシュナイゼルがばったり鉢合わせするであろうタイミングで別館の警備を緩めて、俺の脱走を促し。
それだけで、ニコラスは今回の一連の流れを操作していたのだ。
恐ろしき先読み。
だが、本当に恐ろしいのは先読みではない。
ノルウィンの変化とミーシャの存在。
この二つの要素は偶然揃ったもの。つまり、あらかじめ計画には組み込めない。
ということは、ニコラスは元からあった計画に即興で手を加え、今回の絵を描いたのだ。
どんだけ頭が回るのか。
日本では、否、アルクエですら見たことのない知恵者だ。
これ程の怪物が近くにいた。
そう考えるだけで寒気がしてしまう。
「ははっ」
震えが止まらない。
寒気か?いや、違う。
興奮してるんだ。
今日、シュナイゼルと出会って純粋なる力を知った。
そして、ニコラスと会話をして、暴力とは異なる力を知った。
奇しくも俺には二つの手本がある。
この状況すら、きっとあの男の手の平の上なんだろう。
そう思うと微妙な感じになるけど。
でも、貪欲に全てを吸収して、その上でニコラスの想像すら超えて成長すれば、間違いなく俺が頂点だ。
俺が死ぬことも、ミーシャを失うことも、クレセンシアを死なせてしまうことも、絶対に防げる。
―――はは、いいぜ、やってやるよ。
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そろそろ1章終わりですが、2章はかなり内容変わってます。ほぼ全部書き直してます。
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