第11話 弟子入り!?

 来た道を戻り、エンデンバーグ家へと向かっていく。


 住宅街、商業区画を通過し、貴族街の奥へと進むにつれて、俺は足取りが重くなるのを感じていた。


 後ろの雑多な街並みには自由が溢れていて、ミーシャを助けるという目的がありながらも、俺はその世界に圧倒された。

 だが前に広がる光景はどうだ。

 綺麗に整備された街並み、立派な屋敷が立ち並ぶ煌びやかな空間には、何も感じられない。


「坊主、顔色悪いぞ」


「そうですか?」


 隣でミーシャを背負うシュナイゼルが、心配そうに俺を見た。向けられた碧眼、そこに映る俺は確かに酷い顔をしている。


 まあ、こうもなるか。

 これから帰る場所は俺にとっての檻。

 俺は、自分の足で自由から離れているのだから。


 この地獄から抜け出せる方法が、無いわけではないが。

 しかしそれは賭けで、しかもその方法に頼れば俺はもう生き方を曲げられなくなる。


「吸血鬼に何かされたのか?」


「いえ。そう言うわけではないです」


「ふうん。ま、言いたくねえから構わねえよ」


 俺の表情に何を見たか、シュナイゼルは踏み込んでくること無く黙り込んだ。


 こういうところ、ゲームと同じなんだな。

 誰よりも戦闘を好み、時に戦いのために非合理的な決断をするシュナイゼルだが、人の機敏には聡いのだ。


 沈黙が辺りを包む。

 シュナイゼルに背負われるミーシャが、少しだけ苦しそうに身動ぎした。


 そのまま歩き続けると、やがてエンデンバーグ家の敷地が見えてきた。


「あれがお前んちか?」


「はい」


「んじゃ、俺はここまでだな。この使用人を預けたらお別れだ」


「そう、ですか」


 ――きっと、これが最後のチャンスなのだろう。

 シュナイゼルの地位は高く、俺程度が会おうと思って会える人物ではない。

 この期を逃せば、恐らく一生会話を交わすことも出来ないに違いない。


 よし、言おう。

 今日の冒険で、散々覚悟は決めたのだ。


「シュナイゼルさん」


「なあ坊主」


 俺とシュナイゼルの言葉が被り、互いに目を丸くして見つめ合う。

 先に吹き出したのはシュナイゼルであった。


「ハッ、んだよ? さっきの話か?」


「はい」


 正面から、真剣な思いでシュナイゼルの目を見る。

 今から俺がやるのはストーリーの簒奪。モブ以下の存在だったノルウィンを、どこまでも天に押し上げるのだ。


 エンデンバーグ家の呪縛を、俺の無力を、クレセンシアの運命を、全てを変えるかもしれない一手を放つ。

 そこに万感の思いを込めて。


「シュナイゼルさん。俺を弟子にしてくれませんか?」


 ――この台詞は、本来であれば主人公であるアーサーが言うべきものだ。

 物語中盤、己の力不足が原因で多くの人を死なせてしまい、更なる飛躍を求めて最強の人物に師事する。

 そういう流れになっている。


 だが、俺はそれを奪う。

 力も才能も、恐らくは現時点で覚悟も足りていないだろう。

 だからこそ、この世界で生き抜く力を得る。ここでシュナイゼルの弟子になる。


 その代償として、俺は戦いの日々に身を投じることとなるだろう。

 シュナイゼルが探し求めている者は自身の後継者で、その候補に名乗り上げるなら相応の振る舞いが求められるから。


 でも、構いやしない。


 しばらく無言で視線を合わせていた俺たち。そこに圧が、存在感が、殺気が増す。ふるい落とすような視線だ。

 今にも崩れそうな覚悟をなんとか支え、俺はそれを受け止め続けた。


 やがて、何秒経過しただろうか。


「ま、及第点ってとこか」


 不意に圧を解いたシュナイゼルが、俺の頭をポンと撫でた。


「で、ではっ」


「弟子にしてやってもいいぜ」


「本当ですか!?」


 はち切れんばかりの喜びが沸き上がる。

 思わずその場で飛び上がると、シュナイゼルは釘を刺すように言葉を続けた。


「ま、弟子っつってもそう聞こえのいいもんじゃねえ。いわば実験だな。俺はまだ弟子を取ったことがねーから、どこまで追い詰めていいか、どう伸ばせばいいかを知らねえ。それ全部、坊主で試して学ぶってことだぜ?」


「構いませんとも!それを全て受け入れれば、更に強くなれるじゃありませんか!」


「全部、ねぇ。ハッ、んじゃ早速、お前の両親に弟子入りの許可を取り行くか」


「あっ」


 そうじゃん。

 弟子入りはエンデンバーグ家を離れて行われるもの。

 当然、七歳の子供でしかない俺は、親の許可が必要になるわけで。


 やばい、やばい、やばい。


 たぶん、というか絶対、顔も見たこと無い両親だけど、絶対に許して貰えない気がする。


 思わず、すがるような視線をシュナイゼルに向けてしまう。さっきのように助けを求めて。


「さっきは他人事だから踏み込まなかったけどよ、弟子候補なら話は別だ。俺に任せな」


 そこにあったのは、自信に満ちた、自らの絶対性を疑わぬ強者の笑みであった。


 ――えぇ、やば、もう惚れそう。

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