第5話 「小さな助手」
「お客様、大変申し訳ありません。本日の薬草スープは品切れとなってしまいました」
開店から一週間。薬草スープの評判は瞬く間に広がり、店は連日賑わいを見せていた。
「そうか...それは残念だ」
がっしりとした体格の冒険者が、肩を落として立ち去ろうとする。その傷だらけの腕を見て、私は胸が痛んだ。
「申し訳ありません。薬草の仕入れが追いついていなくて...」
実は、品切れは今日に始まったことではない。薬草の使用量が増え、市場での仕入れだけでは需要を満たせなくなっていた。
「なら、私が手伝います!」
突然の声に、振り返る。
そこには小柄な少女が立っていた。麦わら色の髪に大きな青い瞬き。12、3歳といったところだろうか。
「薬草なら、私が採りに行けます!場所も分かってます!」
「えっと...あなたは?」
「エマです!孤児院で育ってます。実は、ここ数日、お店を見てたんです」
私は思い出していた。確かに彼女の姿を、店の外でよく見かけていた。
「でも、薬草採りは危険かもしれません」
「大丈夫です!孤児院の周りの森でよく採ってました。それに...」
エマは小さな声で続けた。
「私...料理、勉強したいんです」
その瞬間、彼女の瞳に強い決意が浮かんだ。
「お願いします!見習いとして雇ってください!」
私は少し考え込んだ。確かに手伝いは必要だ。でも、子供を雇うことへの躊躇いもある。
「エマちゃん、孤児院の許可は?」
「はい!院長先生にも相談済みです。むしろ、働く経験として勧められました」
その時、店の入り口に見知った顔が現れた。
「おや、エマか」
リリアーナだった。
「副団長様!」
エマが慌てて頭を下げる。どうやら知り合いのようだ。
「佐伯さん、このお嬢さんなら安心です。彼女の薬草の知識は確かなもの。騎士団の薬剤師も一目置いているほどですよ」
「本当ですか?」
エマが頬を赤らめる。
「まあ...そんなに大したことじゃ...」
「それに」リリアーナが優しく微笑む。「彼女の作るスープは、病院でも評判なのです」
「エマちゃん、あなた料理も?」
「はい!孤児院の子供たちの分をよく作ってて...でも、もっと勉強したいんです」
私は決心した。
「分かりました。明日から来てくれますか?」
「本当ですか!?」
エマの顔が輝く。
「ただし、条件があります」
私は真剣な表情で告げた。
「第一に、危険な場所での薬草採りは禁止。第二に、学業との両立。そして第三に...」
「はい?」
「毎日の給食もちゃんと食べること。料理人は、いろんな味を知らないとね」
エマは満面の笑みで何度も頷いた。
その日の夕方。私たちは早速、近くの森へ薬草採りに出かけた。
「ねえ、美咲さん」
「なあに?」
「私ね、いつか自分の店を持つのが夢なんです。美咲さんみたいに、料理で人を笑顔にしたくて」
夕陽に照らされたエマの横顔を見て、私は不思議な縁を感じていた。
(私の夢を、引き継ぎたいと言ってくれる人が現れるなんて)
「エマちゃん、一緒に頑張りましょうね」
しかし、その時は誰も気付いていなかった。
エマの存在が、この店の、そして王国の運命さえも大きく変えていくことになるとは。
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