第4話「魔術師と騎士の思惑」
厨房に立ち、私は深く息を吸った。
「落ち着いて、いつも通りに」
店内では、騎士団副団長のリリアーナと宮廷魔術師のヴィルヘルムが、互いを警戒しながら座っている。二人の間で、先ほどまで重傷だったディアスが落ち着かない様子で視線を泳がせていた。
スープを仕込みながら、私は考えを整理する。薬草スープの効果は確かに異常だ。でも、これは紛れもない料理の力のはず。古い料理本にもそう書かれていた。
「お待たせしました」
二人分のスープを運んでいく。琥珀色の瞳を持つヴィルヘルムが、スープの翡翠色の輝きを興味深そうに観察している。
「魔力の痕跡が一切ない。しかし、確かな効果がある。実に興味深い」
彼がスプーンを手に取った瞬間、リリアーナが声を上げた。
「待ちなさい」
リリアーナは自分のスープを、腰に下げた水晶のようなものにかざした。
「毒見の水晶...反応なし?」
彼女の眉が驚きに跳ね上がる。
「本当に、ただの料理なのですか?」
「はい。古い料理本に載っていたレシピを、私なりにアレンジしただけです」
「料理本?」
ヴィルヘルムの声が鋭く響く。
「差し支えなければ、その本を見せていただけないだろうか」
私は厨房から古い料理本を持ってきた。表紙には『王宮料理長フレデリック・ヴァンロッサの秘伝レシピ集』と記されている。
「フレデリック・ヴァンロッサだと!?」
ヴィルヘルムが立ち上がった。リリアーナも思わず息を呑む。
「知っているのですか?」
「知らぬ者などいない。50年前、王都に疫病が蔓延した際、彼の料理だけが病を治癒できたという伝説の料理人だ」
「しかし」リリアーナが言葉を継ぐ。「その後、彼は突如として姿を消した。料理と魔術の境界に踏み込みすぎたという噂もあったが...」
ヴィルヘルムは慎重にスープを口に運んだ。その瞬間、彼の体が淡く輝く。
「驚きだ。これは確かにヴァンロッサの伝説の再現...いや、むしろ進化している」
「どういうことですか?」
「このスープ、魔力増幅の効果もある。しかも、副作用の心配もない。まるで、料理という形を借りた新たな魔術のようだ」
リリアーナも一口飲み、目を丸くした。
「こんな美味しい回復薬は初めてです。これなら、騎士団の兵士たちも喜んで飲むでしょう」
「回復薬?」ヴィルヘルムが眉をひそめる。「これは宮廷魔術院で研究すべき代物だ」
「待って下さい」
私は思わず声を上げていた。二人の視線が集中する。
「このスープは...料理なんです。誰かを傷つけるための魔術でも、苦い回復薬でもありません。疲れた人を癒やし、美味しさで笑顔にする。ただの...料理です」
沈黙が流れる。と、意外な人物が口を開いた。
「僕も、そう思います」
ディアスが立ち上がる。
「確かにスープで傷は治りました。でも、それ以上に心が温かくなった。懐かしい味がして...母さんの料理を思い出したんです」
その言葉に、リリアーナとヴィルヘルムの表情が変化した。
「...面白い」
ヴィルヘルムが口元に笑みを浮かべる。
「あなたの言う『ただの料理』が、魔術や薬を超える可能性を秘めているということですね」
「私たち騎士団も」リリアーナが続ける。「この店の料理を、正式に監視...いえ、推奨施設として認定させていただきたい」
突然の申し出に、私は戸惑いを隠せない。だが、それ以上に確信があった。
これは、私の料理人としての新たな挑戦になるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます