第3話「薬草スープの力」




開店から三日目の夕暮れ時。私は市場で仕入れた薬草を丁寧に刻んでいた。


「ミストブルーム、エンジェルリーフ、それからサンライトグラス...」


古い料理本に記された三種の薬草。配合を間違えれば猛毒になるという警告を受け、昨夜から何度も試作を重ねた。今の私には、これが最適な配合のはずだ。


店の扉が開く音が聞こえた。


「いらっしゃいま...あっ!」


思わず声が上ずる。入ってきた若い冒険者の姿があまりにも酷かったからだ。鎧は所々が割れ、右腕は深く切り裂かれている。左足を引きずるように歩き、顔は痛みで歪んでいた。


「すみません...なにか温かいものを...」


青年は申し訳なさそうに椅子に腰掛けた。


「今日は魔獣の巣窟で不覚を取って...仲間の盾役として恥ずかしい限りです」


「そんな、命があっただけでも」


この三日間で分かったことがある。この街の冒険者たちは、誰もが命がけで戦っているのだ。


(この人に、あのスープを出してみよう)


「少々お待ちください」


厨房に戻り、すでに仕込んでおいた鶏ガラスープのベースを温め直す。そこに刻んだ薬草を慎重に加えていった。


「これは!」


思わず息を呑む。薬草が出汁と混ざった瞬間、翡翠色の輝きが汁面を駆け巡り、爽やかな森の香りが立ち上った。まるで魔法をかけたかのような光景に、私自身が見とれてしまう。


「お待たせしました。薬草スープです」


スープを運んでいくと、青年は不思議そうに目を見開いた。


「この香り...朝露に濡れた森のような...でも、なぜか懐かしい気がします」


「よろしければ、お召し上がりください」


おそるおそる口をつける青年。次の瞬間。


「うわっ!」


彼の体が淡い緑色に輝き始めた。右腕の深い傷が、目に見えて小さくなっていく。血が引き、新しい肌が再生していった。


「こ、これは一体...!傷が治っている!しかも体が軽くなって...今まで感じていた疲労が、まるで嘘みたいに消えました!」


青年は驚きのあまり立ち上がり、その場でぴょんと跳ねた。先ほどまで引きずっていた左足も、完全に治っている。


そこへ、店の扉が勢いよく開かれた。


「ディアス!任務の報告を怠けているから様子を見に来たのだが...」


凛とした声の主は、銀の鎧に身を包んだ女性騎士。その佇まいには威厳が漂っていた。


「リ、リリアーナ副団長!申し訳ありません!」


青年――ディアスが慌てて敬礼する。


「待て。情報では重傷を負って動けないと聞いたはずだが...」


リリアーナと呼ばれた女性騎士の鋭い眼差しが、ディアスの傷跡のない腕に注がれる。


「この店のスープです!飲んだ瞬間に傷が治って、疲労まで消えてしまったんです!」


リリアーナの視線が、ゆっくりと私に向けられた。その手は、無意識に剣の柄へと伸びている。


「あなたが、この店の?」


「はい。佐伯美咲と申します」


「騎士団のリリアーナだ...そのスープを、私にも一杯」


その眼差しには、明確な警戒の色。当然だろう。部下の体に奇跡的な変化をもたらした料理なのだから。


「かしこまりました」


私が厨房に向かおうとした時、店の隅から落ち着いた声が響いた。


「私にも一杯。非常に興味深い効果だ」


振り返ると、いつの間に入ってきたのか、漆黒のローブをまとった男性が佇んでいた。整った顔立ちに知的な雰囲気。琥珀色の瞳には鋭い光が宿り、私を値踏みするように見つめている。


「面白い店を見つけたものだ。私はヴィルヘルム・フォン・ロートハルト。宮廷魔術師だ」


空気が凍りつく。突如として、騎士団と宮廷魔術師という王国の二大勢力の目が、一軒の小さな店に注がれることとなった。


(ただの食堂になるはずだったのに...)


しかし、それは私の予想とはまったく違う方向へと物語を動かしていく、その始まりだった。

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