二章

第3話

 日本に怪獣が現れ始めたのは数か月前のことだった。

 彼らはどこからともなく出現しては、きっかり一万人の人間を殺戮した後、どこへともなく去って行く。その姿や性質はそれぞれではあるが、いずれも巨体かつ無尽蔵の生命力・戦闘能力を有している。既存の軍事機器では掠り傷一つ付けることはままならない。

 皮膚が丈夫だとか肉体が強靭だとか、そうした次元の話ではない。怪獣の無敵性は物理法則を超越している。物理的な方法を使う限りにおいては、何をやっても何一つ効かない。完全に無効化される。怪獣の前ではエアガンが射出するBB弾も戦闘機が放つナパーム弾も平等である。今のところ試したことはないが、核兵器の類を浴びせかけたところで、おそらく彼らはピンピンしているのではないかと推測されていた。

 そんなものが数週間おきに現れては街をメチャクチャして行くのである。どういう訳か怪獣達はきっかり一万人を殺害すれば満足していなくなるのだが、だとしてもそんなことを繰り返されては日本と言う国は破滅に陥る。日本の人口は一億強で、一回に死ぬのは一万人なのだから、怪獣が一万回現れるまでは大丈夫じゃないかなどとは、もちろん言ってはいられない。あらゆる事業が大打撃を受けたし、あらゆる企業の株価はどん底に落ち、目端の効く有能な者から順に国外逃亡して行った。国力は低下する一方で、日本は順調に滅びに向かっていた。

 そんな時だった。

 怪獣に対抗する力を持った者が現れたのは。

 彼女達は超人的な体力と身体能力、そして唯一怪獣達に有効なダメージを与えることの出来る固有の武器を持っていた。ある者の武器は大きな弓矢で、ある者の武器は大きな槍。またある者の武器は巨大なハンマーだった。

 そしてその全てが十八歳の少女達であり、彼女らは一般人として普通に暮らしている最中、ある瞬間に突如として超人として目覚め、武器を手にする。

 青空の武器は手の平に収まるような小さな拳銃だった。


 〇


 「次はゴリラだと思ってた」と赤錆(あかさび)……赤髪で弓矢を持った方の少女は言う。

 「何でゴリラなんだ?」と黄地(おうじ)……金髪で槍を持った方の少女は言う。

 「トカゲの次だから」

 「亀じゃなくてか?」

 「いやトカゲの次はゴリラでしょ? 順番的に」

 「そうなのか?」

 「うん。ガメラは結構後の方だよ。『ゴジラ』の次は『ゴジラ対キングコング』。これ、常識」

 「知らんな。でもあれは知ってる。金色で首が三つある奴」

 「キングギドラ?」

 「そうそれ。あれが一番強い気がする。何せ首が三つあるんだから三倍強いに決まってる」

 「それは分からないけど……他に知ってるのはある?」

 「でかい蛾みたいな奴も知ってる。小学生の頃兄貴と一緒に金ローで見たよ。ただどっちにしろ……」黄地は数百メートル先で破壊の限りを尽くしている怪獣を指さして言った。「あいつと似た奴は見たことないぞ?」

 ビルの屋上に立つ三人が目にしているのは、イカの化け物のような怪獣である。と言ってもそいつは陸で普通に息をしていたし、脚の数もぴったり十本ではなかった。その数倍あるいは十数倍の本数があった。数えきれない程無数の脚を持つという点では、イカよりはクラゲに近いかもしれない。とは言えその脚だか触手にはざらついた細かい吸盤のようなものが付いていたし、怪獣全体の体積と比較してもある程度の分厚さもあった。その触腕の根本にある本体の上にはエンペラのような機構が備わっており、全体は塔のように細長くまっすぐに天を向いている。本物のイカと異なるのは、外套膜にあたる部分の中央に血走った巨大な眼球が一つだけめり込んでいることだ。体色は深い藍色で、古びた苔のように黒ずんでいた。

 「おまえなんか知ってるか?」黄地は青空の方に水を向ける。

 「クトゥルー? とか?」向けられた青空は曖昧に答える。

 「『ビオランテ』じゃなくて?」と赤錆。

 「ビオランテって何ですか?」

 「ゴジラシリーズの触手部門担当だよ。それ以上のことはわたしも良く知らないんだけど……」

 その時だった。

 イカ怪獣が空を飛んだ。数十本はある触腕をぶわりと広げて高く宙に浮いたかと思うと、頭部を斜め下に向け、触腕の中央から真っ黒な煙を発射しながら、ロケットのように青空達に突っ込んで来る。空か海かの差異を除けば、頭足類の面目躍如と言った挙動だった。

 「イカが飛んだぞ」黄地はくだらないものを見るかのようだった。

 「泳いでるんでしょ?」赤錆は面白がるように言った。「空も海も一緒だよ。怪獣にとってはね」

 「物理的に説明がつかないですよぅ」青空は真っ青になって叫んだ。「見た目がどれだけバカらしくても実際にあんなのが突っ込んできたら脅威です。あの、約束通り、私逃げますからねっ」

 そう言って青空はビルから飛び降りた。「おいっ」と黄地がその背中に向けて叫ぶ。

 「逃げんなおまえ! アイツを放っておいたら一万人の人が死ぬんだぞ?」

 「怖くなったら逃げて良いって言われてるんです!」

 その通りだった。怪獣との戦闘に参加することを全力で拒む青空を、怪獣対策局(愚劣なことにマジでそういう名前である)の局員にそう宥められたのだ。

 そんな約束でも取り付けない限り、青空が戦場に出るはずがない。いやそんな約束があってすら本当は嫌だったのだけれど、黄地が槍を構えて『おまえには人類を救う責任があるんだぞ』と脅すのだから仕方なかった。受験期の七月に学校も塾も諦めて休み、次の怪獣が現れると言うこの地域まで連れて来られたのだから、文句を言いたいのはこちらの方だ。

 「この無責任女め!」黄地は吐き捨てる。「人類の危機なんだぞ? 分かってるのか?」

 「別に良いでしょ。二人でも楽勝なんだし」赤錆が肩を竦める。「あの子だって望んで『戦士』になった訳じゃないんだし。戦いたくなくて普通だよ」

 「あたしら三人が全員同じように考えたらどうなるんだ?」言いながら、黄地は槍を構える。

 「実際そうじゃないんだからどうでも良くない?」赤錆が弓に矢を番える。

 イカ怪獣が二人の眼前に迫る。黄地が槍を持って飛び上がり、赤錆が矢を放つ。放たれた矢がイカ怪獣の胴体を貫いて動きを止めた瞬間、黄地がイカ怪獣に飛び掛かって槍を差し込んだ。

 その一撃を持って、あっけなくイカ怪獣は爆散する。

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