第5話

「よし。これで良いわ」

採血した場所に小さなテープを貼ってくれる。


「ありがとう」


「いいえ。あ、これで検温してください。血圧も測るから左腕を出して」

差し出されたそれを右脇に挟んで、左手を差し出した。

手慣れた作業で進める市原さんは、もうベテランさんの域だ。


「市原さんはこちらに努めてもう長いんですか?」


「ええ、そうね。15年にはなるかなぁ」


「えぇ! そんなに?」


「うん。私こう見えて三十代後半なのよ?」


「う、嘘ぉ!」

驚きに目を丸めた。


「あら? 若く見えた?」

フフフと笑うから、

「二十代後半だと思ってました」

と本心を言う。


「まあ、そんなに若く見える? 嬉しいなぁ。私、こう見えても9歳と16歳の息子が居るのよ...フフフ」

そう言いながら、カルテに文字を書き込んだいく市原さん。

そんな大きなお子さんまで居るなんて驚きすぎる。


「...全然見えませんよ。凄くお若いもん」


「あら、亜理子さんてば良い子ねぇ」

うちの息子の嫁に欲しいなんて言われた。


「いやいや、息子さんが困りますよ。私なんて」


「あら、二歳違いの姉さん女房良いわよ。それにうちの子もこんなに綺麗な女の子なら大喜びよ 。あ、だけど、そんなことしたら若に殺されちゃうわね」

アハハとお茶目に舌を出した市原さん。


「...フフフ、そうですね。焼きもち妬きですから」

私も悪戯な笑みを浮かべる。


「貴方が目を覚ましてよかったわ。三年前の二の舞にならなくて....」

真剣な表情を見せた市原さんは、乃絵留の事を知ってるんだ。


「...乃絵留を知ってるんですね?」


「ええ。私、お姉さんの担当だったの。だから、亡くなられた時は悲しかったわ。彼女がとても長い闘病生活を送っていたのも知っていたし」

ここにも乃絵留を思ってくれてる人がいた。

それが凄く嬉しかった。


「ありがとうございます。乃絵留を思ってくれて」

胸が温かくなる。


「いいえ。私は本当に何もできなかったもの。亜理子さん、乃絵留さんの分も幸せになってね」


「はい、幸せになります」

もう逃げないと決めたから。


「フフフ良かったわ。じゃ、失礼します」

市原さんは満足そうに微笑むと、来た時と同じ様にワゴンを押しながら部屋を出ていった。

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