第二話
わたし(二葉・第二人格)はコントローラーを受けとるなり激しい痛みを膝に感じます。
しかしそれは耐えられない痛みではありません。何せわたしは苦痛の管理者。痛みや苦しみ、屈辱なんかの感情には耐性があるようにできています。とは言え感じ方そのものは他の人とあまり変わらないので、単に我慢強いということもできますが……。
膝にはガラス片が食い込んで、しかも皮膚に近いところで砕けてしまっています。引っ張り出したいところですが、それを摘まむ為のとっかかりがほとんど露出していないのです。
単にガラスが刺さったにしては痛みが強すぎるので、かなり奥の方まで……もしかしたら骨のあたりまで……食い込んでしまっていることが予想されます。
わたしは傷口に指を突っ込みました。摘まむことは出来ずとも、ガラスに爪に引っかけることは出来るようです。わたしは爪で力一杯ガラス片を引き上げます。傷口が抉られる痛みがわたしの膝を貫きました。
「えへっ。ふへへへへへっ。ああぁああ~っ。痛い痛い痛いぃい~っ! ふひひひひっ。」
全身を迸るような激しい痛みが脳を焼きます。目玉が飛び出しそうです。おしっこが出そうです。うんちが漏れそうです。
「生きてるぅううっ! この瞬間だけは本当に生きてるって感じがしますよぅっ。」
恍惚としながら荒い息を吐いている内に、傷口は広がってガラス片の先っちょが皮膚から露出しました。その先っちょを人差し指の腹で押し付け、左右に力強く動かします。
「ふへへへへへっ。えへっ。ふへへへへへへへっ!」
痛いのはつらいのです。苦しいのです。しかしそれを引き受けるのはわたしの存在意義でもあるのです。マゾじゃないですよ? 痛みや苦しみは他の皆と同じように感じていて、気持ち良くなんかありません。ですがその痛みや苦しみを痛みや苦しみのまま、まっさらにわたしは必要としているのでした。わたしはその為に生まれて来たので。
傷口を広げたことにより、ガラス片を二本の指で摘まめるようになっていました。力一杯引っ張り上げると、「ひょぉおおおおおっ!」という感じの激痛がわたしを強く疼かせました。
ガラス片を除去し終え、脚を軽く動かしてみます。今なお相当痛いです。この状態で誰かに変わる訳にはいかないので、痛みがマシになるまでわたしが出ておくことにしました。
わたしは空間把握能力に自信があります。それに関しては仲間達からも認められているのです。誰よりも早くこの廃虚の全容を把握し、必要な物資があれば調達しておくことが出来るでしょう。
久々の活躍に興奮してきます。わたしって皆の中では割と味噌っかすというか、痛いときや苦しい時に、それを代わりに引き受けるくらいしか役割のない女です。いいえ、わたし自身はその役割に誇りを持っているのですけど、いちばん長子の割にあんまり尊敬されてないのは悲しいところで……。なので探索を頑張ります。
十分ほどで廃墟の隅々まで回ると、必要としていた身体に巻き付けるものと身体を拭くもの(ボロ布&新聞紙の束)を確保しました。そして出口までの道順を持っていたメモ帳に書き記します。
そして役に立ったという充実感を覚えながら電話機を手に取り、三浦さんに電話を掛けたのでした。
〇
「あの女は余計なことばかりをする」俺(三浦・第三人格)は悪態を吐いて壁を蹴った。「どんだけ待たせるんだ。早く代われと言われただろうに」
なかなか呼ばれない所為でずっとイライラしていた。どうやら遅れたのは勝手に廃墟を探索していたかららしい。おまけにガラス片を取り出しただけで、ハンカチによる手当が出来ていない。この不履行は後で戒めなければならないだろう。俺は舌打ちをしつつ受話器を取って五木に電話を掛けた。
「代わったぞ五木」「そうか。じゃあさっき『城』の中で言った通りにしておくれ」「身体を拭くのか?」「ああ。血の一滴も残さないことだ」「それが終わったら?」「遺体からぼくらの痕跡を100パーセント取り除くんだ。そして何とか上着を確保してから、家に帰って寝袋を持ってきて、それに入れて遺体を運べ。近くに大きめの水路があるからそこに流すんだ」「水路なんかに流したところでどこかで見付かるだろう?」「それで良いんだよ。同じ遺体が見つかるにしても、ぼくらの証拠がたっぷり残ったこの廃虚で見付かるのと、水路のどこかで見付かるのとでは、どちらがマシだい?」「山に埋めるとかはないのか?」「ないね。ここから山は遠い。山の土は木の根が絡んで固い。君のバカ力でも一晩やそこらじゃ人が埋められる穴なんて掘れないよ」
良く分からんが五木が言うならそうなんだろう。俺は考えるのが得意ではない。得意になりたいとも思わない。ただ遺体を運びだすのに俺の腕力が必要なら提供するだけだ。五木の物言いは横柄でムカつくが指示自体は明瞭かつ細やかだから好きだ。同じ指図されるのでも、四季はざっくりしすぎるし二葉は丁寧なつもりで余計なことを捕捉しすぎる。
俺は五木に言われた通り完璧にやった。他人に言われたことを言われたとおりにやるのは得意な方だ。代わりの服は廃墟の近くのマンションで洗濯泥棒をやって入手した。自宅までの往復六キロの距離を息一つ切らさず走破して寝袋他数点の道具を確保すると、男の遺体から俺達に繋がりそうな痕跡を徹底的に排除した上で、寝袋に入れて遺体を水路に運ぶ。そして寝袋から出した遺体のみを川へ流した。そして廃墟に舞い戻り、あたりに飛び散っている血痕その他を徹底的に掃除した。
「これならこの廃虚に誰が入ってもここで殺人事件が起きたとは思われないだろう。そうと疑って科学的に調べられない限りはね」五木は言う。俺には良く分からないし考えるつもりもない。その役割は他の奴に任せているしそこに問題があるとは思わない。俺は守護者だ。便利な暴力装置だ。誰かの指図を受けて動くことを恥だとは思わないし、そのことで他の奴が俺より偉いとも思わない。俺にとって他の奴がいなくなれば困るのと同じくらいには他の奴にとって俺がいなくなれば困るのだ。俺達の関係は対等だし、対等であることを俺は疑っていない。違うという奴がいるなら、俺はそいつと全力で対決するだろう。
作業を終えた俺は使い終えた道具を背負って帰路に着く。そしてシャワーを浴びるとベッドに大きく横になって就寝した。
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