第5話 ダイヤモンド石師の二人
厚手の絨毯に靴音が吸い込まれる。黙って歩いていた彼らだが、
「黄玉の御方は何故捕まえられんのだ?」
純粋な疑問の声にもう片方が、全くどうなっているんだろうな、と返す。
「多重に幾色もの秘石術を行使しているんだろう。恐れ入る」
「黄玉とはかくありき、だな。敵に回したくはない」
敵、という言葉で双方見交わし、同時に深々と溜息をついた。
「いや、落ち込むな。取っ掛かりを昨日に得たではないか」
「そうだな。今日の昼食、で合っているか?」
「ああ。着替えた方が良いだろうか」
「だろうよ」
彼らはネフライト楼の最上階より伸びる渡り廊下を足早に歩く。
ダイヤモンド石師以下、また王族であっても用でも無ければ足を踏み入れることはない、その楼閣は透きとおる緑の石で装飾されている。陽光を浴びて、国の栄光を一身に体現しているかのようだと民衆は噂する。
小鳥が鳴いている。さえずりが大きくなった、と思えば窓の外を声の主がかすめ飛んでいった。ティエランはぼんやりと外の雲を見やる。
「寝過ぎた…」
今日は久々に店に入らなくても良い日だったため、気が抜けて目覚ましのネジを巻くのを忘れていた。ひとつあくびを噛み殺し、
「よっと」
掛け声一つで起き上がる。狭くはあったが片付いている床の、隅に落ちている普段着を拾い上げてしばし考え、それはハンガーに吊り下げる。箪笥を開けて薄青と白のワンピースを取り出した。彼女の肌と髪によく似合う、自身もお気に入りの服だった。もちろんリネッダ作である。
「今日の予定にはこのくらいじゃなきゃ」
やってらんない、という言葉は飲み込んで手早く髪をまとめる。内ポケットに忘れず巾着を突っ込んだ。
昨日の午後、一週間も経たずの再会。
とりあえずパンを買うことにしたのだろう、「どうする」「いや今は」「そうだな」「腹が」「腹だ」と言い合ったそれに耐えた自分はよくやったと、謎の賞賛を己に向けつつ、ティエランはレジで棒立ちのまま彼らを待つ。
「お買い上げ有り難うございますー」
(クオーヴの子供もそうだけど、秘石術師は大量買いするのが常なのかしら?)そんなことは顔に出さず、ささっと袋をまとめて彼らに手渡した。
つり銭をしまいながら青年の一人が口を開く。
「聞くが、晶将とはどのような関係で」
「直球過ぎだ馬鹿野郎」
詩人とあだ名されていた癖毛の方が、音速かと思わせる手つきで相方の頭をはたいた。ぽかんと口を開けたティエランに、はたいた側の手首を振りつつ彼は、いつの間にか取り出していた名刺を渡す。
「私はパクサムという。そっちはオニックス。こんなもので悪いが」
「い、いえ」
生まれてこの方名刺をもらったことも無い。ティエランは慌てて名乗り、私名刺を持ってなくて、と小声で謝る。彼は手を振って、
「それ、個人的な名刺でな…身分証明にもならないが。君がもし良ければ、この間のことや晶将について、少し話を聞かせてほしい」
個人的な、ということは師団の法的拘束力が無いということか、そう安心してティエランはようやく名刺に目を落とし、
「ぷふっ」
耐え切れずに吹き出した。
「お前何を渡したんだ」
「いや、個人的なと言ったではないか」
「詩人名義か」
「他に何がある」
堂々と言い切る彼に、今度は薄茶の髪の方が頭をはたいた。
カラン、と涼やかな音を立てて氷が沈黙を割る。
「あたしが、その黄玉晶将ワンリュウさんを、探す?」
驚きすぎて分節で喋ってしまったが、どうにか声は抑える。料理を口へ運ぶ手は止まりっぱなしだ。ティエランと石師たち、三人は個室めいた場所へ通してはもらっているものの、民衆が利用するレストランにいる。師団にまつわる単語つまりは政治の話で悪目立ちしては、いたたまれない。
「君さえ良ければ、だが」
「無理強いはしたいがしない」
「前半が余計だ馬鹿」
「正直に言わねば駄目だろうが」
「馬鹿正直という言葉を知っているか」
そのまま淡々と、何故か楽しそうな雰囲気をたたえて続いていきそうな彼らの応酬をどうにか止めたティエランは、
「ななな、なんであたしなんですか!」
彼らは同時に目を丸くした。(この人達、似てない双子みたいね)真剣な問をしているのに自分が吹き出してどうする、と頬の内側を噛む。
「何故ってそりゃ」
「君が青石を使えて、晶将と接しているからだが」
「これだけの条件が揃えば大丈夫」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいって何が大丈夫って」
ティエランは両手をぶんぶんと振る。
「あたし、秘石術の勉強とかまるっきりしたこと、ないんですけど!」
「む?」
「そうは見えぬ」
「たた、大抵が直感と単純な術だけで、人間探したことなんて!」
わたわた首を振る彼女に、二人は顔を見合わせた。一瞬のち、破顔する。
「より好都合」
「クオーヴやコランダム師に頼りたくはなかったからな」
「はぁ…」
(秘石術院にも師団員にも頼りたくないって、一体どんなことなの…!?)身に余ることを引き受けるのは、とティエランはどうやって断ろうか考え始める。相槌後、黙って思案する彼女を見てパクサムは言う。
「人探査の秘石術を知らぬなら、一から教えてもかまわない」
「はい?」
ティエランは顔を上げた。
「もともと我らはクオーヴで教鞭を執っている」
「石師としての業務の傍らに、だが」
「君の手の残滓を見たところ、青石を扱えるようだし基本は問題ない」
「そうだ、秘石術の残滓の消し方を教えてもいい」
「なぜそんなところから入らねばならん」
「面白いじゃないか」
また話が逸れていくのをティエランはぼけっと聞いていた。(教えて、もらえる?)心が揺れる。この間の彼の言葉が思い出された。気持ちを落ち着かせようと水を飲み、手を膝に戻す。その時に触れた服の下、
(……そうだ、あたし)
机の下で服を軽く握りしめ、尋ねる。
「石を聞くって、どういうことだと思いますか」
「聞く?」
「音を聞くということか?」
彼らはそれぞれ考え込む。オニックスがはたと手を打った。
「石精の声ではないか?」
「それだ」
彼の言葉に驚き、ティエランは手に口を当てた。
「石精って、実在するんですか?」
野菜を食べつつ、彼は頷く。横のパクサムがにやりと笑う。
「一般には知られていないが」
「公表していないからだが、しかし別に隠しているわけでもない」
「だから噂が独り歩きする」
石精の噂を彼らも耳にしたことがあるようだ、とティエランはその内容を思い出す。出会うと食われるとか、見たものの家には幸福が訪れるとか、噂自体いくつもありてんでバラバラなのだが、一つだけ共通点があった。石精のその容姿は美しい女性であり、眩しく光り輝いているのだと。
「あれは当たらずとも遠からずで」
「石の中には石精が宿っているものがある。光属性の石はほとんどだ」
「恐らく噂はそこからだ。石精の具現化は各属性の石師でなければならんが、その声を聴くだけなら、才が有れば誰でも出来ると言われている」
そう言って彼は肩をすくめた。隣も同じく苦笑する。
「上層部でも一部の者に限られた話だ、具現化などは」
予想を超えて遠い世界の話になってしまい、ティエランは目を丸くするばかりだった。パンをちぎりながら、パクサムが何気なく尋ねる。
「どうしてそんなことを?」
「あ、晶将が別れ際に言ったんです…」
彼ら二人にティエランは、路地裏で彼が転移してきたのに偶然出くわし、巻き込まれたのだとごく簡単に説明していた。それで彼らには十分なようだった。言葉を交わした人間を探すのは、名前や写真のみの探査より非常に容易であると彼らは言い、良く分からなかったが頷いておいた。
ティエランは、その晶将から石をもらったことはまだ告げていなかった。(どうしよう? 言わないほうが、良いんじゃないかな、とか)
「もしや彼を探すヒントになりはしないか」
「そうだな。ちゃんと調べてみるか、なにせ彼は黄玉晶将だからな」
(あ、当たらずとも遠からず…!)
こっそり息をついて、少し冷めてしまったパンをかじる。飲み込み終わった時、どう石精へアプローチするか話し合っていた彼らがティエランをつ、と眺める。依頼への答えを待っているのだと分かる。
きちんと座り直し、ティエランは口を開いた。
「詳しくお話を聞かせて下さい…あたし、やってみたいです」
内ポケットの石は、静かな脈動をティエランに送る。
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