第6話 黄玉晶将を追う

 二週間ぶりに終日の休みをもらって、ティエランは昨夜のうちに彼らに連絡をとった。それまでは昼休み等の短い間で指南を受けていたのだが、

 「昨日に二人がまた痕跡を見つけたって言うし、成功するの、かも」

 独り言ではあったが、自らに言い聞かせるためでもあるな、とティエランは髪を梳かしながら考える。(こっそり会うの、大変だったなぁ…)

 彼らは秘石術の基本発動法から事細かに教授した。ただ、一年かかってしまうと理論には踏み込まず、ティエランが覚えたのは今回に使う人探査の術と、彼らに一方通行で連絡を送るものだけだ。とは言え、その探査術は複雑で面倒な行程を踏むため、それを暗記する所から始めなければならなかった。文面を追っていられる指示量ではなかったことを思い出し、

 「秘石術師が本も持たず軽装なのは、こういう訳だったのね」

 くい、と首を傾げて髪の止まり具合を見る。今日はある程度走っても崩れないようにしっかりと、箸簪で結わえている。ほどなくして、木の窓枠に小鳥が止まり、こつこつとすりガラスを叩いた。ティエランが窓を押し上げると、ちょん、と飛び進んで頭を揺らした。その嘴へ指を押し当てる。

 「ティエランドノ、デンゴン、ジュウジハン、センタースクエア」

 小鳥はそうカタコトで喋ったのち、一声鳥らしい鳴き声をあげて外へ舞い戻っていった。右腕を軽く回して息をつく。

 「さて、行きますか」

 少ない荷物をまとめ始めた。


 太陽が人々の上へ照りつける。時折そよぐ風が、わずかながら彼らを涼ませていた。ベンチに座り、ティエランは手をかざして空を見た。

 「いい天気、ね」

 「本当に」

 コツン、と響いた足音と共に声がかけられ、ティエランは横を見て、

 「……今日、その格好なんですね」

 両者とも真白いダイヤモンド石師の制服を着こみ、ぱっと見ではどちらがどちらか分からない。後ろに居た方が、やはり通じないのかと苦笑した。

 「一応これでも、透過術・防音術をかけてはいるんだがなぁ」

 「へっ? ってことは私が一人ぽっちで喋っていることになるんじゃ」

 「なるほど」

 それは思い当たらなかった、とオニックスは謝る。ティエランは自分の周囲に何か膜が出来たことに気づいた。青年たちもベンチに腰掛ける。

 「今日が初術式か」

 「緊張するな」

 「お前が?」

 パクサムが片眉をあげて相方を眺めやる。オニックスはそっぽを向いた。ティエランは声を立てて笑い出した。(良い人たち、だなぁ)

 二人の青年は少しばかり居住まいを正し、

 「ティエラン殿。依頼を受けてくれたこと感謝する」

 「出来うる限り師団内部に頼らないこと、と命を受けていたのだ」

 「いえっ、あのまだ依頼を遂行も実行してもないですよ!」

 頭を上げて下さい、とティエランは焦る。パクサムは目を上げ、ティエランを見た。いくらか愛おしげな視線、とどうにもくすぐったくなって、ああこれが、先生、なのかもしれないと思い当たる。

 

 「今日は妙に風が強いわね」「ああ」「蛸焼きが落ちそうでさ」

 そんな会話を耳に挟みつつ、ティエランは路地裏の入り口隅で膝をついて術式を発動していた。街灯の脇は、意外と誰も通らないものだ。

 「ポイント4、シュイル地区です! 西に移動!」

 首に下げた青水晶に告げる。ティエランが出来るのは探査のみだ。後は彼らが動いて晶将を捕まえるしかない。(そういえば、どうして彼を捕まえようとしてるのか聞いてないな)そう考えた後、分不相応な話に巻き込まれても大変だ、と首を振る。膝の前に広がる秘石術陣を改めて見る。この一週間で彼らが発見した、黄玉晶将の術痕跡。それを利用しているのだ。

 「これ、消せないものなのかな…?」

 ティエランは少し離れた場所のそれに触る。(わざと残してたり…)でもそうなら、逃げ回るのは何のためか…考えても仕方ない、と立ち上がる。

 「彼は移動してません、ただ術精度が低下…、痕跡6に移動します」

 探査術とて万能ではなく、行使場所から対象が離れるほどに追いにくい。路地裏を駆け、角を曲がろうとして人にぶつかりそうになり、慌てて飛び退く。ぎゅう、と服の裾を握りしめた。(落ち着け)歩き出し、ズボンのポケットにしまい込んだ巾着に触る。ふと思い出して光石を取り出した。

 「こん中に石精が居るのかぁ…」

 陽光に透かす。黄褐色の石はティエランの歩調に合わせて光を煌めかせ、

 『早い所ワンリュウの庭に行けっつの! あーもうっ聞こえてるの!?』

 軽やかな叫び声が頭全体に木霊して、ティエランは絶句した。

 『あ、やぁーっと気づいたぁ! まぁ大して愚図じゃないみたいね』

 (く、口悪い…!)文句は追いやってティエランはその石を手に乗せ、

 「そ、その庭ってどこ、ですか!」

 『どこってそれ私に聞くの…あぁ、あんたの石が知ってるわよ』

 それきり石は喋らない。ティエランはへたり込む。(せ、石精と喋った…)整理のつかない頭を二、三回振った。いつもの青石を手に握り、走り出す。


 青石と直感を頼りに幾つも路地を渡り、走り着いた所はシュイル地区の北外れ、金物師が集まる横丁の一棟だった。

 「庭って言ってたけど…」

 人も絶え、レンガや漆喰ばかりが身を寄せ合うように並ぶこの場所に、庭があるとはティエランには思えなかった。途方に暮れて光石を手に取る。

 「どうしようかな」

 それは手に乗せたままで青水晶を持ち上げ、力を込める。その時、

 「それ、ストップ」

 弾かれたように顔が上がる。ティエランの眼前、半分ほど開いた扉の奥、色素の薄い髪の青年が佇んでいる。彼は徐に、何も言えずにいるティエランに近づき、何言か呟いて青水晶を紐から切り離し、路地に捨てた。

 少し屈んでティエランに目を合わせ、

 「来る?」

 一言、そう聞いた。


 さや、と風が水の上を渡る。素敵な場所だ、とティエランは小池を見やった。(この庭、どこにあるんだろう?)石の椅子が心地良い。

 金物屋の扉の向こうは木造の家だった。どう頑張ろうと路地裏の構造に合わない、どころか空間を無視した間取りにティエランは呆然となる。彼はさっさと部屋を横切っていく。ティエランは外に広がる庭へ案内された。

 今、青年がカップとポットを乗せたトレーと共に現れる。(妙に律儀な…)こんな時にのんびりとお茶を楽しんで、とティエランはこっそり笑う。

 「これ、お返しした方が?」

 彼に光石を渡した。それを眇め、彼は面白そうな口調で、

 「どうだった?」

 「いえ…あの、えっと…元気な方ですね」

 「一番うるさい奴渡したから」

 (確信犯か…!)ティエランは笑い出した。彼も声を出さずに笑っている。

 「今ここに来たのは、師団の差金?」

 そう彼が尋ねる。探査術の残滓を消さなかったのはわざとだ。仏頂面を掠めたのは、悲しみ、いや、失望とも違う、とティエランは思う。

 「差金、ではありません。利用、したことになりますね…」

 ワンリュウは黙って続きを待つ。

 「…私、北方の商人の出なんですよ。根がずるいんです」

 「?」

 「いつも損得で考えて。普段なら協力しようなんて思わない、でも」

 風がティエランの髪を揺らす。

 「あなたに会ってみたかったから」

 自分の知らなかった世界を見せた人、と告げるのは恥ずかしくて止めた。

 「ずるくない人間なんて居ないよ」

 彼は喉の奥で笑い、手を差し出した。

 「ワンリュウだ。黄玉晶将を務めている」

 「ティエランです」

 緊張しつつも握り返す。青緑の双眸に、ティエランは自然と微笑んだ。


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