見知らぬ誰か

 絶対この人のこと知ってるんだけど、誰だっけ。という方が何人かいらっしゃった。


 一組は通夜が終わって控室に戻った時に、ビールをこれでもかと飲んでいる姿を見て「あっ!」と思い出した。隣のおじいちゃんだ!


 スウェット上下で寝癖頭の姿しか見たことないからわからなかった。おばあちゃんはよくお魚や山菜をお裾分けしに来てくれる。いつも朝の七時前くらいに三毛猫ミーちゃんを引き連れて。ゴム長靴で闊歩するイメージだったから気が付かなくてごめんなさい。


「お客さん来るならうちの駐車場も使ってね」と今朝家を出る前に声をかけてくださったことも含めてお礼を伝えた。



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 遺族席を訪れ「最後に会ったのいつだったっけねえ?」と気さくに話しかけてきたおばあさんがいた。


 去った瞬間に「今の誰?」と騒然となる。名前から「サブちゃんのとこの誰かではないか?」と姉が導き出すも、誰もサブちゃんをわからない。


 後から判明したことだが、マザーはこのおばあさんと大変な確執があるらしく「あの人には(葬儀のことを)言わないで」「来ないでって言って」とまで言っていたらしかった。ちょうど着付けで席を外した時であったから鉢合わせせずに済んで良かったようだ。舎弟を三人従えていた。



********************



 告別式も終わり喪主の挨拶の後、知らないおじさんが前へ躍り出た。


「頼まれたから挨拶させてもらう」みたいなことを、僭越せんえつさの感じられない偉そうな態度の割に噛み噛みで話し始める。




 控え室内に緊張が走る。

 その場の誰もが「聞き逃すまい」と自己紹介に耳を傾けたものの、名前を聞いても


 

 誰?



 

 話を聞いた限り故人ともそんなに関係なさそうだった。自分は本家であるとしきりに強調するが何の本家なのか全くわからない。何処の馬の骨か。


 それよりも喋るのヘタクソか。


 終始しどろもどろで故人の出身校を間違え、終いには名前も間違えながらの献杯という悲惨な口上だった。そんな人いません。

 会場を間違えているのではないか本気で疑うレベルだった。



「柄の入ったジャケットを着ていた」

「靴下も普通の靴下だった」

「火葬場にも来ていた」


 そう皆が口々に噂する知らないおじさん。

 正体や出処よりも、あんなに緊張して喋るのも苦痛そうなのにどうして前へ出てしまったのかが気になるところではある。












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