幕引き

 夕方、外科で主治医としてお世話になっていた先生が休日の夜間だというのにも関わらず待機してくださっていると看護師さんから伺う。看護師さん然りプロには今日だと判っていたのでしょうね。

 

 故人は緩和ケアに入った時点で治療を放棄した患者だった。ご自分の手を離れても気にかけてくださり、先生は最期を見届けてくれようとしている。

 看護師さんは通常通りの食事を用意してくれていた。もうだいぶ以前から固形物は受け付けなくなっていた。所望したラーメンを持参した際には少し食べたそうで、お寿司は生ものだからか食べさせてもらえなかったと聞いた。


 これが最後の食事だと看護師さんは察していただろう。まだわずかに息のある内、何かの途中で彼女がつまづいて機械の配線が引っこ抜け「ピィーッピィィーッ」と甲高い電子音が鳴ったのは、まあ御愛嬌ドンマイ



 看護師さんは最後まで甲斐甲斐かいがいしく、既に聞こえていないであろう相手に呼びかけ世話をし続けてくれた。それから最後の診断をしてもらう為に先生を呼びに行ってくださった。よく見る「ご臨終です」をこれからやるのだ。病室内にある御手洗いへ入って行くマザー。



 マザー?


 マザーそれ今?

 わあ、嫌な予感がする。



 案の定、最悪のタイミングで出て来たマザー。入室して御手洗い前を足早に通過中の先生にぶつかりに行く。




********************



 二か月も過ごした部屋は自分の部屋みたいに物が置いてあって、私は兄と二人でそれらの荷物を車まで運び出していた。それと並行して「何時までに葬儀屋さんに連絡して遺体を運んでもらうように」と指示があったので電話を試みるも、どう切り出して良いものか判らずに困惑。時間は迫る。




 そんな慣れない幕引きの中で、先生と看護師さんが最後までお見送りしてくださった心強さにまずは感謝したい。先生のこと毛人けじんとか呼んでてごめんなさい。久しぶりにお会いした先生は誰だかわからないほど真っ黒に日焼けされていた。半袖から出た腕が相変わらず毛深い。日焼けしていても見分けられる毛。強い。


 お二方は故人だけでなく、私と母が病院を出るまで付き添ってくれた。この先生に診てもらえたことは故人にも遺された者にも幸運だった。最善は尽くしたという事実は後悔しない為に必要かと、私は何もしていないくせに勝手に思っているから。

 


********************



 安置所の場所と駐車場の位置について葬儀屋の運転士さんから早口で説明を受けた。そもそも私は斎場の場所を知らないし、でも兄は相槌を打ちながら聞いていたから「さすが地元民」と心の中で感心していた。実際には全然わからないから適当に返事していたらしい。どうりで全く違う会社の駐車場に突入した。


 明日からの流れと安置所での規則などを長髪の兄ちゃんからご案内を受けてその日は帰ることになった。十一時になるというのに閉店間際の幸楽苑は満席だった。




 オルガンの 渇く輪舞ロンドに 目が閉じて 幕を下ろした 晩秋の過去

 * 2024.9.23 * 三日月とオルガン/chibana *










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