おしまいの後

茅花

羅生門

 父親は末期癌だった。


「あと一週間か、もって二週間だから会わせたい人がいたら呼ぶように」と先生に言われた日から母と、途中からは姉も他県から帰省して毎日病室に泊まり込むようになった。それから二週間以上が過ぎていた。

 故人の家系は心臓が異常に丈夫なのだと聞いたことがある。故人も同様に他の器官は既に機能していないに等しいのに、心臓が強いから予見よりも生き長らえたということらしい。


 母と姉は私が出勤する七時半前後になると帰ってくる。

 二人の朝帰りに異変があったのは休日で、私は前夜お酒を飲んでしまいスマホを充電する為に電源を切って寝ていた。久しぶりの一人暮らしを満喫していたところだった。

 10時に目が覚めたら二人とも帰って来ていない。ちょっと焦って電源onすると、姉から「父の容態が良くないから帰らない」旨7時に連絡が来ていた。


 あら、マジで。


 窓から覗くと二世帯の隣に住む兄の車が無い。これはいけない。酔っ払って寝過ごして立ち会わなかったというのは幾らなんでも体裁が悪い。亡くなれば皆いい人になってしまう風潮は別に構わないが、故人の為に外道の汚名を着るつもりはなかった。


 兄嫁に連絡してみたらすぐに駆け付けてくれた。姉から連絡があってすぐ、兄も私に声をかけようとピンポン鳴らしたり電話をくれたりしていたそうな。兄嫁がすぐに車を出してくれることになった。


「一人で居る時にしらせに来たら怖いじゃん」


 だから最期には立ち合おうと決めていたのだと車中で兄嫁に話した。


「あ、やりそう」と彼女も頷いた。


 故人はマイルドに言えばエゴの強い人だった。

 例えば、最後に入院する日のことだ。痛風が酷く悪化して一歩も動けず会社を休んでいた兄が、これで最後になるだろうからと壁を伝ってやっとの思いで玄関まで見送りに出たらしい。故人は兄が突いていた杖を奪い、さっさと介護タクシーに乗り込んだという。


 私は出勤していて不在だった為この地獄に立ち会うことは無かった。職場は病院と徒歩10分程度の距離にある。



********************



 昼前に病院へ到着するも30分ほど滞在して帰されることとなった。また後で呼ぶから来て、とマザーが言った。

 反応がなくなっても聴力は最後まで残ると聞いたことがあったので、余計なこと言うんじゃねえぞと一同牽制し合い30分を言葉少なく過ごした。


 帰宅後、まだ午前中だったけれど夕飯の支度だけはしておこうと何故か思い準備を開始する。それから今のうちに眠っておきたいような予感はありつつ、熟睡してしまわないように仮眠の態勢に入った。要するにゴロゴロしていた。



 マグカップ 蹴り倒しちゃって飛び起きる 海月クラゲでいたい 泡沫の夢 


* 2024.11.25 * 帰り花/chibana *


 

 この歌の時です。

 詠んでる場合かという指摘は受け付けます。



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 昼過ぎに兄の車で一旦帰ってきた姉が泥のように眠っていた。姉も手術を受けて二か月も経っていない病休中の身だった。夏の頃、身近な人が一斉に体調を崩すということがあった。皆様なかなかに重篤だった為、割と本気で自分が死神なんじゃねえかと考えたものだ。


 夕方になりマザーから電話が入る。血圧が下がったから、なるはやで家族を呼ぶようにと看護師さんから言われたという。すぐさま兄に連絡。寝ぼけ声で「はいよー」と返事があった。これは面倒くさい時の返事だ。


「病院に行くから起きなはれ」と起こすと姉が絶叫。


 この人しばしば叫ぶから驚かない。うるせえな、とは思うけれど叫び返したり動揺するほどではない。もう麻痺している。


 庭にミーちゃんが来ていたのでゴハンをあげた。皆ミーちゃんが一番大事だから誰からも文句は言われなかった。いつも通り「行ってくるよう」と声をかけると「にゃぁっ」と短く鳴いた。私についてくるのをやめて猫は前足を舐め始めた。お返事には何パターンかある。






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