第3話 放課後牛丼タイム

 入学式は滞りなく行われた。その場を一度去った染宮だったがすぐに戻ってきた。ちなみにあの場にいた全員が染宮に同情し、俺には嫌悪感を示していた。当然である。かたやカースト最上位の女子、かたやボッチの男なわけで色々な意味で二度目の高校生活終わりである。入学式の席順的に左隣に染宮がいるのだが物凄く睨まれている。恐る恐る横目で見ても目が合うくらいには睨まれていた。他の女子達の視線も痛い物がある。もしかしなくても一度目よりも酷い高校生活になりそうな現状に溜息が出そうになるのを堪え式に集中する事にした。


 式が終わり教室でホームルームが終わる。初日で授業がないことから早くも学校は終わりである。一つ式の間に考えていた事があった。影の薄さを利用した人混みに紛れての逃走である。幸いなことに女子や一部の男子の嫌悪感のようなものは学校終わりの予定でいっぱいになっている。いいさ放課後にカラオケなりファミレスなりでネタにしてくれて構わない。俺は今しか逃げるしかないのだ。


 それぞれのグループがぼちぼち帰り始めるタイミングで席を立ちあとはその川の流れに身を任せるだけ。

 今だ!男子と女子の集団グループが帰ろうとしたその瞬間に俺は席を立ち一歩踏み出した。はずだった。


「ぐぇっ!?」

「ちょっといい?」


 染宮が笑顔で俺の首根っこを逃さまいと掴んでいた。振り返ると表情の奥にある瞳は笑っていなかった。俺は両手を挙げて降伏を示した。それを見た染宮は無言で俺を引っ張っていき引きずられるようにどこかに連れてかれた。


 染宮のグループに制裁を受ける覚悟をしていると連れてこられたのはひとけのない校舎裏だった。周りを見渡し俺達以外の人の気配がないのを悟ると心の中で胸を撫で下ろす。


「何で呼ばれたかわかってるよね?」

「あー、その。すまなかった」


 こちらに非はなくとも謝らなければならない。これは俺の少ない社会人生活で学んだことだ。謝っておけばなんとかなるもの。しかし今回はなんとかならなかったらしい。


「何で私が皆の前でパンツ脱がされなきゃいけないのよ! バカ! バカ! バカ!」


 ぽかぽかと肩を叩かれる。正直あまり痛くないので黙って受けとめる事にしようとした時、男のソウルゾーンに蹴りが飛んで来たのですかさずスネでガードする。


「っ!?⋯痛い! 何で守るのよ!」

「大事な所だからだ! それとやり過ぎは良くないぞ!」

「ちょっと謝って許して貰おうって根性が気に入らないのよ!」


 それからしばらく攻防は続いた。勿論俺からの攻は一切ないとだけ言っておく。


 しばらく暴れた染宮は疲れからすとんと腰を下ろした。スカートに埃が付くのも特に気にしてない様子だった。俺もそれにならって座る事にした。


「⋯私の高校生活終わりだ」


 消え入りそうな声で染宮が呟く。俺はその言葉に罪悪感を覚えた。高校生の恥というものは周りが思うよりも遥かに傷として残る。事あるごとにフラッシュバックするその光景が脳裏に焼き付いて自分自身を苦しめる。もし染宮が巻き込まれた形で俺のように心を閉じてしまったとしたら。そう思うと俺は自然と額を地面に擦り付けていた。


「すまなかった」

「⋯別にそこまでしなくていい。気が済んだし。それに謝られたって私の高校生活は帰ってこない」

「そんな事はない。染宮は被害者だ。加害者である俺が今後嫌がらせや馬鹿にされる事はあってもお前がそうはならない」


 俺の言葉に染宮は表情を歪ました。そして怒りは俺以外に向けられ始める。


「大丈夫だった?って心配してきた奴らはすぐに私のいない所でパンツを脱がされたマヌケな女って馬鹿にしてた。男子達の視線も気持ち悪い! 誰が好きこのんでパンツ脱がされるんだよ!」

「⋯ごもっともです」


 それから染宮は怒りを爆発させ続けついにガス欠の時がやってくる。深く溜息をついた後俺についてくるよう促した。それを断る勇気も理由もなかったのでおとなしくついて行く。


 連れてこられたのは牛丼チェーン店だった。正直女子高生が選ぶチョイスとは思えなかったのだが染宮は慣れた様子で空いてるテーブル席へと着く。向かいの席に座るとメニューを渡された。頼むのが決まっていたらしい。この当時はタッチパネルのタブレットじゃない事に改めて過去に来たんだなと物思いにふけていると染宮は髪を触りながら独り言のように語りかけてくる。


「私さ、中学まで校則厳しい女子校で毎日がストレスだったんだよね」

「⋯」

「でさ、友達って言うほどじゃないけど付き合いはあったけど良い子でいるのに疲れていっぱいオシャレ出来る清海にしたんだよね」

「⋯」

「なんか言ってよ⋯」

「いや、聞いてるよ」


 俺の返事にお気を召さない様子だったが何か諦めた様子で話の続きをしてくれた。


「いっぱいオシャレ勉強して新しい環境で中学の時にできなかった青春って奴をしたかったんだよね」

「それで今日があったわけだな」

「⋯あんたモテないでしょ?」

「相槌一つでモテない認定やめてくれ。事実陳列罪だ」

「ふふっ。何それ」


 正直意外だった。俺が見てきた染宮花音という女子はクラスでの人気物で男女問わず人が寄り、クラスの中心人物として学生生活を送り何の悩みも無さそうないわゆる完璧女子だと思っていた。しかしその裏には俺の想像のできない苦労と努力があったのだ。


「⋯そろそろ決まった?お腹空いたんだけど」

「もう決まったぞ。ところで何で牛丼屋なんだ?」

「ファミレスとかカラオケだと皆行くでしょ。それに牛丼が好きなの」


 染宮がベルで店員を呼んだ。注文を取りに来た店員が俺達を見比べ少し不思議そうにしていたが染宮は気にも留めず注文をした。


「牛丼特盛り汁だくでお願いします」

「チーズ牛丼大盛り温玉トッピングで」


 店員が注文を書き留めるとすぐに厨房へと戻る。俺と染宮は思わず無言で見つめ合っていた。


「チーズ牛丼って太るよ?」

「特盛りに言われたくないぞ」


 しばらくして注文の品がテーブルに並べられる。注文からの早さは現代とあまり変わっていなかった。染宮は割り箸を俺に一膳渡し手を合わせ食べ始めた。始め割り箸で食べていた染宮だったが汁だくで上手く箸で捕らえられないことに痺れを切らし一瞬戸惑いながらも卓上にあるプラスチック製のスプーンを使い始めた。俺はチーズが減り始めたタイミングで温玉を投入した。


 伝票を持って会計に行こうと思った時腕を摑まれる。


「何してるの? 会計別々でしょ?」


 きょとんとした表情が俺は何だか面白かった。俺は謝罪も兼ねてご馳走させてくれと提案するも断じて譲る気はなかった用でむしろ二千円まで差し出してきた。

 流石に受け取れないので別々の会計にする事で落ち着いた。


「はぁ〜美味しかった! 女子校じゃ一緒に牛丼食べてくれる子いないんだよね」

「そりゃ良かった。俺も久しぶりに食ったから美味かったよ」


 帰り道は夕日が沈み始めて帰宅する社会人や夕飯の準備の主婦達などで人通りが賑やかだった。そこで染宮が今更ながら当然の疑問を俺に投げかけてきた。


「そういえばあんた名前は?」

「知らずに一緒に飯食ってたのかよ…多田野幸人だ」

「ふーん多田野ね。覚えとく。ってか何で私の名前知ってたの? 普通初日じゃそんな覚えなくない?」


 疑問に疑問が重なり染宮の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。本当のことなんて言っても信じないだろうし適当に答える事にした。


「男なら可愛い女子の名前は覚えるのなんて朝飯前なんだよ」

「キモ」

「ノータイムで返すな泣くぞ」

 白い目を向けてくる染宮にわざとらしく目元を擦ると染宮は吹き出す。


 一緒に歩るき続けた時間も終わりを迎える。染宮は右の道に帰る様だった。別れを告げ俺も来た道を振り返り自分の家に戻ろうとした時染宮に呼び止められた。


「多田野ってスマホと折りたたみどっち?」

「俺はスマホだ」

「そっか。私もスマホ買って貰ったんだよね」

「⋯?そうか」


 何で呼び止められたのか解らなかった。世間話ならさっきしとけば良かったろうに。そう思っていると染宮はスマホを俺に向けてきた。


「折りたたみと違ってスマホは赤外線とかないからさ⋯ロインっていうアプリあるのね! それあればすぐにメールより便利で電話もタダでできるみたいなの!」

「⋯待ってろすぐ入れる」


 言わんとする事に理解しすぐにロインをダウンロードした。手慣れた様子で初期設定をしてる俺に染宮は驚きを隠せていなかった。スマホは十年以上使ってるからお手のものさ。こんな事でしか優越感に浸れない自分に嫌気がさしつつも手早く染宮とロインを交換した。思えば母親親戚以外の女子とのロイン交換は初めてかもしなかった。


 ピコンという音と共に追加された連絡先を確認し染宮はどこか浮足立ってる様にも見えたが俺がそうであって欲しいと思ってるだけだろう。


「じゃあ多田野! また明日!」

「おう。またな」


 今度こそ別れようと思った時、爆速で走る自転車が染宮に衝突しそうだった。俺は咄嗟に染宮の身体を守ろうと肩を押そうとした。そう肩を押そうとしたんだ。

 むにゅりと手の平いっぱいに広がる。その感触が全神経を伝達してこれはおっぱいです!と報告してくる。そんなことは流石にわかる。顔を恐る恐る上げると、顔をりんごの様に真赤に染め今にも右ストレートが飛んできそうな状況だった。そしてすぐに左フックが飛んで来た。


「ほんっと信じられない!」

「ご、誤解だ⋯自転車が凄い勢いで来てたから危ないと思って」

「その自転車ならとんでもないテクニックで私達避けてあっという間にいっちゃったじゃない!」


 老人がくれたラッキースケベは全然アンラッキーじゃないかと嘆く今日この頃だった。

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