第5話 マユ、師匠と出会う

 8時頃にカヌー館の受付に行ってみたら人がいたのでさっそく聞いてみた。

「すいません、カヌースクールやってたら参加したいんですけど」

「予約はされてますか?」

「いいえ、してません……」

「うーん、今日は予約入ってなくてあなただけなんですよねー。最低3人から開催ってことになってるんですよね」

「そうなんですか……」

 まさかカヌーのメッカがこんな状態だとは想像していなかった。がっくりと肩を落として俯いてしまった。せっかくここまで来たのにスクールにすら入れないなんて。そのときだった。

「あー、スクールの申し込みの人が来とるって? わし、暇やからやったるで」

 受付の人の背後から大きな声がして白髪、白髭のおじいさんが出て来た。何歳くらいなんだろう、見た目はおじいさんだけど小柄でスラっとしてて、背筋もしゃんとしてて、動きもきびきびしている。私より若々しいくらい。

「で、でも、最低開催人数は3人なんですよ!」

「あほか。3人集まるん待ってたら年がら年中閑古鳥鳴いとるわ」

「でも、それじゃ採算がとれな」

 言い募ろうとする受付の人を押しのけておじいさんが窓口へずいっと出て来た。

「お嬢さん、ようこそ。これに氏名、年齢、住所、電話番号、スリーサイズを書いてください。あ、それから緊急時の連絡先も必ず書いてね」

 スリーサイズ?緊急時の連絡先?ってどうして……

「もし事故で死んだら連絡しないといけないでしょ。一応事故保険には入ってもらうけどね」

「ああもう! 念のためですよ、念のため! そんな事故なんて絶対おこりませんから安心してくださいね!」

 受付の人が割って入る。

「うぬ。では何故事故保険に入るんじゃ?」

「それは万一のため……」

「ほれ見ろ。自然を相手にするのじゃ。万一のことはある。覚悟しておくのじゃ」

「はい…… で、スリーサイズは必要ですか?」

「それは必須項目です!」「いや、要りませんって!」

 おじいさんと受付の人が同時に言う。どっちだよ。私はスリーサイズ以外の項目を記入して提出した。ちなみにスリーサイズを書く欄はなかった。

「水に濡れても大丈夫なウエアはお持ちですか?」

「はい。一応水着は持ってきました」

「その水着はワンピースですか?ビキニですか?当スクールはビキニしかダメなんですが」と言うおじいさん。

「……ビキニです」

「よろしい!」 嬉しそうにニヤッと笑うおじいさん。

「ラッシュガードはお持ちですか?」 と言う受付の人。

「いらん、いらん。そんなもの!」 とおじいさん。

「はい。持ってます」

 日焼け防止に水着にラッシュガードは必須アイテムだ。

「ちっ!」 おじいさん、舌打ちした? なんだ、この人!

「では奥の更衣室で着替えて下さい。荷物は受付でお預かりします」

「分かりました」


 カヌー館は河原を基準にすると、そこから3階建てになっている。最上階が土手の道路と同じ高さになるように建てられていて、受付は最上階にある。ちなみに河原のキャンプ場以外の宿泊設備はない。

 私は着替えを済ませてサンダルに履き替え、地下3階、つまり河原へ出られる階まで下りて行った。そこにはさっきのおじいさんがいた。いつの間にかカヌー用のウエアに着替えている。ライフジャケットにヘルメットを着用した姿はなかなか板についている。

「自己紹介がまだじゃったな。わしはインストラクターの川中じゃ」

 え!? 確かさっき山田さんが言ってた人? このおじいさんが師匠?

 おじいさんはライフジャケットを私に渡しながら、

「スリーサイズが分からんかったから適当に選んだんじゃが…… お嬢さん、見かけより胸が大きいな。ちゃんとファスナーが閉まるかな? 窮屈だったらもう1つ大きいサイズに替えるがどうじゃ?」

「いえ、大丈夫です」

「うむ、バスト〇〇といったところか」

 ズバリだった。言い当てられて思わず赤面する。なんだ、このセクハラじじいは!

 これが私と師匠の出会いだった。



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