第3話 マユ、カヌーとカヤックの違いを知る(1)
翌日、車の窓から差し込む朝日で目が覚めた。キャンプ場の水道で洗面し、そのままリードを付けたクマを散歩がてらキャンプサイトを見て回る。もうたいていのキャンプの人たちは起きて朝食の用意をしている。でもみんなカヌー持ってないなあ。レンタルするつもりなのかもしれないし、私と同じようにスクールで習う初心者なのかもしれない。
夕べ到着したときには暗くて見えなかった四万十川の川面がキャンプサイトの向こうに見える。両側に山が迫っているこのあたりではまだ川面までは朝日が届いていない。
川に一番近いサイトのテントに私のイメージどおりのカヌーが置いてあるのを発見した。公園の池に浮いているボートに似ているけど舳先がきゅっと上がって底が平坦。木製じゃなくてたぶんFRP製。犬は連れていないようだ。
何歳くらいだろう、口ひげを蓄えた男性が折り畳み式のキャンプチェアに座ってカップを傾けながら、ようやく朝日が差し始めたキャンプサイトから川面を見つめている。なかなか様になっている。ただ口ひげは白いからそんなに若い人ではなさそうだ。私はさっそく話し掛けて見ることにした。
「おはようございます」
川面を見ていた男性がこちらを向いた。おじさん… おじいさんかも… その人は一瞬驚いたような顔をしたけど私とクマを一瞥するとにっこり笑って、
「おはようございます」
と挨拶を返してくれた。よかった、この人とは仲良くなれそう。
「これからカヌーで下られるんですか?」
「そう。中村まで下ろうと思ってます」
中村というのは昨日ここへ来る途中で通った河口の街だ。
「ここから中村までだと、どのくらいかかりますか?」
「うーん、ずっと漕いでたら8時間くらいで着くと思うけど、のんびりと下るので途中で一泊するつもりです」
「この荷物を全部積んで?」
「いえいえ、一泊分の食料と寝袋にテントだけですよ。昨日中村に車を停めて来ましたから、車にカヌーを積んでまた戻ってきます」
「中村に車を停めて、ですか……」
「中村からE川崎までは鉄道で帰ってこれるんですよ」
「ああ! なるほど」
「本当は友人とここで落ち合う予定だったんですけどね。友人の都合が悪くなってしまって。車が2台あったらもっと簡単にカヌーを回収できるんだけどね。一人だからちょっと面倒だけど仕方ないです」
車が2台あればあらかじめ2台でゴール地点まで行き、一台はそこに置いてもう一台に相乗りして戻ってくればいい。
私は川面を見て、
「カヌーの人、全然見えないですね。朝が早いからかなあ」
「20年位前にはカヌーが大流行して、このキャンプ場もその頃できたんだけどね。その後だんだん下火になって、最近ではカヌーで川を下っている人はほとんど見なくなったねえ。寂しい気もするけどあんまり沢山人が来て騒がしいのも好きじゃなくてね。今くらいの方が僕としては好きですね」
「え!? そうなんですか?」
「そう言えばあなたはカヌー?カヤック? 犬を連れているところを見るとカヌーかな?」
え?なんか聞き覚えのない言葉が聞こえた気が…… カヤックって言った? まあいいか……
「いえ、私は初心者でカヌーを習いたくて来たんですけど……」
ほとんど川を下っている人がいないって、不安になってきた。このキャンプサイトにもカヌー見かけないし。もしかしてみんなカヌーしに来たんじゃないのかも。
おじさんは困惑顔の私を見て、
「カヌースクールだったらこのカヌー館でもやってるよ。ただあんまり人が集まらないとやらないだろうしなあ。一度聞いてみたらいいと思うよ」
「分かりました。後で行ってみます」
まだ朝の7時前だ。カヌー館の受付は開いていないだろう。
「私はこの子、クマって言うんですけど、この子を乗せてそんな舟でこの川を下ってみたくて来たんです」
「ああ、昔、そんなカヌーイストがいましたねえ。一時はそういうのが流行ったんだけど、もう最近はこの手のカヌーに乗っている人はまず見ませんねえ。ほとんどの人はカヤックですから」
まただ。カヤック? どうもカヌーとは違うものらしい。
「あの、カヤックって何ですか?カヌーとは違うんですか?」
「ああ、素人の人は全部まとめてカヌーって言うね。ま、それでもいいんだけど。でもこれから始めるんだったらやっぱりきちんと区別した方がいいと思うよ」
そう言うとそのおじさんはカヌーとカヤックの違いを説明してくれた。
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