第2話 カヌーってどこで習えばいいの?
私の住む神戸は、たいていどこからでも海が見える。でもカヌーができるような川はない。神戸という町は六甲山脈と瀬戸内海に挟まれ、山から海へ続く傾斜地に築かれた街だから、川といっても短くて急峻で、水量が少ない。カヌーどころか川遊びすらできない。
ネットでカヌー教室を検索したところ、兵庫、大阪、京都には見当たらない。かろうじて和歌山、奈良で大手スポーツメーカーやカヌーショップが主催するカヌースクールはあるようだが、神戸からだとちょっと遠い。それになんと言っても雑誌の写真で見たようにゆったりとした大河を犬といっしょに下るいうイメージとは違う気がする。
国土を海で囲まれているから海カヌーなら結構あちこちでスクールがあるようなんだけど、川ってなるとこんなにもカヌーに適した川がないことに今更ながら驚く。日本っていっぱいきれいな川があるイメージだったけど、実際にはそうでもないらしい。川沿いの桜並木がきれいな場所は多いけど、川そのものはコンクリートで護岸されていて水質もいまいちで、川は「きれい」の主人公ではない。
ええい! うだうだ考えているよりもこうなったらあの写真の場所、高知県、四万十川に行ってみよう。四万十川ならいっぱいカヌーが浮いてて、カヌースクールなんかもあちこちで開催されてて、河原ではカヌーしながらキャンプを楽しむ人々でいっぱいであるに違いない。
私のゴールデンウイークは『四万十川でカヌースクールに入ってカヌーを習得し、その後クマといっしょにカヌーで川下りを楽しむ』をテーマにすることに決めた。
そしてゴールデンウイーク。私は日曜日と公的な祝日に有給休暇を合わせて10日間のお休みを取得した。
クマを飼っている私はペット同伴可の宿でないと泊まれない。そんな制約に振り回されるのはめんどうくさいから旅行はたいてい車中泊。だから車もsuv車を買ったしキャンプ用品も一通り揃えている。私の車は荷物室とフロント、リアのシートを畳めばフラットになるタイプで、身長が160cmに満たない私だったら十分足を延ばして眠れる。当然ながら4WDだから河原だって平気で走れる。
河原でキャンプしても、クマがいるから心強い。他のキャンパーさんと仲良くなって、うまくすればカヌーやってる人から教えてもらえるかもしれない。若い女の子から笑顔でお願いされたら、たいていの男性は喜んで教えてくれるものだ。去年はその手でウインドサーフィンを教えてもらった。
早朝に家を出発した私とクマは、神戸から明石海峡大橋を渡って淡路島へ。淡路島を縦断し、鳴門海峡大橋を渡って四国、徳島に上陸。そのまま四国縦貫道路でひた走って高知を目指す。5月の爽やかな風が窓から吹き込んでくる。クマも嬉しそうに助手席の窓から顔をだしてその風を受けている。
ちなみに四国縦貫道路には途中食事ができるような施設はないらしい。今朝、食パンを一枚食べただけなのでお腹が空いて仕方がない。高知市街を通り過ぎたあたりでついにお腹が音を上げた。須崎インターを降りて食事ができる店を探しながら一般国道を走る。七子峠を越えて高原の村々の中を走るが、高速道路が出来て車の流れが変わったせいか閉店したお店が目立つ。ようやくガソリンスタンドの横にうどん屋さんを見つけた。「営業中」の看板を確認して広い駐車場に車を乗り入れる。四国って言えばやっぱ「うどん」だよね!
「うどん」って言ったら香川県を連想するけれど、高知県だって同じ四国だ。きっとおいしいに違いない。まずはクマにも食事とお水をあげる。「ちょっと待っててね」と言ってリードを車のドアノブに結ぶ。空腹をすぎて背中にくっつきそうなお腹と、うどんへの期待に膨らませた小さな胸を抱え、クマが食事を始めたのを確認してから私は早足で店の扉を開けた。
大玉、中玉、小玉から好きなサイズのうどん玉を選ぶことができる。私は大玉のうどんを選んだ。大玉のうどんを入れたどんぶりに温かいツユを注いだものを受け取る。トッピングは自由に好きなものを選ぶシステムだ。かき揚げ、海老天を専用のトングで取り皿に取る。普通ならこれだけでも十分お腹が一杯になるはずだが、限界を超えた空腹感で感覚がおかしくなっていたのだろう、さらに鮭のおにぎりも1つ取る。これだけ取っても1000円でお釣りがくる。ここ四国ではうどんの値段がとてつもなく安い。大半はトッピングとおにぎりの値段なのだ。なんという抜群のコスパ! コシがあっておいしいうどんに大満足。でも途中で私は後悔した。大玉じゃなくて中玉でよかった。トッピングも取り過ぎた。でも残すのは私の主義が許さない。かなり無理してお腹に詰め込んだ。こりゃ晩ご飯いらないな。それでもやっぱりおにぎりは取り過ぎだった。持ち帰りたいと言ったらラップに包んでくれた。
きれいにお皿を空にしたクマを乗せ、目的地に向かって出発。一般国道は空いていて信号もほとんどない。高速走らなくてもいいんじゃない?って思うくらい。
ひたすら走って四万十川河口の街、(旧)中村に到着したのは日も暮れかかった午後5時過ぎだった。キャンプするつもりだし、この先にお店があるかどうか分からないので、ここでキャンプ用の食料を調達する。ここからいよいよ四万十川沿いの県道に入る。目的地のE川崎までは道幅も狭くなるが川沿いの一本道だしナビもあるから迷うことはないだろう。
E川崎に到着した頃にはもうすっかり暗くなっていた。事前に調べた情報にしたがって『カヌー館』に向かう。予約はしてなかったけどオートキャンプ場は空いていた。オートキャンプ場に車を乗り入れる。テントの灯りがあちこちに見られる。暗くて分からないけどみんなカヌーしに来た人たちなんだろう。今日はもう遅いし8時間以上も運転して疲れた。明日、さっそく声をかけてみることにして、今日は携帯コンロで鍋に沸かしたお湯でレトルトのご飯とレトルトのカレー、そしてインスタントスープを作って手早く夕食を済ませた。昼間あんなに食べたのに晩ご飯の時間になるとやっぱりお腹が空いてくる。これを条件反射、またはパブロフの犬って言うのだろうか。
5月のこのくらいの季節になると、ハッチバック式の後部扉は上に跳ね上げたままにして眠っても、もう寒くはない。外気が頬を撫でてくれるのが感じられて気持ちがいい。クマも出たり入ったり自由に出来るし一石二鳥だ。
「あー、疲れたあ。歯も磨いたし、今日はお風呂はパス!」
そう宣言すると、車のシートを倒してフラットな寝床を作り、その上にマットを引いて寝袋に潜り込んだ。開けたままにしたハッチバックの後部扉から星空が見える。クマは私の横で丸くなっている。遠くのスピーカーから村人に向けて大音響で何やらお知らせを伝えている声を聞きながら、私はすぐに眠りに落ちた。
***
この主人公のマユちゃんはいきなりカヌーのメッカの四万十川へ旅立ちましたが、関西ならもっと近場でカヌースクールを開催されているところはあります。ただ私が見たところ、体験コースか初級クラス程度までしかスクーリングしていないようです。数回のスクーリングになるとお値段もそこそこします。なによりスクールを開催できるような川が圧倒的に少ない関西においては、カヌー体験やスクーリングへの参加は、大半の方がお住いの場所からはそれなりに遠方になるのは仕方ないと思われます。
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