第8話

「諸君!彼が今日から配属されたロウニール・ハーベス君だ!」


「うぃーす」「へーい」「・・・」


初出勤で僕を迎えてくれたのは無駄に声の大きいこの村の兵士隊長ドカートとやる気のなさそうな3人の先輩兵士達


他に3人いるらしいけど2人は巡回中で1人は村の入口で門番をしているとの事


「新人は門番をしているヘクト爺さんと共に門番をするのが通例になっている!部屋に荷物を置いたら速やかに移動し今後はヘクト爺さんに指示を仰いでくれたまえ!」


「は、はい」


なんか投げっぱなしにされたような・・・まあこんなものなのかな?


《素敵な職場環境じゃない・・・窮屈じゃなくていいわ。抜け出してもバレなさそうだし》


ダンジョンマスターとしてはそうなのだろうけど・・・大丈夫か?この村


ドカート隊長に言われた通り部屋に荷物を置くと村の入口で門番をしているヘクトさんの元に向かった


ヘクトさんは僕でも知っている有名人


門番一筋ん十年の大ベテランだ


村に訪れる人なんて月に数度の行商人くらいだから門番も1人で事足りる。て言うか暇過ぎてやる人がいないんだろうな・・・新人が門番をするのが通例なんて初めて聞いたよ


僕が知る限りだとヘクトさん以外の門番っていた試しがないけどな


《体のいい厄介払いじゃない?》


入口に向かっていると思うところがあったのかダンコが話しかけてきた


厄介払い・・・だよな、あの感じは


「かもね。隊長以外やる気なさそうだったし僕が入る事によってペースを乱されたくなかったのかも」


《これから忙しくなるっていうのに呑気なものね》


「いつやるの?」


《・・・パニックは避けたいからやっぱり夜ね》


「へえ・・・もしかして人間の事を考えてくれてる?」


《まさか・・・登場が派手だと期待しちゃうでしょ?今のダンジョンがその期待に応えられるとは思えないわ》


「・・・なるほど・・・期待外れのダンジョンで悪うございましたね」


《拗ねないの。これから大きくしていけば良いんだし気にするところはそこじゃないわ》


「どこを気にすればいいんだ?」


《どうやったら人気が出るか、よ!出来れば毎日魔物が全て倒されるような・・・そんなバラ色の日々を送るにはどうすればいいか・・・》


バラ色なのか


あまり忙しいのは勘弁なんだけど・・・まあ魔物の補充はダンコがやってくれるからヨシとして人気が出るとこの村に人がわんさかやって来るって事だろ?そうなると門番の仕事が忙しくなるような・・・


「ねえ・・・ダンジョンから離れていても魔物は補充出来るの?」


《出来ないわ。なんで?》


「そうすると日中は補充出来ないって事か・・・しかもダンジョンの様子も見れないし・・・」


《様子は見れるわよ?》


「え?どうやって?」


《んー、オープンしてからと思ったけどまあいっか。目をつぶって》


「歩きながら!?」


《止まればいいじゃない・・・ほら、早く》


なぜ突然目を・・・疑問に思いながらも目を閉じると驚いて腰を抜かしてしまった


目を閉じたのに何かが見える・・・いや、何かじゃない・・・ダンジョン・・・僕の・・・ダンジョンだ


《私の見えるものとリンクしてるの。目を開けてると他の情報が入って来て見えないけど目を閉じれば他の情報は遮断されて私の見えるものが見えるようになるわ。あっ、安心して・・・寝る時はリンクは切ってあげるから》


「ダンコって離れててもダンジョンの中が見えるんだ・・・」


《当たり前でしょ?本来のダンジョンコアは最奥から一切動けないのよ?》


そっか・・・僕と行動してるから動けるけど普通はダンジョンの奥底に存在してそこから魔物を補充したりダンジョンを拡げたりしてる訳だもんな・・・見えないと何も出来ないか


試しに片目だけつぶってみると片目は景色をもう片方の目はダンジョンを見ることが出来た。これなら勤務中に見てても怪しまれないぞ


しかも見ている場所は意識すれば動かせる・・・今はオープンしてないから司令室にいるスラミを見て目の保養にしよう


《アナタ本当にスライム好きね》


「昔から無色透明のものって好きだったからね・・・それに何となく美味しそうだし」


《食べる気!?》


「食べんわ!」


ううっ・・・歩いている最中に突然叫んだから周りから白い目で見られた・・・ただでさえブツブツ独り言言ってて気持ち悪がられてるのに・・・



人の目が気になり足早に入口へと向かうと村の外を見つめる丸まった背中が見えた


門番と言いつつ村に門はない。ただ周りを囲む柵の切れ目が入口として使われておりそこに立つのが門番の役目だ


「あの・・・こんにちわ」


「ん?ああロウ坊か。今日からじゃったか?」


「はい・・・よろしくお願いします」


振り返り僕を見てヘクトさんはニッコリと笑った


人が昔より増えているらしいけどそれでも村の人口は大した数ではない。全員を知ってるかと言われれば『見た事ある程度』・・・だけどヘクトさんは村民の名前と顔を全て覚えているらしい・・・すごい記憶力だ


「僕はどうすれば・・・」


「そこに立って誰かが来るのを待つ・・・ただそれだけじゃ。何なら椅子を持ってきても良いぞ?どうせそんなに人は来ん・・・見えたら立てば良いだけじゃ」


「はあ・・・」


さすがにヘクトさんが立っているのに僕だけ椅子を用意して座る気にはなれずに言われた場所に立って村の外を眺める


特に何も無い広大な大地に草が生え、人が行き交う場所だけ土になっている。一応道と言えるのだろうか・・・その道を通って来るのはほとんど定期的に来る行商人。稀に旅人らしき人が来るらしいが本当に稀だ


「人が来たらどうすれば良いのですか?」


「通行許可証を確認し村に入れるだけじゃ。簡単じゃろ?」


通行許可証か・・・僕は村を出た事ないからその許可証は見た事ないけど、現在の場所から他の場所・・・村や街に行く際に発行してもらうものらしい。確かこの村だと村長が発行してたかな?


「通行許可証がない人は?」


「残念ながら村に入れる事は出来ん。国は村や街の人数を把握するのに出生届と死亡届で管理しておるからのう・・・もし通行許可証がない者を入れてしまって居着かれてしまえば人口に狂いが生じてしまう・・・まあ臨時許可証など紛失してしまった時の対処もあるにはあるが・・・その辺はおいおい話していくとしよう」


良かった・・・あれこれ詰め込まれても覚える自信はない。ただでさえダンコにダンジョンの事を詰め込まれて頭がパンクしそうなのにこれ以上詰め込まれたらどうにかなってしまいそうだ


それからじっと待つ・・・とにかく待つ・・・けど誰も来ない


なにこれ思ったより苦行なんだけど・・・本当にこんな事ヘクトさんは雨の日も風の日も毎日繰り返してたの!?


「・・・あの・・・これはいつまで・・・」


「日が暮れるまでじゃ。日が暮れたら一応ロープを張って侵入しないようにする・・・が、そのロープも腰の高さくらいに張ったものじゃから越えたり潜ったり容易に出来るがのう」


「・・・意味ないのでは・・・」


「ならば夜通し立つか?」


「・・・お断りします・・・」


「じゃろ?」


悪戯っぽく笑うヘクトさん


まあこの辺は治安もいいし魔物も出た試しがないから必要ないんだろうな。裏を返せば冒険者にとっては仕事がないって事になるけど


「どうした?」


「いや・・・なんでこの辺って静かなんだろうって思って・・・野盗とか出ないのは貧乏村だから分かるけど魔物が出ないのは不思議だなって・・・」


「学校の授業で習わんかったか?ダンジョンが近くにないからじゃよ」


「え?ダンジョン??」


「なかなかの優等生じゃな・・・授業中何をしておった?」


えっと・・・寝てました・・・ほとんど・・・


「ふむ・・・まあ良い。魔物はダンジョンから生まれる。ほとんどの魔物はダンジョンから出んのじゃがたまにダンジョンから出て来る事がある・・・それは知っておるか?」


「確か・・・ダンジョンブレイク」


「ほう・・・それは知っておったか。ダンジョン外の魔物は全てそのダンジョンブレイクでダンジョンから出て来た魔物じゃ。つまりダンジョンが近くになければ魔物が出る危険性も低い・・・この村の近くのダンジョンともなると山をふたつほど越えた先・・・さすがに魔物もそこまで移動はして来ん」


「な、なるほど・・・」


ダンジョンブレイク・・・ダンコから嫌という程聞かされた。僕以外の人間は恐らく知らないであろうダンジョンブレイクの真実・・・ダンジョンブレイクとはダンジョン内の魔物が待遇に不満を覚えダンジョンから出て行ってしまう言わば『家出』


本能で動くだけの下級の魔物なら起こらないけど中級以上になると感情があるらしい。感情があるって事は思うようにならないとストレスも溜まるわけで・・・そのストレスが溜まると下級の魔物を引き連れてダンジョンの外に出て行ってしまうのだ


家出するなら1人で勝手に出て行けよと思うがダンジョンコアを困らせてやろうって魂胆なのか何なのか・・・はた迷惑な話だ


村にダンジョンが出来たら歓迎はされるはず


何せダンジョンは金の成る木だから当然だ


でも同時にダンジョンブレイクの警戒をしなくてはならない。突然ダンジョンから魔物が出て来たら被害は甚大・・・下手したら村が滅んでしまうから


僕以外の人間はダンジョンブレイクがなぜ起きるか知らないから不安に思うだろうな。ダンジョンブレイクだけは起きないように気を付けないと・・・



それからヘクトさんと他愛もない話をして時間を潰した。結局村に訪れた人はゼロ・・・ヘクトさんのお陰でそこまで苦痛ではなかったけど1人だったら肉体的により精神的にやられてたかもしれない


それに1人の時は飲み物と食べる物を持って来ないと・・・やはり日中は門番がいないっていうのはまずいらしく今日は2人だったから交代で食事を取れたけど1人だったら飲まず食わずで日暮れまで過ごさなきゃいけなかった


意外と門番って大変だな



日が暮れてヘクトさんが上がっていいと言うので兵舎に戻る


簡単な報告をドカート隊長にして一日がようやく終了・・・僕にとっては今からが本番だ


部屋に戻るとダンコがダンジョンへのゲートを開くと言い、姿見の大きな鏡が部屋に備え付けられていたのでその鏡をゲートに設定した


「どうやって?」


《普通に入ればいいわ。もうダンジョンに繋がってるから》


そう言っても見た目は鏡のまま


恐る恐る鏡に触れてみると指が鏡を通過した


「うおっ・・・ええい!ままよ!」


意を決して鏡に突っ込むと本当にダンジョンに出た


便利だ・・・今まで家から抜け出して広場まで行ってたのが馬鹿らしいな


《さて・・・さっそく始めましょ。覚悟は出来てる?もう後には戻れないけど・・・》


ダンジョンの入口を作れば元の生活には戻れないだろう


「?」


《とうしたの?》


「いや・・・なんでもない・・・」


一瞬ヘクトさんの顔が浮かんだ


何故だろう・・・でも考えてる時間はない・・・


「・・・明日から村は大騒ぎだろうね」


《ええ・・・そして大賑わいよ》


「だね・・・じゃあ作るよ・・・村とダンジョンを繋ぐ入口を」


平凡な村は今日でお終い


明日からは・・・この村はダンジョン村だ



広場と土が盛り上がる


ダンジョンへと誘う口が開き闇を覗かせる


闇の奥は栄光か絶望か


それはまだ──────誰も知らない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る