第13話 二人の先生


 ティアロラが聖地に旅立ってから、三年の時が流れた。


 ティアロラからは分厚い手紙が毎月届き、交流が続いている。最初はその文量に驚いたが、初めての友達である僕に伝えたいことがたくさんあるのだと思うと微笑ましい気持ちになった。僕の方は外に出ることもなく剣術と魔術の訓練ばかりなので面白みもなく、それほど書くこともないので申し訳ないけど。


 訓練も順調に進んでいる。

 魔術については、固有魔術の発現にもある程度は成功していた。まだ実戦レベルではないが。


「ふぅむ、この固有魔術は奇妙デスねぇ」


 あの変人であるゼブラスに奇妙と言わせてしまうほど、僕の固有魔術は変わっているらしい。まあ、確かにゲームで出てきたような固有魔術とは異なっているように思う。僕には合っていると思うので、別にいいけど。


 氷の魔術については、今後のことも考えて第五階梯まで習得していた。今後のイベントでは、広域殲滅魔術が役に立つ機会もある。第六階梯についても理論は理解しているので、練習すれば近いうちに習得できるはずだ。


「さて、これでアナタに魔術を教えるのは最後デスか」


 ゼブラスが、らしくないことを話したことに驚く。そんな感情に浸るようなキャラじゃないだろう。


「貴重なサンプルを手放すのは惜しいですねぇ」


 ゼブラスらしかった。

 最後まで僕のことは研究サンプルだと思っていたな。


「ワタシもこの帝国から離れますので、しばらく会うことはないでしょうねぇ。次会うときには、きっと素晴らしいデータが取れると期待していますよぉ?」


 こんな感じだが、このゼブラスという男は天才だ。シナリオにも絡んでくるし、主人公たちにも影響を与える人物でもある。まあ、悪役としてだが。


 ゼブラスをここで始末した方がいいのでは、と考えたことは何回もある。魔術を教えてもらった恩はあるが、それとこれとは話が別だ。主人公たちを不幸にする存在なら、ここで対処しておいた方がいい。


 だが、結局僕は何もしなかった。シナリオへの影響を心配したというのもあるが、根本的にゼブラスを倒せるビジョンが浮かばなかったのだ。ゼブラス自身には、それほど戦闘力はないと思う。本人もそう言っていたし、僕の目から見てもそうだと思う。でも、だからこそいくつもの保険をかけていると考えるのが自然だ。この男が、何の対策もなく僕と接するとは思えない。


 この選択を、後悔する時が来るかもしれない。なにがなんでもここで殺しておけばよかったと思うかもしれない。そんな未来がこないことを祈るばかりだ。


「……期待に応えられるように、頑張るよ」


「えぇ、楽しみにしていますねぇ」


 この男にしては珍しく、本当に楽しみだという表情をしている。魔術に傾倒するあまり、禁術にまで手を出してしまう悪党。倫理観などなく、その頭には魔術しかない。


 だけど、僕に大切なことを教えてくれた。

 最後くらいは、感謝しておこう。


「……ありがとう、ゼブラス。貴方のおかげで、僕は戦える」


 丁寧に頭を下げる。

 次会う時は敵かもしれないが、今は魔術の先生として礼儀を尽くそう。


「ふふふふふ、実験体に礼を言われたのは初めてですよぉ。アナタには、たくさんの刺激を貰いましたねぇ」


 そう言って、ゼブラスは僕の肩に手を置いた。


「また会いましょう、サリファ」



――――――



「サリファ様、私が教えることはもうありません」


 感無量といった様子でそう告げるのは、剣術の先生であるフィライだ。この三年間で僕の剣術は更に上達し、フィライと互角以上に戦えるようになっていた。


 超越エクシードについてもある程度は扱えるようになっている。まだ咄嗟に発動できるところまでは到達していないが、あとは実戦で磨いていけばいい。


「……ありがとう、ございました」


 卒業試験として、魔術ありの本気でフィライと模擬戦を行った。結果は……。


「はっはっは、完膚なきまでに負けてしまいましたなぁ!!悔しさよりも、誇らしさの方が大きい!!」


 そう、僕はフィライよりも強くなっていた。

 これも全て、フィライのおかげだ。


「サリファ様はこれからもどんどん伸びるでしょう。それが楽しみでなりません」


 爽やかな笑顔でフィライが話す。

 フィライに剣術を習い始めて七年ほどになるが、この人柄に随分救われた。


 この世界で僕が出会った人は極端に少ないが、フィライは素晴らしい人物だと思う。だからこそ、グライエンツ公爵家なんて悪の貴族のところに、いつまでもいてはいけない。だから僕は、唯一の伝手を使った。


「……フィライ、これを」


 そう言って、金貨の入った小袋と、一通の手紙を渡す。


「サリファ様、これは……?」


 小袋の中身を見て、フィライが目を見開く。

 そんなに驚くほどの金額ではないと思うのだが。


「い、いけませんサリファ様!こんな、お金をいただくわけには……」


 僕のお小遣いを、少しずつ貯めていたものだ。

 まあ、そっちはどうでもいい。大事なのは、手紙の方だ。


「……手紙を見て?」


 お金のことには触れずに、手紙を見るよう促す僕の方を不思議な表情で見つめるフィライ。よくわかっていない様子で手紙を開き、その内容を読んだ彼は固まった。


「せ、聖騎士試験の、推薦状……!?」


 フィライが驚愕している。

 それはそうだろう。聖騎士への推薦状など、そう手に入る代物ではない。


 ティアロラと手紙でやり取りしているときに、フィライの将来について悩んでいることを伝えたのだ。すると、彼女が聖騎士の試験を受けてみてはどうかと提案してくれた。僕の剣術の先生であるならば、実力は申し分ないだろうと言って。


「こ、ここ、これは、その、私が受けるのでしょうか!?」


「……そうだよ?」


 他に誰がいるのか。

 かなり気が動転しているな。


「せ、聖騎士とは、シャイローニュ聖教の誇る最強の戦力ですよ!? わかっていますか?? その聖騎士に、私が……??」


「……なりたくないの?」


 聖騎士になりたくないのなら、余計なお世話だったかもしれない。宗教反対派だったのかもしれないし、先に聞いておけばよかったな……。


「い、いえ!聖騎士は私の憧れでもあります!なんせ、美しいですからね!」


 あれ、そうなのか。

 それなら良かったけど、どうして躊躇っているのだろう。


「私のような平民が……それに、実力も……」


「……聖騎士に、身分は関係ないよ?」


 その点はちゃんと確認している。

 それに……。


「……フィライは、強いでしょう?」


 フィライは、強い。

 僕が言うのだから間違いない。聖騎士の基準がどれくらいかはわからないが、きっと大丈夫だろう。


 僕の言葉を聞いて、フィライが固まる。

 そして目を瞑り、息を吐く。次に目を開いたときには、その瞳に力が宿っていた。


「お恥ずかしいところを、お見せしました。そうですよね。サリファ様に剣術を教えた私が臆するなど、サリファ様にとっての恥」


 フィライは手紙を胸に当てた。


「サリファ様、推薦いただきありがとうございます。必ずや聖騎士となり、サリファ様の名声を高めて参ります」

 

 いや、僕の名声なんてどうでもいいんだけど……。

 まあ、やる気になってくれたのなら良かった。ティアロラにもいい報告ができそうだ。


「ですが、その、こんなにお金をいただくわけには……」


 まだ遠慮しているのか。

 そこも彼の美徳ではあるけど、今回は受け取ってもらいたい。


「……聖地までの旅費と、装備を揃えるのに使って」


「いやいや、それでもかなり余りますって……」


 あれ、そうなのか。

 まあ、僕は外に出たこともないし買い物もしたことないので、この世界の相場は全然わかっていなかったりする。でも、ここで返してもらうのも変な感じがするんだよね。


「……そのお金は、人々を救うのに役立てて」


「サリファ様……」


 こう言っておけば、フィライなら大丈夫だ。

 きっと正しいことに使ってくれる。


「……フィライなら、できるよ」


 そう僕が言うと、フィライは突然跪いた。

 え、なに?


「このフィライ、受けたご恩は一生涯忘れません。サリファ様に出会い、剣術の標となれたことは我が人生の誇りです」


 本当に、律儀な人だ。

 この世界での僕の人生に、多大なる影響を与えてくれた人。恩があるのは、むしろ僕の方だ。


「……僕の方こそ、ありがとう」


 次にフィライと会うのが楽しみだ。

 きっと、その剣技はさらに美しくなっているのだろう。


「またお会いしましょう、サリファ様」


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