第12話 深き愛の聖女は


「その、申し訳ありませんでした……」


 目の前に座ったティアロラが謝ってくる。

 いや、まあ突然抱き付かれたことには驚いたけど、別に気にしていない。いや、嘘ですめちゃくちゃ嬉しかったです。


「……気にしなくていいですよ」


 うーん、ティアロラってこんな感じだったっけ?


「あ、ありがとうございます……」


 チラチラとこちらを盗み見ては、顔を赤くしている。うん、可愛いからもうなんでもいいや。


「……それで、本日はどのようなご用件でしょうか」


 可愛いティアロラをずっと眺めてるだけでも僕は全然構わないが、流石にそれもどうかと思うので話を進めよう。そもそもなんで僕のことを知っていたのかも気になる。


 それに、プロローグはどうなったのだろうか。ティアロラが無事でいることは喜ばしいが、今の時点でまだ帝国にいるのはおかしい。ティアロラの後ろにいるのは聖騎士だし、よくわからないことばかりだ。


「え、ええと、その、神託がありまして……」


 神託……?

 確かにゲームでも神託というのはあったし、主人公の道標となることもあった。だけどあれって聖地にいないといけなくなかったっけ。ゲームとは違ってるのかな。


 なんだか動揺しているようにも見えるが、あのティアロラが嘘をつくはずがないし、色々とシナリオが変わっているな。僕というイレギュラーが存在する時点でゲームとは異なるものになっているみたいだ。


「……どのような神託を?」


「ここで、サリファという少年に会うようにと……」


 うぅん、謎だ。

 そうなると、女神は僕の存在を認識しているということか? なにか不思議な力が働いているのかもしれない。


「……」


 え、それだけ?


「……なるほど」


 これは、ちゃんと考えた方がいいかもしれないな。


「あの、サリファ様……」


「……様は、いりませんよ。同い年くらいでしょう」


 先ほどから、なんだかむず痒かった。

 ティアロラに様付けで呼ばれるのは変な感じだ。


「はぅ……」


 なぜかティアロラが赤くなった頬を両手でおさえている。


「そ、それではその、私のこともティアロラとお呼びください!それに、敬語もいりません!同い年ですし!」


 今度は勢いよく身を乗り出してきた。

 先ほどからどうしたんだろう。


「……わかったよ、ティアロラ。僕に敬語もいらないよ」


「いえ、私はまだこのままで……。その、ちょっと恥ずかしいので」


 恥ずかしがるポイントがわからないが、まあいいか。なんだかティアロラと仲良くなっているようで嬉しくなってきた。


 その後、ティアロラのこれまでの経緯を聞くことができた。僕が空振りしたのも納得だ。完全にシナリオが変わっているな。だけど、もう魔術が使えるようになっているのには驚いた。聖女の能力には覚醒していないようだが、その分戦闘能力を手に入れてるみたいだ。


 ティアロラの後ろにいる聖騎士の女性はカーファというそうだ。ティアロラを守るために、聖地から派遣されたのだとか。


「そうして、私は再び聖地を目指すことになったのです」

 

「……大変だったね」


 僕は転生前の記憶があるからどうにかなっているが、ティアロラは普通の女の子だ。そんな子が、どうしてこんな目に……。

 

「……頑張ったね、ティアロラ」


「……はい!私、頑張りました……!!」


 ティアロラは再び涙を流し、手を組んでこちらを見つめる。その涙は、とても綺麗で。


「変、ですよね……? こんなに泣いてしまって……。でも、私、サリファにそう言ってもらえて、すごく嬉しいんです……!」


「……変じゃないよ」


 ここまで頑張ってきて、感情が溢れてしまったのだろう。そんなティアロラの涙を、変だと思うやつがいたら僕がぶん殴ってやる。


「私、これから聖地に行かなくちゃいけないんです」


 涙を拭いながら、こちらを見てそう口にする。


「サリファ、私と友達になってくれませんか……?」


 先ほどの嬉しそうな表情とは変わり、不安そうだ。きっと、同年代の知り合いなんていなくて、気軽に話せる友達が欲しいのだろうな。


「……僕でよければ、喜んで」


 断る理由など微塵もない。

 ティアロラと友達になれるのに、断る奴がこの世に存在するのか?

 

「嬉しい……!!ありがとうございます……!!」


「……こちらこそ」


 いやー、こんなことってあるんだな。

 この世界に来てから一番嬉しい出来事だ。僕は何もしてないけどね。神託をくれた女神のおかげかな?


「聖地に着いたら、お手紙を書きますね……!」


「……僕も、書くよ」


 聖地に行っても、ティアロラが寂しくないように。確か、これから三年ほどは聖地で修行しなければならないはずだ。その間は会うことができない。


 僕の手紙が少しでもティアロラの力になるというのなら、全力で取り組む所存だ。



……



「サリファは、学院に入学するのですか?」


 話もひと段落し、ティアロラと魔術の話なんかをしていたら、学院の話題に移った。


「……その予定だよ」


 シナリオはすでに破綻している気がするが、できる限りゲームに忠実に動いていきたい。シナリオ上では、サリファは約三年後に学術都市マクーダムにあるケントリッツ学術院に入学する。


 この世界で最高レベルの学術機関であるその学院にはティアロラともう一人の主人公が入学し、そこで重要なイベントがいくつか起こる。イベントの中には主人公が危険に晒されるものもあるので、美しく散るにはうってつけだろう。単純に、主人公たちに会ってみたいという気持ちもあるけど。


「わ、私も学院に入学しますね……!そこで、もう一度お会いしましょう」


「……うん、楽しみにしてる」


 学術院かぁ。

 ティアロラにカッコいいところを見せられるように、勉強も頑張らないといけないな。


「でも、ケントリッツ学術院の入学試験は難しいんですよね? 私、今まで勉強なんてしたことなくて……」


 なんだかティアロラが不安そうだ。

 だけど、僕はティアロラが入学できることを知っている。

 


「……ティアロラなら、できるよ」

 

 

 僕の言葉を聞いて、ティアロラは目に涙を浮かべた。


「はい!私、サリファに追いつけるよう頑張ります!」

 

 ティアロラは、笑顔でそう宣言する。

 その輝かんばかりの笑顔は、とても綺麗だった。


 

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