第11話 未知のプロローグ


 前に進むと覚悟したその時から、私は強くなることを決意した。サリファの足を引っ張らないように。そしていつか、並び立てるようになるために。


 時間が戻るたびに、サリファに魔術を教えてもらった。サリファは博識で、私の属性である光属性の魔術についてもしっかりと基礎理論から説明してくれた。そのおかげで、百二十二回目で私は第二階梯までの魔術を習得するまでに至った。


 これで、ある程度は身を守ることはできる。

 だが、青装束にはまったく敵わなかった。私の今の実力では、サリファの足を引っ張り続けてしまう。かといって、これ以上の力をつけるとなると時間がかかりすぎる。この不可思議な現象がいつまでも続く保証はないし、何よりもサリファの死を何度も見るのは本当に辛い。


 そこで、襲撃地点に入る前に全てを破壊することにした。すなわち、時間が戻った直後に護衛に紛れた敵を殺すのだ。そして、逃げる。そうすれば、敵も諦めるかもしれない。


 サリファに会えないのは残念だが、全てが終わったら私から会いに行こう。サリファのいない人生なんて、もはや考えられない。


 さあ、始めよう。

 


 

「国境が近づいてきたな」


「ええ、そうねぇ」


「〈閃光炸裂ライト・バースト〉」


 時間が戻った瞬間、魔術を放つ。


「なんだ!?」


 馬車の扉を破壊し、外に飛び出した。

 魔術で勢いを殺したあと、上に飛び上がる。そして、空中に浮いたまま、敵に向かって魔術を放つ。


「〈閃光矢ライト・アロー〉」


 無数の光の矢を生み出し、射出。

 紛れ込んだ敵の顔は、頭に入れておいた。


「ぎゃぁぁぁああああ!!!」


「聖女様!? なぜこのような……!!」


 完全な不意打ちだったが、やはり強い者は反応している。だが、こんなところで終わりはしない。


「〈閃光ライト〉」

 

 強烈な光によって、視界を奪う。


「〈閃光弾ライト・バレット〉」


 狼狽える敵に、魔術を叩き込む。

 これで、ある程度は片付いた。戦場が静かになり、護衛たちが化け物を見るような目で私を見る。


「護衛の皆様、今撃ち殺した者は私を狙う敵です」


 どんな目で見られようと、構わない。


「私は聖女として覚醒し、女神から神託を受けました」

 

 嘘をつくことに躊躇いはない。


「一度戻り、体勢を……」


「何をしてるんだお前は!?」


 今更、父親が馬車から飛び出して叫んできた。

 煩わしい。


「おい!聞いているのか!? なぜこんな……」


「〈閃光弾ライト・バレット〉」


 頬を掠めるように魔術を放つ。

 殺しても良かったが、その価値もない。


「ひ、ひぃっ……」


 父親がへたり込んだ。情けない。

 あんなものを少しでも信じていた自分が恥ずかしい。


 せっかく出てきたのだから、他の奴らも出しておこう。

 馬車の扉を開け、後妻と子供たちを見る。

 

「出なさい」


「なっ……お前は何を……」


 言うことを聞いてくれないので、仕方なく魔術を放つ。馬車が多少壊れるが、まあいい。


「ひっ……!!」


「早く、出なさい」

 

 怯えた目でこちらを見つめる後妻たちは、ゆっくりと馬車から出てきた。手間をかけさせないでほしい。


「二度と私に関わるな」


 最後に地面を抉る魔術を放ち、脅す。

 父親たちは青い顔をして頷いた。これでいい。放っておいても、一日くらい歩けば町には着く。死ぬことはないだろう。


 衛兵たちの方を振り返る。


「隊列を組んでください。一度帝都に戻ります。それから……」

 


 


「ちょっと待ってくれるー?」


 突然の声に振り返ると、そこには青装束が二人。


「〈閃光弾ライト・バレット〉」


 瞬時に魔術を放つ。

 だが、青装束には簡単に避けられてしまった。


「いきなりなんなのよー。別に怪しい者じゃないですよー? ちょっと確認しに来ただけなんだから」


 信じるわけではないが、確かに戦う意思はないように見える。どういうことだろうか。


「どう見る? あれ、ほんとに覚醒してるのかしら」

「見ただけじゃわかんねぇが、普通ではねぇな」

「そうよねぇ。今まで戦いとは無縁で過ごしてきたお嬢さんが、いきなり戦闘をこなすなんて。てことは、覚醒とみても良さそうね……」


 何やら話しているが、よくわからない。

 そんなことよりも、流石に青装束二人を相手にするのは厳しい。三人目も現れるかもしれないと考えると、逃げ出さなくてはならない。


 サリファを何度も殺した相手だ。憎くて憎くて仕方がないが、今の私では勝てない。


 逃げ出す算段をつけていると、青装束の女がこちらに手を振ってきた。


「邪魔したわねーお嬢さん。確認できたから私たちは帰りまーす」

「あーあ、結局なんもしてねーじゃねぇか。つまんねぇ仕事だったぜ」


 そう言って、青装束は消えた。

 何故だかわからないが、引いてくれて助かった。


「……帝都に向かいます」


 これで、本当に終わり。

 あまりにも長かった地獄は、あっさりと幕を閉じた。



――――――――



 かつてないほどに、ティアロラは緊張していた。


「ど、どうかしら? 変ではない?」


「お綺麗ですよ。ティアロラ様」


 微笑む女性は、聖地から派遣されたカーファという名前の聖騎士だ。背が高く凛としたカーファには、聖騎士が身につける純白のマントがよく似合っている。

 

 あの後、帝都には無事にたどり着いたもののかなりの混乱が起こった。帝都中央から送り出した護衛の半数が、護衛対象の聖女に殺されたのだからそうなるのも必然だ。私は拘束され、軟禁状態となった。ただ、帝都の官僚たちも聖女の扱いには困ったらしく、扱いは思いのほか丁重だった。


 調査が進み護衛の裏切りが明らかになってきた頃、聖女を迎えるために聖地から派遣された聖騎士カーファが到着した。帝国が今回の件について報告したところ、すぐに飛んできてくれたらしい。


 解放された私は、カーファと共に再び聖地シャイラに向かうことになった。だが、その前にどうしても行かなければいけない場所がある。


 サリファに、会いたい。


 解放された後、聖女の権力も利用してすぐにサリファのことを調べたが、驚くほど情報が少なかった。やっと掴んだ情報も噂程度のものであったが、どうやらサリファはグライエンツ公爵家の者であったようだ。


 あの、後ろ暗い噂の絶えないグライエンツ公爵家。

 だが、そんな噂は関係ない。百五十二回もの間、ずっと私を守ってくれた彼のことを疑う気持ちなんて微塵もない。それに、例え彼が悪事に手を染めていようとも私は彼の味方である自信があった。


 聖地に向けて出発した後、突き止めたサリファの屋敷に真っ先に向かった。そして今、目の前の扉の向こうには、サリファがいる。


 緊張する。

 だって、私はサリファのことをよく知っているけれど、サリファは私のことを知らないのだ。焦ってはいけない。


 第一印象は大事だと、帝都の服屋の店員が言っていた。これまで服に興味を持つことはなかったので、言われるがままに着飾っているがこれで本当に大丈夫だろうか。


 深呼吸して、覚悟を決める。

 そして、扉が開かれた。


 そこには、人形のように美しい少年がいた。


 夢にまで見たサリファがそこに、いた。


 サリファを見て、固まってしまう。

 ああ、本当にサリファはいるんだ。思わず、涙が浮かんでしまう。


 いけない、礼儀正しくしないと。

 第一印象は大事なのだから。


「突然の訪問をお許しください。わたくし、ティアロラと申します」


 上手くできただろうか。

 声は、震えてしまったように思う。


 少し間があって、サリファが話し出す。


「……サリファ=グライエンツと申します。本日は……」

 

 ああ、サリファサリファサリファ……!!!!

 もうダメだ抑えきれない……!!!


「サリファ……!!会いたかった……!!」


 礼儀などなく、抱きついてしまう。

 涙はとめどなく溢れていた。


 突然のことに硬直するサリファ。

 ごめんなさい。初対面の人に抱きつかれたら驚くのも当然だ。でも、私はもう自分を抑えきれない。


 小さな、小さな声で呟く。


 私は、サリファのことを。

 


「……愛してる」


 


 

 神の教えに感銘を受け、人々の救済のために立ち上がる少女はもういない。


 遍く人々に平等に与えられるはずだったその大きすぎる愛は、今はただ一人の少年に注がれる。



 

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