第10話 変転するプロローグ


 洞窟の中で少し眠った後、暗闇をサリファと共に進んでいた。敵の援軍に遭遇しないよう、慎重に山の中を歩く。


 しかし、追手は私たちを簡単に逃してはくれなかった。

 

「逃げられると、思ったのかぁ??」


 開けた場所に出たところで、男の声がかかる。


 すでにサリファは戦闘態勢に入っていた。


「黒の奴らをぶっ殺しまくったのはお前かぁ? ……なんだよまだガキじゃねぇか。黒はほんと使えねぇなぁ」


 月明かりに照らされたその男は、濃い青の装束を見に纏っていた。黒というのは、黒装束のことだろうか。だとすると、間違いなく敵だ。


「さてさて可哀想な聖女サマと、それを守る騎士サマ? 大人しく殺されてくれやぁ……!!」


「……断る」


 青装束がサリファに襲いかかる。

 その速度は、黒装束とは段違いだった。


「ああ? これに反応すんのかよ」


 しかし、サリファは難なく対処できているように見える。そこから青装束の猛攻が続いたが、サリファはその全てを華麗に捌き、美しい剣技と魔術で反撃までしていた。


 私は邪魔にならないように見守ることしかできない。いつ黒装束が現れるかわからないため、周囲を警戒してはいたが。


 どれくらいの攻防が続いただろう。

 気づけば青装束は傷だらけになり、サリファの方は無傷。サリファの力は圧倒的だった。


「オイオイオイオイ強すぎんだろテメェ!!この俺が軽くあしらわれるだと!? 青のこの俺が!?」


 青装束は明らかに苛立っている。


「これは、しゃーねぇよなぁ?? 使うなって言われてるが、非常事態だし……」


「はーい、そこまでー」


 突然背後から女の声。


 全く気付かぬうちに、私は捕えられていた。


「そんな……!?」


 戦闘中ずっと、気を張り詰めていた。

 サリファの足を引っ張らないように。もう二度と、人質となってしまわないように。それなのに。


「うーん、まあ素人のお嬢さんを捕まえるくらいは簡単なのよってこと」


 この女も、青装束。どうにか逃れようと踠くが、少しも動かない。口を押さえられ、喋ることもできない。


「テメェ、邪魔すんじゃねぇよ!いいとこだったろうが!!」


「嘘おっしゃい。ボロボロじゃなーい」


「それはオメェこれから俺が……」


「それ使ったって坊やには勝てないことくらいわかってるでしょうに。変な意地張らないの。お仕事優先よ」

 

「……チッ。しゃーねぇか」


 青装束の男は不貞腐れたように座ってしまった。

 もう戦う気はなさそうに見える。


「はい、じゃあそこの坊やは剣を捨ててね? あ、魔術を使おうとしてもわかるから、妙な真似はしないことね」


 サリファが剣を捨てた。

 ああ、そんな。また私のせいで……。


「はい、死んでねー」


「ん゙ん゙ーーーーーー!!!」


 どこからともなく現れた黒装束によって、サリファが刺し殺された。呆気なく。


「まったく、あの坊やは厄介だったわねぇ。それじゃ、お嬢さんもバイバーイ」


 私もまた、すぐに刺し殺された。




 

「……おやすみ、ティアロラ」


 あれから、二十八回も青装束に殺された。

 

 原因は、私だ。

 サリファだけなら青装束にも問題なく勝てている。何度か二人の青装束を相手にした時があったが、その時も互角以上に戦えていた。


 だけど、青装束はいるのだ。

 

 どんなに私が気をつけていても、捕まってしまってサリファが無力化されてしまう。もしくは、私に攻撃が集中し、それを庇ったサリファが死んでしまう。


 私のせいで、サリファが死んでいく。

 その場面を見るたびに、心が悲鳴をあげていた。


「……眠れないの?」


 ああ、サリファに心配をかけてしまった。

 どうして、私はこうなんだろう。


「サリファ様……」


「……様は、いらないよ。同い年くらいだろう?」


「え? その、おいくつなんですか?」


「……十歳」


「えぇ!?」


 私と同い年だった。

 てっきり、五歳くらいは上だと思っていた。


「え、ええと、では、サリファと呼んでもいいですか?」


「……うん、そうして」


 こんな状況だが、なんだか距離が近くなったようで嬉しい。でも、同い年か。それで、あれだけの強さだなんて。


「サリファは、どうやってそこまで強くなったのですか?」


「……守りたくて、頑張ったんだ」


 守りたくて。

 それは、もしかして私のことだろうかと考えてしまう。だが、流石にそんなことは恥ずかしくて聞けない。そもそも、なぜ助けてくれるかも聞けていないのに。


「そう、ですか……」


 同い年のサリファが、頑張ってあの強さを身につけている。ならば、私は今まで何をしていたのだろうか。もっと、やれることがあったのではないだろうか。


 どんどんと、自分のことが嫌になってくる。

 私がもっと頑張っていれば、サリファが死ぬことなんてなかったのに。


「……ティアロラ」


 俯く私に、サリファの優しい声がかけられる。


 顔を上げると、目の前には氷で作られた綺麗な薔薇の花が一輪。


「……ティアロラは、頑張ってるよ。元気を出して?」


 そっと、氷の薔薇が差し出される。

 受け取ったその瞬間に、涙が溢れた。


「ありがとう、ございます。とても、綺麗……」


 ああ、なんて、なんて……。


「温かい……」


 サリファの言葉は、私に勇気をくれる。

 私はまだ、前に進める。


「……氷だから、冷たいよ?」


「ふふっ、そうですね」


 ああ、おかしい。

 悩んだって仕方がないのに。サリファと比べても、意味がないのに。


 私は私で、ここから頑張るしかないのだから。


「サリファ、一つ聞いてもいいですか?」


「……なに?」


 深呼吸する。

 これを聞いたら、後悔するかもしれない。でも、聞きたいことは、聞けるうちに聞いておこう。


「どうして、私を助けてくれるのですか?」


 サリファの綺麗な瞳を見つめる。

 どんな答えだろうと、私は前に進むと決めた。でも、やっぱり気になるから聞いておきたかった。


「……それは」


 ほとんど表情が動くことのない綺麗な顔が、薄く微笑んだ。

 


「……大好きだからだよ」



 そ、それは破壊力が強すぎるッッッッ!!!


 顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 ああ、もうダメだ。とっくにわかっていたし、気づいていた。


 絶望の中、唯一私を守ってくれた。

 どんなことが起こっても私を見捨てず、信じてくれた。


 私に温もりを与えてくれた。

 サリファから貰った言葉は、全て覚えている。


 もう、私はサリファなしでは生きられない。


 だって、サリファのことを愛してしまったのだから。


 

 

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