第9話 錯綜するプロローグ


「……助けにきたよ、ティアロラ」


 再びその声を聞くことができて、涙が出そうになる。だが、堪えた。全ては、この窮地を脱してからだ。


 前回と同じように、手を引かれて馬車を出る。


「あの……」


 この状況で聞くべきことではないのかもしれない。でも、後悔はしたくない。次も会えるとは限らないのだから。


「お名前を聞いてもよろしいですか?」


 ああ、鼓動が速くなっているのがわかる。

 なぜ、こんなにも緊張しているのだろう。


「……サリファ」


「サリファ様、ですか」


 サリファ、サリファ。美しい名前だ。

 この先ずっと、絶対に忘れることはない。


 ずっとその手を握っていたいが、そんなわけにもいかない。護衛のことを、小声でサリファに伝える。


「サリファ様、よく聞いてください。生き残っている護衛は、全て敵です」


「……そうなの?」


 サリファは驚いていた。

 表情は動いていないので、わかりにくいが。


「私を、信じていただけないでしょうか」


 サリファにとって、私は初対面だ。

 子供の言うことを信じてもらえるだろうか。


「……もちろん、信じるよ。不意を突いて、全滅させる」


 あっさりと、信じてくれた。

 安堵すると同時に、嬉しさが込み上げてくる。


 その後の展開は、圧巻だった。

 敵が勘付く前に氷の魔術で拘束し、一瞬で敵は全滅してしまったのだ。


「ひ、ひぃ!!」


 父親が腰を抜かしているがどうでもいい。

 あとは、黒装束をどうにかしなければならないが。


「黒装束の敵が、まだおります。それに、増援も……」


 まだまだ、脅威は去っていない。


「……うん。僕が、ティアロラを守るよ」


 その言葉に、鼓動がまた速くなる。

 私の体は、どうしてしまったんだろう。


「お、おい!お前!護衛を殺すとは何事だ!?」


 父親が、腰が引けたまま虚勢を張っている。

 こんなに強いサリファを前にして、よくもあんな態度がとれるものだ。


「……それは、敵だよ」


「帝国の護衛が、敵なわけがあるか!!お前は、何がしたいんだ……!!」


「……僕は、ティアロラを守りたいだけだよ」


「なんだと……!?」


「……言い合ってる時間はない。増援が来る前に、ここを離れるよ」


 サリファが私の手を引いて、歩き出す。


「お、お待ちください……!!」


 馬車から降りてきた後妻が、サリファを呼び止めた。子供たちも怯えながらついてきている。


「わたくしたちも、お連れください……!!」


「ギリアナ、なにを……!?」


「あなたは黙ってください!!」


 後妻が、こちらに向かって頭を下げる。


「この男の無礼は謝罪いたします。どうか、わたくしと子供たちのことも守っていただけないでしょうか……」


「……どうする?」


 サリファが私に問いかけてくる。

 本音を言えば、置いていきたい。問題は、それをサリファがどう思うかだ。


「負担となるのではありませんか?」


「……それはそうだけど」


 ならば、断るとしようか。

 私がどう見えるかよりも、サリファの方が大事だ。


「と、共に行くだけでもよいのです!わたくしは、この辺りの地理もわかりませんので……!!」


 断られそうな気配を察したのか、後妻が必死になって訴えかけてくる。どう断れば諦めてくれるだろうか。このままだと勝手についてきそうだ。


「……僕なら、大丈夫だよ」


 悩む私のことを見て勘違いしたのか、サリファがそう言ってくれる。勝手について来られる方が迷惑になるかもしれないから、近くで監視しておいた方がいいかもしれない。


「わかりました。ついてくるだけですよ」


「ありがとうございます……!!」


 大袈裟に後妻が頭を下げている。

 それを見た父親が慌てて追随してきた。


「わ、私も頼む!連れて行ってくれ!!」


 そう言って、こちらにドタドタと近寄ってくる。

 私の方までやってきて、そして……。



 私の体を拘束し、首筋にナイフを当ててきた。




「なっ……!?」


 父親の行動に驚愕する。

 なぜ、今このようなことを……!?


「剣を置けガキがっ……!!」


「あなた!!何をしているのです!?」


 後妻が悲鳴をあげている。

 

「うるさいうるさい!!どいつもこいつも馬鹿にしおって……!!」


「……落ち着いて」


「黙れガキ!!こいつが大事なんだろう!? 早く剣を置け!!」


 父親の言葉を受け、サリファがゆっくりと剣を置く。


「こんなことになったのも、全部全部この聖女サマのせいだろう!? こいつを差し出せば、助けてもらえるはずだ!!」


「……あなたも、殺されるだけだよ」


「うるさい黙れ!お前に何が……」


「……〈氷の棺アイス・コフィン〉」

 

 瞬時に、父親が氷に包まれる。

 拘束されていた私には影響が出ないように調整されていた。


 だが、これは致命的な隙だった。


 この瞬間を狙っていたのか、黒装束が私とサリファに殺到する。


「……ティアロラ!!」


 それは、またしても起こってしまった。

 サリファが全ての刃をその身で受け、私を庇ったのだ。


「サリファ様……!!」


 また、まただ。

 また私のせいでサリファが死んでしまう……!!


「……ティアロラ、生きて」


 同じ言葉を残して、サリファは力尽きた。

 ああ、ああ、どうして、どうして。


 私は父親を少しでも信じてしまったんだ……。


 黒装束の刃が私を貫き、殺された。




 

 


「……助けにきたよ、ティアロラ」


 いつも通りに時間が戻り、父親を見た瞬間に怒りでどうにかなりそうだった。だが、耐えた。もう一度、サリファに会うために。


 ここからは、サリファ以外は誰も信じない。

 サリファと私が生き残ればそれでいい。


 前回と同様に護衛が敵であることを伝え、サリファに倒してもらった。その後、喚く父親と後妻を振り切り、二人で山道を進む。


「どこに向かうのですか?」


 サリファとならば、どこだって構わない。


「……増援をやり過ごす。流石に数が多い」


 サリファならば、どうとでもなるだろう。

 私が、いなければ。


「どこかに隠れるのですか?」


「……そうだね。この先に洞窟がある。そこで一旦休もう」


 私のことを気遣ってくれていることがわかる。

 サリファといると、とても安心してしまう。


 ほどなくして、小さな洞窟に辿り着いた。


「……ここで夜になるまで休もう。暗くなったら、出発するよ」


「わかりました」


 地面に座ると、緊張の糸が切れたのか力が抜けてしまった。


「……おやすみ、ティアロラ」


 優しいその言葉に甘えて、横になり目を閉じる。


「ありがとうございます、サリファ様」


 野外で眠ることなど初めてだった。

 だけど、かつてないほど安心して眠りにつくことができた。


 

 

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