第8話 動き出すプロローグ
「……助けにきたよ、ティアロラ」
あまりの衝撃に、何も言えなくなってしまった。ただ、その美しい少年から目が離せない。ついに、私の頭はおかしくなって、幻覚でも見始めたのだろうか。
「だからなんなんだお前は!? 外はどうなっている!襲撃とやらはどうにかなったのか!?」
「……襲撃は、撃退しました。でも、増援が来るから逃げないと」
そう言って、少年がこちらに近づいてくる。
へたり込む私の前で屈み、こちらに目線を合わせた。
「……立てる? 早く逃げよう」
こちらに差し出された手を、思わず掴む。
これは、幻覚ではないの?
「おい!話を聞いているのか!? ……ええい、話にならん!護衛はどうしているのだ!」
そう言って、父親が馬車から出ていくのが視界の端で見えた。目線はずっと、少年から離さない。
目を離したら、消えてしまうんじゃないかと思って。
「……さあ、行こうか」
手を引かれ、馬車の外へ出る。
そこには、生き残った護衛が集められていた。
「状況を説明しろ!」
父親が護衛に向かって叫んでいる。
襲撃の間なにもできなかったのに、どうしてこうも偉そうにできるのだろうか。
「はっ!そこの少年の加勢により、襲撃者の撃退に成功しました!」
「あの少年の、おかげだと……?」
父親が少年の方を向いたようだ。
「あんな子供に助けられたというのか!? お前たちは精鋭だろう!」
「襲撃者の数は多く、手練れが何人もおりました。地の利もとられ、我々は劣勢を強いられまして……」
「言い訳などよいわ!それで、敵の増援が来るのか!?」
やり取りは続いている。
そんなことは意に介さず、少年はここから離れようとしていた。
「……さ、はやく」
「おい!どこに行こうというんだ!貴様、聖女を攫いに来たのか!?」
父親が制止してきた。
流石の少年も、立ち止まる。私も、少年から目を離してそちらを見た。手は、しっかりと握っている。
「……ここは危険です。逃げないと」
「護衛のいるここの方が安全に決まっておろうが!それに、素性も知れぬ子供に聖女を任せられるか!」
護衛を伴って、父親が近づいてくる。
「大体貴様は……!!」
その時、詰め寄ってくる父親の首が飛んだ。
「えっ……??」
呆気に取られているうちに、護衛が剣を抜いて私に向かってくる。どういうこと? 護衛も、敵だったというの……??
「……離れないで」
そう言って少年が剣を構える。
「……〈
「魔術師か……!!」
数人の護衛の足が凍りついている。
この少年は、魔術も使えるのか。
「チッ!邪魔ばかりしおって……!!散開しろ!聖女を殺せ!!」
護衛は私たちを囲むように展開し、詰め寄ってくる。人数差がありすぎるし、私という足枷がある状態では明らかに少年が不利だ。
「……〈
少年が唱えると、周囲に無数の氷の槍が浮かんだ。そして、その槍が敵に向かって放たれる。
「第三階梯だと……!? 子供だと侮るな!相当の手練れだ!!」
敵に緊張が走るのが見てとれる。
子供が第三階梯魔術を使えるだけでも驚きなのに、実戦で通用するレベルで扱えるなど天才の領域だ。
近づく敵は剣で捌き、遠くの敵は魔術で牽制している。その剣技は舞うように美しく、氷の魔術はキラキラと煌めき幻想的だ。ここが戦場であることも忘れ、その姿に見惚れてしまう。
「厄介な……!!」
敵の数は着実に減っていた。
この人数差を覆し、圧倒している。この少年の強さは、異常だった。
気づけば、敵は一人になっていた。
「なんなんだ、貴様は……」
最後の一人の目には、怯えの色が見えている。それもそうだろう。あれだけいた味方が、一人の少年に打ち倒されたのだから。
「うぉぉぉぉおおおお……!!!」
最後の一人が特攻を仕掛けきた。
もはや、少年が負ける姿は想像できない。
「……ティアロラ!!!」
突然、少年が私の方を向いた。
その瞳に映るのは、いつの間にか私の背後にいた黒装束の男。
「……ぐっ」
驚きに目を見開き、体が硬直してしまった。
そして……。ああ、そんな……!?
少年は私を庇い、複数の刃に貫かれていた。
「……がぁ!!!!」
少年が命を振り絞るように吠えた。
私を抱きしめたまま、周りの敵を切り裂く。
「……ぐ、ぁっ」
少年が体勢を崩し、血を吐いた。
私が……私のせいで……!!
黒装束の男も仕留め、周囲に敵はいなくなっていた。少年を横たえ、傷口を見る。
なんて、ひどい……。
「す、すぐに手当を……!!」
手遅れかもしれないが、動かずにはいられない。だが、その場を離れようとした私の手を、少年が優しく包んだ。
「……もう、手遅れだよ」
「まだ、まだ間に合うかも……!!」
涙が溢れる。
この世界で唯一私を助けようとしてくれた人が、死んでしまう。
それも、私のせいで。
「……泣かないで、ティアロラ」
力のない少年の指が、流れる涙をぬぐってくれた。
「……上手く助けられなくて、ごめんね」
「そんな、そんなこと、ありません……!!」
私が、どれだけ嬉しかったか。
貴方にわかるわけがない。
「……生きて、ティアロラ」
少年の声が、どんどんと弱々しくなっていく。
「……ティロラなら、できるよ」
その言葉を最後に、少年は完全に力を失った。
死んで、しまった。
「う、あああああああああ……!!!!!!」
私を救おうとしてくれた少年の亡骸を抱きしめ、泣き叫ぶ。いつの間にか世界に色が戻り、失ったと思っていた感情が溢れ出す。
生きる。
少年は、私にできると言った。
ならば、生きなければならない。
気づけば、黒装束の男に囲まれている。
今回は、ここで殺されるのだろう。
だが、諦めはしない。
例えこの少年が現れることが一回限りの奇跡だったとしても、もう諦めない。
絶対に、諦めない。
「……負けません」
ああ、でも。
もし、もしまた会えるのならば。
名前くらいは、教えてもらおう。
黒装束の刃が、ティアロラを貫いた。
「国境が近づいてきたな」
「ええ、そうねぇ」
いつも通り、時間が戻る。
そして……。
「……助けにきたよ、ティアロラ」
美しい少年は、再び私を救いに現れた。
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