第7話 繰り返されるプロローグ
「国境が近づいてきたな」
「ええ、そうねぇ」
もう、何度この会話を聞いただろう。
何故かはわからない。何もわからない。
だけど、その現象は確実に起こっていた。
ティアロラが死ぬたびに、時間が戻っている。
最初は、理解できずに混乱した。
あれは、馬車の中で微睡んでいるときに見た悪夢なのではないかと、半ば強引に自分を納得させた。
襲撃が再び起こったときに、悪夢ではなかったと悟った。ティアロラにとっては、悪夢であることに変わりはないように思えたが。
何もできず、前回と何も変わらずに、同じことを繰り返し、ティアロラは刺し殺された。その痛みも、悍ましい死の感覚も、なんら変わることなく。
「国境が近づいてきたな」
「ええ、そうねぇ」
時間が戻っていることを理解して、生きるために足掻き始めたのは三回目からだった。この時はまだ、死にたくないと思っていた。あの感覚は、二度と味わいたくないと思っていた。
まずは、ダメ元で父親に襲撃があると話してみた。案の定信じてもらえず、流されてしまった。何もできずに、殺された。
次に、護衛の人に襲撃のことを伝えた。これも、子供の言うことだと笑って流された。同じように、殺された。
聖女の言うことなら聞いてくれるのかと思って、聖女の力で襲撃を予知したと言ってみた。少しは話を聞いてくれたが、我々に任せてくださいと言われて終わった。何も変わらず、殺された。
時間が戻っていることをどうにか説明しようともしたが、どうやっても伝えられなかった。なすすべなく、殺された。
それならば逃げ出してしまおうと考えて、馬車をどうにか止めさせて逃げ出した。護衛にすぐに捕まって、連れ戻された。結局、殺された。
何度も何度も何度も連れ戻されて、やっと逃げ出せる方法を見つけた。どこからともなく黒装束の襲撃者が現れて、殺された。
何度も何度も何度も何度も逃げる場所を変えてみた。どこにでも黒装束の襲撃者が現れて、殺された。
襲撃の混乱に合わせて逃げ出したりもした。これが一番長く生きられたと思うが、見つかって殺された。
どうせ死ぬならと、襲撃者に反撃を試みた。子供の力で敵う相手ではなく、殺された。
その後も思いつく限りのことを試し、殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて……殺された。もう何度殺されたことだろう。数えることなど、とうの昔にやめてしまった。
女神がいるというのなら、どうして助けてくれないのだろうか。それとも、これが聖女になるための試練だとでもいうのだろうか。
もう、なんの気力も湧いてこない。
壊れかけていることが、自分でもわかる。少し前から、色が失われ、灰色の世界で孤独に死を繰り返している。ただ、殺されるために馬車に揺られていた。
どうすれば、終わるのだろうか。
最近はそればかり考えている。生き残らなければ終わらないというのなら、もう無理なのかもしれない。
馬車が山間の道に入っていく。
ここまでも、ここからも、いつもと同じ。襲撃されて、護衛は死んで、馬車の中で殺される。剣で刺される痛みも、あの悍ましい死の感覚も、慣れてしまった。痛いことは痛いし、怖いことは怖いが、もはや感覚が麻痺してしまっている。
馬車が止まり、護衛が去っていく。
もうすぐ襲撃が始まるが、動こうとも思わない。もはや何をしても無駄だと、諦めてしまった。
何が、駄目だったのだろう。
何を、間違えてしまったのだろう。
自分に原因があるのなら、教えてほしい。
次の人生を願ってしまったのが駄目だったのか。
愛されたいと願ったことが間違いだったのか。
もう、何もわからない。
自分にできることなど、何もない。
誰か、誰か、誰か、誰か、誰か……。
「たすけて……」
無意識に、呟いた。
周囲は静かになっていた。
戦闘が終わったのだろう。
いつも通り、馬車に近づく音がする。
いつも通り、また殺されるのだ。
目を閉じて、その時を待つ。
この世界に、もう見たいものなどなかった。
いつも通り、扉が開かれる。
いつも通りの……。
「誰だ!? お前は!」
いつも通り、じゃない……??
いつも通りなら、父親はもう斬り殺されている。何が、起こっているの?
そっと、目を開ける。
そこには、人形のように美しい少年がいた。
灰色の世界で唯一鮮やかな色彩を放つその少年は、こちらを見つめて口を開く。
「……助けにきたよ、ティアロラ」
ティアロラの世界が、動き始める。
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