第6話 始まりのプロローグ


 ティアロラはオルブレイム帝国男爵家の長女として生まれた。


 母親はティアロラを産んでしばらくすると亡くなってしまった。父親はすぐに後妻を迎え、すぐに一男一女の子供をもうける。ここから、ティアロラの辛い生活が始まった。


 後妻はあからさまに自分の子供たちを優遇し、ティアロラには殊更強く当たった。父親は貴族としての見栄を張りたいだけの男であり、ティアロラのことを気にすることなどない。年齢のわりに聡明であったティアロラは、前妻との子供など邪魔なだけだろうということは理解し、ただひたすらに耐えるとういうことを選択した。いつか、この状況から救い出してくれる人が現れると信じて。


 そうして、使用人同然の扱いを受けたまま数年が過ぎたころ。ティアロラの人生を変える転機が訪れた。

 


 シャイローニュ聖教から、ティアロラが今代三人目の聖女であるという神託が下ったという発表があったのだ。


 その発表から、ティアロラの周囲は一変する。


 世界の宝ともいえる聖女を冷遇してきたという醜聞が漏れることを恐れた父親は、これまでの態度が嘘であったかのようにティアロラのことを丁重に扱い始めたのだ。これまでの行いを咎められた後妻とその子供たちは、ティアロラから遠ざけられた。あまりの変わりように、ティアロラはむしろ辟易する。一刻も早くこんな家とは離れたかったが、聖地シャイラに向かうには準備が必要となる。聖女として正式に認定されれば男爵家とも縁が切れるので、それまでの辛抱だった。ここまで耐えてきたことに比べれば、なんてことはない。


 ……


 そして、ついに聖地へと向かう日がやってきた。


 馬車に乗り込み、生まれ育った男爵邸を出発する。なぜか父親と後妻、そしてその子供たちまで一緒に向かうようだ。聖教に家族仲が良好であることをアピールしようという浅はかな父親の考えが透けて見える。後妻の方は取り繕った笑みを浮かべているが、二人の子供は憎々しげな目でティアロラを見ていることに気づいているのだろうか。


「国境が近づいてきたな」


「ええ、そうねぇ」


 父親と後妻が、中身のない会話をしているのが聞こえる。帝国中央から派遣された護衛に対して仲の良い家族を演じようとしているのだろう。実際は、ティアロラが聖女だと判明したときに父親は後妻を叱り飛ばし、それに納得のいかない後妻は激怒した。まあ、それはそうだろう。今まで関心がなかったというのに、全ての責任を被せてきたのだから。それ以降、二人が会話しているところを見たことはない。


 白々しい会話を聞いていたくもないので、窓の外を眺める。冬が近づき、だんだんと寒くなってきていることが見てとれた。これで帝国の景色も見納めなのに、名残惜しい気持ちは欠片もなかった。もう二度と、帝国の地に足を踏み入れることはないだろう。


 少しして、国境を越えるために山間の道に入った。国境を越えたとしても聖地までの道のりは長く、国を二つほど通過しなくてはならない。こんな旅がまだまだ続くと思うと、憂鬱な気分になってくる。


 

 沈んだ気持ちでいると、急に馬車が止まった。



「なにごとだ?」


 父親が、窓を開けて護衛に問いかける。

 護衛は困惑している様子だ。


「それが、倒木が道を塞いでおりまして……」


「さっさとどけんか!聖女の到着を遅らせるわけにはいかんのだぞ!?」


 父親が護衛を怒鳴りつける。

 護衛は慌てた様子で去っていった。



「敵襲ーーーーーーーー!!!!!!」



 馬車で待機していると、突然大声が響いた。

 にわかに周囲が騒がしくなり、雄叫びや喚く声が聞こえてくる。


「なんだ!? なにが起こっている!?」


「待ち伏せです!我々は現在、襲撃を受けています!」


 そう叫んだ護衛は、すぐさまどこかに向かっていった。


「襲撃だと……?」


 襲撃と聞いて、体が震える。

 馬車の外では怒号が飛び交い、呻き声や叫び声が響いている。どうして、こんなことになっているのか。


(私を、狙って……?)


 その事実に、震えが増す。

 聖女を運ぶ馬車を襲うのだから、当然そうだろう。だが、帝国中央から派遣された護衛は多く、質も高い。負けることなどないと、思う。


 父親はイライラと膝を揺すり、後妻は子供たちをあやしていた。ティアロラを気にかける者はいない。


 ……


 やがて、周囲の戦闘音が収まっていき、静かになった。終わったのだろうか? 馬車に近づいてくる物音が聞こえる。


 ガンッ


 馬車の扉が蹴破られた。

 現れたのは、黒装束に身を包んだ見慣れぬ者たち。その手には、血塗られた剣を携えていた。


 後妻の子供たちが驚いて泣き叫ぶ。

 父親は足を震わせながらも立ち上がった。


「貴様らっ、この私を誰だと……」


 言い終わらぬうちに、斬り殺された。

 あまりにも、呆気なく。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」


 後妻が絶叫する。

 子供たちも泣き叫んでいた。


「うるせぇよ」


 後妻があっさりと斬り殺される。

 これは、本当に現実なのだろうか。

 

 ティアロラは声も出せぬほど怯え、硬直していた。


「おい、ガキが三人いるぞ。どれだ?」

「あ? 知らねぇよ全部殺せば一緒だろうよ」

「ま、そりゃそうだ」


 殺される。

 ああ、殺されるんだ。


 まず初めに、泣き喚く義弟が斬り殺された。


 その次に、逃げ出そうとした義妹が刺し殺された。


 最後は、自分だ。


「まあ、年齢的にもこいつが聖女サマだろうよ」

「はー、綺麗な顔してんのに勿体無いねぇ」


 男たちが近づいてくる。

 もう、逃げることなど諦めてしまった。


 男が剣を振りかぶる。


(誰か……助けて……)


 



 




 願いも虚しく、ティアロラの体に剣が突き刺さる。


「……く、ぁあ」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 体から、とめどなく血が流れ出ていくのがわかる。もう、すぐに死んでしまうのか。こんなところで、終わってしまうのか。


 何もない、人生だったな。

 これから、自由な生活が待っていると思ったのに。


 良いことなんて、一つもなかったな。

 誰にも愛されず、誰を愛することもなく、無意味に死んでいくんだな。



 ああ、意識が遠のいていく。

 次の人生がもしあるならば、もっと……。

 








 



「国境が近づいてきたな」


「ええ、そうねぇ」


 気づくと、馬車の中にいた。


「……え?」



 ティアロラにとっての、地獄が始まった。

 

 

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