第3話 襲撃 下

 短くも激しい戦いが終わりを告げた時、礼拝堂に残っていたのは私――リズ・エマールと従者のクレアだけでした。

 眼前に広がるのは凄惨な光景。

 『七家』序列一位、マネ家が誇る傭兵達――通称『戦狐せんこ旅団』の面々は冷たい床に斃れ、ピクリとも動きません。

 逃げようとした傭兵は一人としておらず、魔銃を持ったまま全員が前のめりで絶命しています。


「…………」


 血腥い臭いが鼻をつき、私は思わず顔を顰めました。

 ステンドグラスを喪った窓から小鳥が入り込み、クレアが持つ杖の先端に止まり、消えます。

 今は亡きルイと共に、幼い頃から私を守ってくれているクレアが小さく嘆息し、教振り返りました。


「姫様、二階及び三階に侵入していた賊も、全員排除されたようです。『伝達だけ阻害してくれ。そうしたら、俺が全員斬る』。最初言われた時は、腹も立ちましたが…あの男、腕は確かですね」

「……そう」


 ギュッ、と左手を握りしめ心臓に押し付けます。

 手を下したのは白髪のサムライ――エマール家の家祖が遺した『鬼札』。

 未だ謎多き、月見里八郎秋家やまなしはちろうあきいえだとしても、命令を発したのは私の意思なのです。

 

 探知や阻害に長けるクレアと近接戦闘に長けるシロさん。


 その二人を組み合わせ、私自身を『囮』としてマネ家の戦力を誘引する……。

 策は確かに成功し、『花姫』は仄暗い裏仕事をこなしていた傭兵団を喪いました。以後、このような襲撃を受けることもなくなるでしょう。

 序列最下位の私と違い、あの子は一位。

 一度の敗北の重みが違います。他の姫達に侮られるのは避けたい、そう関上げる筈です。

 ですが、余りにも、余りにもっ。


「姫様?」


 私は意を決して歩を進め、血塗れの壮年傭兵の傍にしゃがみ込み、片手で眼を閉じました。

 ……ごめんなさい。許してください、とは言いません。

 でも、私は決めたんです。


 トレニアの『女王』になり、この『継承戦』を終わらせると。


 立ち上がると冷たい夜風が吹き抜け、私の長い黒髪を靡かせました。

 目を細め、星空を見つめ呟きます。


「――シロさんは、『戦狐』追いつけた頃でしょうか」


※※※


 身体強化魔法を全開にし、森林の中をひたすらに駆ける。

 五十路の近い身体は悲鳴を上げるが、構ってはいられない。


 とにかく今はエマール家の領域外へ!


 女王により継承戦が布告されて以降、各家は警戒の度を強めている。

 あのサムライならばそれでも追って来るかもしれないが……『烏姫』は違う。

 序列最下位の姫、そこに列する者が他家の領土で派手な行動をすれば嫌でも目立つ。

 無論……今夜の敗北は『戦狐』ローガン・ピワソの名を地に墜とすだろう。傭兵団の再建も何年がかりになるか分からない。

 だが、それでもっ! それでもだっ!!!


 屋敷へ残った馬鹿野郎共の為に、俺は死ねないのだっ!


 荒く息を吐きながら、鬱蒼とした森林を抜け、名も無き丘へ。

 此処さえ越えれば――……。


「よぉ、遅かったな。待ちくたびれたぜ」


 月光の降り注ぐ岩に、紅の鞘を抱えて腰かけ気安く声をかけてきたのは白髪の少年だった。

 ああ、そうか。そういうことかよ、くそったれがっ。

 魔銃を左肩に載せ、吐き捨てる。


「……どういう速さをしてやがるんだ。俺は最短の路を選んだつもりだが?」

「悪いな。俺は多少なら天を駆けられるんだ。コツは、そこに『段』があると思い込むこと。今度、試してみてくれ」

「……はんっ。ご丁寧にどーも」


 どうやら、俺は此処で死ぬようだ。

 かつて『死体流し』等と蔑まれたもんだが、まさかこんな場所とはなぁ。

 懐に手を伸ばし煙草を取り出す。


「一服させてもらうぜ。今晩は色々な事が起き過ぎた」


 白服の少年は鷹揚に両手を掲げた。

 炎魔法で火を点け――煙を吐き出すと、上空で小鳥の形へ変わっていく。少なくとも情報は姫さんへ届けけねぇと。

 岩から降り、サムライは紅の鞘を帯へ差し直す。改めて見ると、首に白のチョーカーを巻いているのが分かった。


「ああ――魔法生物による、主への伝達か? もっと堂々とやってくれて構わないぜ。昔も今も、雇われの身は大変だよな」

「……ちっ」


 全部バレていやがる。

 こいつは本当に何者なんだ? 容姿と技量がまるで合っていやがらねぇ。

 煙草を捨て、踏みしめる。


「言っとくが……俺達に勝ったくらいで、『花姫』様に勝てるなんぞ、思わないことだ。『白騎士』殿と『黒茨こくし』殿は、女王国内でも屈指の方々だ。てめぇなんぞじゃ勝てねぇよ」

「応っ! そいつ等がお前さん達よりも強いのなら、願ってもない」


 白髪のサムライは双眸に喜色を湛えた。

 刀の柄に手をかけ、目を細め、


「難戦、死戦、血戦……それらこそ、今世に解き放たれた俺が望むものであり」


 首筋に触れ、チョーカーを外した。

 ――黒羽根状の『鎖』が蠢いている。


「『烏姫』リズ・エマールの望みでもあるんだろうぜ。結果、あいつは女王になり、俺は強い奴等をたくさん斬れる。完璧だな、うんっ!」

「……お前さん、明らかに生きる時代と国を間違っているよ。しかも、だ」


 俺は魔銃を構え直す。

 こいつとの接近戦は『死』を意味する。

 ――と、なれば。


「女王になるのはうちの『花姫』コゼット・マネだっ! 『烏姫』じゃ、ねぇんだよっ!!!!!」 


 そう叫び、引き金を引く。

 残存魔力の三分の一が込められ、威力と速度が増した光弾がサムライを襲う。


「おおっ!」


 少年は瞳を見開き――抜剣。

 信じ難いことに、光弾を真っ二つに斬り、急加速した。

 一気に距離を詰めて来る。

 はんっ! 分かっているんだよっ!! こうなる事はなぁっ!!!

 再び魔銃の引き金を引く。


「同じ真似をしても無駄――ッ」

「くたばりやがれ、侍っ!!!!!」


 二発目の光弾を斬り捨てた少年が、今晩初めて驚きの表情を浮かべた。

 影に隠した三発目の闇弾が、急角度で襲い掛かる。

 体勢的に刀は振るえない。当たる。

 俺が勝利を確信した、正にその瞬間だった。


「――良き」


 白髪の少年の姿掻き消える。

 閃光が走り、耐え難い激痛。


「! ゴフッ……」


 口から鮮血が噴き出し、地面に倒れ込む。

 身体の自由は最早利かず、魔力も尽きた。

 風斬りと刀を鞘へ納める音が一体となる。

 月光の下、異国装束に紅鞘を提げたサムライが、地面に伏した血塗れの俺を見てニヤリ。


「惜しかったな。その手筋も経験済みだ」

「そ、うか、よ……ハハ。ばけもの、が」


 憎まれ口を叩き、目を瞑る。

 ……嗚呼、傭兵稼業の因果とはいえ、くやしい、ぜ。

 急速に闇が近づく。

 俺を呼ぶ野郎共の声がした。


※※※


 手練れの傭兵から命が抜け、魔力が散った。


「…………」


 俺は転がっていた魔銃を手にし、近くの地面へと突き刺す。こうしておけば、姫の手の者の目印にもなるだろう。

 懐から髪飾りに埋め込まれた宝珠を取り出す。


「あーあーあー。聞こえているか?」

『……う・る・さ・いっ! そんなに大声を出さなくても聞こえているわよ』

「おお、すまんすまん。慣れていなくてな」


 同僚の魔法士であるクレアに叱られたので、素直に謝っておく。強き女子はどうも苦手だ。姉を思い出してしまう。

 宝珠の色が変わる。


『シロさん、御無事ですか?』

「無事だ。『戦狐』は中々の強者だったぞっ! 兵等もな。――姫、遺体なのだが」

『丁重に弔います』


 震えは隠しきれないものの、凛とした答えが返ってきた。

 ――悪くない。

 故国を永遠に喪い、大陸へ流れ、時に勝ち、時に敗れて幾星霜。

 今や、我が家名どころ『侍』を知る者も殆ど無き世にあって、身命を賭すに足る主君に出会えたのは幸運なのだろう。いや、間違いなく幸運だ。

 笑みを浮かべ、返答する。


「リズ・エマールの心根に感謝する」

月見里八郎秋家やまなしはちろうあきいえ――早く戻って来なさい。貴方がいるべき場所は、私が死ぬまで私の隣しかないのですから』 

「――了解した、我が主」


 映像宝珠が光を停止。

 目を瞑り、『戦狐』へ手を合わせ――踵を返して、俺は次の戦場へと向かう。

 冷たい血風が、純白の髪を揺らめかせた。

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