第1章
第4話 出会い 上
「クレア様、補充警備兵の候補一覧です!」
「『戦狐』達の埋葬は終了致しました。マネ家からの連絡は特段ございません」
「『白騎士』『黒茨』にも大きな動きはなく、守護の任に就いていると思われます」
「現時点で、他家からの干渉は確認されておりません」
恐るべき『戦狐』達の襲撃を、辛うじて凌いだ翌日。
私――クレア・カヴァリエは、エマール家の本拠地『セーヌ』中央部に位置する屋敷で、朝から膨大な事務作業に忙殺されていた。
紅茶の一杯も飲む時間すら惜しく、ひたすら各書類にペンを走らせる。
目の前の文官や諜報官達は、次期女王に最も近いと世間巷で噂されてきた『花姫』を相手どる、と伝えられてもなお姫様を慕い、エマール家に残ってくれた。
たとえ経験不足だろうとも、私が弱音を吐く訳にはいかない。
姫様を守る為、『白騎士』に立ち向かい雄々しく戦死されたお爺様――ルイ・カヴァリエはもういないのだから。
書類にサインを走らせ『既決箱』へ置く。
「警備兵の候補は目を通しておきます。マネ家の動向には警戒を怠らないよう。必ず再戦を挑んできます。――後の書類は私がやっておきます。貴方達は少しでも休んでください」
『はっ!』
部下達は緊張した面持ちのまま私へ敬礼し、
「……むぅ、やるなぁ」
ソファーを占拠して眠り、寝言を呟く白髪の少年を胡乱気な目つきで見つめた後に執務室を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。
「はぁ……」
私は溜め息を吐き、次いで左手を振った。
バチバチと音を立て、雷刃がソファーへと襲い掛かり――
「ぬぉっ!」
貫く直前で跳ね起きた少年の手刀によって、断ち切られる。あり得ない。
まったく……どういう原理なのよ。
執務机を指で叩き、冷たく微笑む。
「おはよう、サムライ様。良い夢は見られたかしら?」
「――ん? 無論だ!
「…………」
この男は本当にっ!
苛々を抑えきれず、机の引き出しから猫や犬の描かれた缶を取り出す。
蓋を開け、飴玉を口へ放り込む。甘さが広がっていく。
多少冷静になり、わざと丁寧語で話しかける。
「……貴女も少しは手伝ってくれても良いんですよ? 我がエミール家は、常に人手を必要としています」
「はっはっはっ。面白い冗談だな、呪い士! 俺の仕事は姫の前に立ち塞がる者を悉く斬ること。それ以上、それ以下でもないっ!!」
嫌味はまるで通じず、少年はソファーから飛び降りた。
紅基調の異国装束の袖と、紺色のスカートにも似た装束が風をはらむ。
執務机の前へやって来るや、満面の笑みで手を出してくる。
「……何?」
「俺にもくれ。同輩ではないか」
「……嫌よ。この飴は異国の品で、買うのが大変なの」
「むぅ、呪い娘は思ったよりもケチなのだな。――分かった! では、姫に頼んで俺の分も」
風属性の不可視の刃を繰り出すも、完全に見切られ躱された。
だから、どういう原理なのよっ! あと、余裕綽々な顔がむかつくっ!!
私は歯軋りし、執務机へ缶を勢いよく置いた。
ギロリ、と睨みつける。
「……食べ過ぎたら殺すわ」
「感謝する」
威圧に動じず、白髪のサムライは殊勝にも一粒だけ摘まみ、物珍しそうに陽光へ翳した。キラキラと輝く。
おそらく――この少年が生きていた時代には存在しなかった物なのだろう。
姫様によれば、エマール家が勃興する以前に封じられたというし。
「…………」
多少の物悲しさを覚えた私は、窓の外へ視線を移し、空を眺めた。
昨晩、あのような襲撃があったとは思えない良い天気……。ああ、姫様を起こしに行かないと。昼食は何が良いかしら?
飴を口へ放り込み、少年が室内を見回した。
「そう言えば、姫はまだ寝ているのか? ――良しっ! 俺が起こしに行って来るとしようっ!! 忙しい呪い娘は休んでいて良いぞ」
「寝言は、寝てても言わせないっ!」
扉を雷鎖で封じ、収納魔法から杖を取り出し憤然と立ち上がった。
やっぱり、この男は放置出来ないわ。
姫様の安寧は私、クレア・カヴァリエが守ってみせるっ!
少年が真面目な顔になる。
「……いや、寝て言うからこそ寝言なのではいないか?」
「だ・ま・れっ!!!!!」
執務室内に、紫電の嵐が巻き起こった。
※※※
「はぁはぁはぁ……」
私は必死に屋敷地下の薄暗い秘密通路を進んでいきます。
白い寝間着が埃と汗で汚れていきますが、構ってなどいられません。
何とか持ち出せた手の盗聴宝珠が、時折上層階を探索中の声を拾い、状況を教えてくれます。
『いたか?』
『いや、まだ見つけていない』
『急げ! 早くしないと、厄介なクレア・カヴァリエが戻って来るぞっ! 小娘だと侮るな。奴は女王国内でも数少ない『全属性持ち』だ』
『……な、なぁ、でも本当に良いのか? 俺達がしている事って、要は反逆だぜ? エミール本家様への。俺は別に姫様を悪く思ってはいない』
『なら、お前は『継承戦』に巻き込まれて死にたいのか⁉ しかも、相手は『花姫』なんだぞ? ルイ様も戦死された。敵う筈がないっ! 俺達には分家筆頭のドミニク様がついているんだ。とっとと『烏姫』を他の姫様達へ差し出せば、それだけで莫大な恩賞が――』
雑音が一気に増え、聞こえなくりました。妨害魔法でしょう。
全部……ルイが懸念していた通りになってしまったね。
首府で次期トレニア女王を決める『継承戦』へ参戦表明した直後、老騎士が示した懸念を思い出します。姫様、分家を束ねられるドミニク様にどうか御注意下さい。あの御方は、万が一私かクレアが戦場で斃れたならば、すぐにでも裏切りましょう。どうか、御用心を。
「…………」
亡き母から託された古い鍵を握りしめます。
ルイから忠告されていたのに、クレアがいない隙を突かれるなんて……本当に情けない。
でも、だからこそ! まだ死ねない。絶対に死ねない。
こんな所で死んだりしたら、私を逃す為、『白騎士』へ立ち向かったルイに叱られてしまいます。
何より――私は亡き父と、かつて女王にならんとし、敗れた母に誓ったのです。
もし、もしも『継承戦』が私の代で起きたのなら、必ず勝ち抜いてトレニアの女王となり、忌むべき戦いを永久に終わらせる、と。
「――良し」
私は自分を励まし、暗闇の中を再び歩き始めました。
目的は最奥の地下室。
そこで眠っているというエミール家の『禁忌』、その封を解く為に。
烏姫のサムライ 七野りく @yukinagi
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