第2話 襲撃 中
『っ!』
目の前の俺達を歯牙にもかけない、少年の不遜な言い草に、部下達が怒気を立ち昇らせる。
サムライ、なぞという見たことも、聞いたこともない剣士がどれ程凄かろうとも、数を揃えた銃士に勝てやしない。
まして、俺達の持つ連発式魔銃なら猶更だ。
が……この野郎。まるでビビッていやがらねぇ。いったいどういう胆力をして?
吹き込む夜風に長い黒髪を靡かせ、リズ・エマールが左手を心臓に押し付け、少年へ決然と答える。その双眸に宿る光の強さたるやっ!
「私達の前に立ち塞がる全員を。シロさん――貴方の『
「ふむ……二階と三階の連中みたい、にか?」
『!』
整然と並ぶ魔銃の筒先が揺れた。襟の通信宝珠は未だ普通のままだ。
まさか……いや、そんな事はあり得る訳がっ!
俺は心底楽し気な白髪の少年を睨みつける。
「……おい。今の言葉、どういう意味だ?」
「ん? そのままの意味に決まっているだろうが??」
右肩の剣が、ゆっくりと降ろされていく。
漏れ出た魔力で波紋が妖しく明滅し、俺は警戒度を更に上げる。
――剣身が地面スレスレで止まった。
「姫と呪い娘から、あんた等はこの国でも屈指の名の知れた傭兵達だ、と聞いていて、楽しみにしていんだがなぁ……。目的を達する前に略奪を始めているようじゃな。正直言って、がっかりだ」
「どういう、意味だとっ! 聞いているっ!!!!!」
怒号を発し、俺は白髪の少年の足下を三発の魔弾で撃ち抜いた。
引き金さえ引けば、銃身と魔力が保つ限りの速射も可能だ。
隊列を組む部下達も暴発寸前で、杖を構えるクレア・カヴァリエが「姫様っ!」と叫び、小柄な主を必死に自身の背へ隠す。
そんな中でも、シロと呼ばれた剣士が淡々と答える。
「斬ったさ。全員な」
『!?!!!』
声無き動揺が礼拝堂に広がった。
……副長率いる第二班、古参揃いの二十三名が剣士一人相手に全滅した、だと?
あり得ない。此方を混乱させる為の戯言だっ。
不快感も露わに、俺は荒々しく吐き捨てる。
「落ち着け。たかだが一人のガキに第二班の連中がやられるわけがねぇだろうがっ! ハッタリ――」
「だから、お前さん達には」『!』
白髪の少年の姿が掻き消えた。
こいつ、地面スレスレを駆けてっ⁉
咄嗟に自分の持つ魔銃を乱射。
部下達もすぐさま続き、弾幕を形成する。
――が。
「相応に期待しているんだ。頼むぜ? ――俺を楽しませてくれっ!」
光弾を潜り抜けた少年は最前列直前で跳躍するや、後列の部下達に襲い掛かり、長大な刀を振るった。
「がっ!」「なっ⁉」「~~~ガハッ」
数多の戦場を共に駆け、それでも常に生き残ってきた部下達が反応することも出来ず、胸元に仕込んだ胸甲ごと身体を両断させ、自分が死んだことすら気づけず斃れていく。血の雨が降り、俺の頬を濡らした。
白髪の少年が犬歯を剥き出しに、笑む、
「て、てめぇぇっ!!!!!」
左腰に差した予備の魔銃を引き抜き、俺は魔力消耗を無視して全力で速射する。部下達も憤怒の表情で続くも――。
「ど、どうなっていやがるんだっ!?」「こ、こいつっ!」「あ、当たらねぇ」「くそがっ! 速過ぎるっ!!」「畜生、畜生、畜生っ!」
後列を蹂躙した少年は、血塗れの刀を手に礼拝堂内の地面を、壁を、柱を駆ける。どういう身体強化魔法を使っていやがるっ!
「――撃ち方止め」
戦慄を覚えながら、俺は一旦射撃を停止させた。
連発式魔銃は制圧力に優れるが、適度に冷却しなければならない。すぐさま部下達が水の魔石を取り出して砕き、赤く焼けた銃身へかけていく。
烏姫とクレア・カヴァリエは――まだ、礼拝堂内か。良し。
「おっと、それはつれねぇだろう?」
天井を蹴り、白髪の少年が弾痕で穿たれた床へ降り立った。
信じ難いことに、埃すら立たない。
「…………」
俺は歯軋りし、両手の愛銃を握りしめる。
そして、打ち消していた懸念お大きくなっていく。
……副長と第二班は、本当のこの謎の剣士に敗れたのかもしれない。部下達へ手で合図。
その直後、少年と視線が交錯した。
「姫さん達の首を取りたいなら、まずは俺からだ。もう少し遊んでくれよ」
「……ああ、遊んでやるさ。烏姫を討った後で、なっ!!!!!」
腰のベルトから炸裂魔弾を引き抜き、投擲。
部下達も一斉に続く。
とある戦場では、要塞の堡塁に大穴を開けた代物だ。無論、こいつの速度なら躱せるかもしれないが……。
状況を察したのだろう、血相を変えたクレア・カヴァリエが、全力で魔法障壁を張り巡らせる。
「姫様っ! おさがり下さいっ!!」
奴の後方には烏姫達がいるのだ。
こいつが躱せば、俺達の目的は達せられる!
そうすれば、副長達と合流して――
「はぁ」
少年のつまらなそうな溜め息がやけにはっきりと聞こえた。
時の流れが遅くなる感覚。
半弧を描いた刀は輝き、無数の羽根が舞い踊る。
拳大の炸裂魔弾が光を放ち、
『っ!?』
羽根に包まれ、消失した。
唖然とする俺達へ、白髪の少年が苦々しそうに吐き捨てる。
「……おい、傭兵。馬鹿にしてくれるなよ。その程度の玩具、真正面から利く筈もなかろうが? 他に何もないなら、そろそろ斬っていいか??」
『………………』
重い沈黙が満ちた。後方のクレア・カヴァリエも、少年へ怒気混じりの視線を叩きつけている。
同時に俺は、自分の直感が働かなかった訳を悟った。
――目の前の少年にとって、俺達は脅威対象にすらなっていない。
両手の魔銃を握りしめ、必死に思考を巡らしていると、
「野郎共っ! 此処が死に場所だっ!! 魔力が尽きるまで撃ちまくれっ!!!」
『応よっ!!!!!』
最古参の部下が射撃を再開させた。
少年は少しだけ驚き、
「良い」
愉悦を浮かべ、射撃を回避。
戦場を再び駆け始めた。
どういう原理か、何もない空中すら蹴り、少しずつ、少しずつ、前進して来る。
髭面の最古参が俺へ引き攣った笑みを向けた。
「隊長は退いてくだせぇっ! 花姫様の下にいる若い連中を鍛えれば、傭兵団は再建出来ますっ!!」
「なっ! そ、そんなこと出来るわけがっ――」
「行ってくれよ、隊長」「花姫様を女王にするんだろうが?」「俺達は俺達で面倒を見るさ」「あんたと一緒に戦えたこと、悪くなかったぜ」
他の部下達も額に大粒の脂汗を流しながら、訴えてくる。
このまま戦えば、全滅する。
俺は奥歯が軋む程、噛み締め――残りの炸裂魔弾と、連発式魔銃を髭面の最古参へ押し付け、厳命した。
「……分かった、退く。だが、お前等も死ぬなっ。いいな? これは命令だぞっ!」
『応よっ!』
答えを聞くや、俺は身体強化魔法を全開にし、礼拝堂を飛び出した。
射撃音が激しくなり、炸裂魔弾の轟音が背中に当たっても――決して振り返りはしなかった。
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