リムリムリ

@nogisu-miri

第1話 リムリムリ

 祭好町サイコウチョウは、日本のどこかにあるかもしれない町。

 人口は約二万人。歴史ある神社が有名で観光客こそ多いが、住むとなったら不便なことが多いくせに娯楽が少ない町だ。


 そんな町にある祭好総合病院は、診療科目が三十近くある大規模な病院で、予約できるのは二か月ほど先になる。



 しかし、二ヶ月待ってでも受診したい理由があった。


寺内テラウチ 門太モンタさーん。お入りください」


 どこにでも居そうな冴えない若い男が看護師に呼ばれ、二か月待ってようやく心療内科の診察室に入ると、あやしい風貌の医者が言った。


「それで、今日はどうなさいましたか?」


「最近……悪夢にうなされているんです。その悪夢はもう二ヶ月以上続いていて……まともに寝ることも出来ません。食欲も気力も、ありません。それに頭痛や胸の動悸……もしかして……鬱……なのかと思いまして――」


「……なるほどね。最近、精神的に病んでしまう若者が多いんだよね」


 おそらく六十歳は超えているだろう医者は、ふくよかな体型で、白衣を着ていなければ、医者とは思えないような柄のTシャツと色付きサングラスを身に着けていた。


「でも安心して門太さん。君は鬱じゃないよ。――悪魔に取り憑かれている」


「!?……悪魔?……取り憑かれ……えっ、なに?」


「そうだねぇ。悪魔は専門外だから、紹介状書いておきますね」


「悪魔って……何かの冗談ですよね?」


「いやいや、最近流行っているンだよねぇ――悪魔」

 医者は、悪魔の存在が当たり前かのように淡々と答える。



 そんなやり取りに呆然としているうちに、手続きが終わって病院の外に門太は居た。その手には紹介状ともう一枚。看護師が丁寧に描いてくれた地図だった。


 病院の会計時に、今日これから向かっても大丈夫だと教えてもらったのだが、地図の目的地からして嫌な予感がする。


 町外れにある、曰く付きの墓所が、行くべき目的地のようだったからだ。


 憂鬱な気持ちで目的地へと向かうバスに乗り込む。

 出発してからしばらくして、窓の外を見れば、地平線まで続く広大な田んぼ。

 ぽつぽつと古い民家も見えるが、人の気配はまるで無い。


 最寄りのバス停で降り、目的地である墓所まで徒歩で約十三分。

 地図を確認しながら歩く足は重い気がする。


 悪魔とか言うから一時はどうなることかと思ったが、冷静に考えると、お坊さんがきっと厄払いをするかのように除霊をするだけかもしれない。それでこの悪夢を見ることがなくなり、ぐっすり眠ることが出来るのなら、もっと早くに除霊すればよかったと後悔する。


 二か月以上も悩んで、苦しんだ自分が馬鹿みたいだ。


「まさか、こんな所に教会があるなんて……」


 日本では見慣れない墓の形が多いと思ったら、外国人向けの墓所だったらしい。

 だから寺じゃなくて教会なんだと、とりあえず自分自身を納得させた。


 教会がキレイな外装なら違和感もないのだが、心霊スポットにあるかのような古い家に、十字架がとってつけたかのようにあった。


 地図を何回見直しても目的地はここだ。睡眠不足のせいで、まともに思考することができないが、逆に健全な人だったらここで引き返しているだろう。


 とりあえず教会の中に入る。中に入ればそこは廃墟だった。

 海外映画に出てくる教会で見るような木の長椅子が、破壊され乱雑に置かれているし、天井には蜘蛛の巣。おまけに埃まみれなのか、空気が悪くて咳がでる。


「……すいませーん」

 とりあえず言ってみた。もちろん反応がない――。


「迷える子猫ちゃん。教会にようこそ」


 突然後ろから声がして肩がビクッと反応する。勢いよく振り向くとそこには、二メートルぐらいの男が立っていた、

 筋肉質の身体つきで、キレイなブロンド色のアフロヘア―に青い目。神父だと一目で分かる服装こそしているが、どこか胡散臭い雰囲気を感じる。


「あ、あの……病院から紹介状をもらって……ここに――」


 神父のような男に病院からもらった紹介状を手渡すと、神父はニタニタと笑いながら読み始め、こちらに顔を近づける。


「ほうほう、悪魔に取り憑かれているのか――」


 そう言うと神父は歩き始めて、一つの扉の前に立つ。


「ではこちらの診察室にどうぞ」


 門太はゴクリと唾を飲む。ここに入ったら二度と出られないかもしれないと、内心恐怖を感じてしまう扉だ。


 門太はガチャリと扉を開け、中に入ると驚愕した。


「これじゃまるで……牢獄じゃないか」


 部屋の中には窓は無く、あるのは鉄格子とベットが一つ。

 後ずさりをする身体が何かにぶつかり下がれない。


「さあ入って入って。そしてベットで仰向けになってください」


「えっ……これ、なんか少し、ヤバくないですか?」


 門太の肩を、神父ががっしりと捕まえる。


「ヤバくなーい、ヤバくなーい」


 無理やりとも違う。まるで宙に浮く感覚そのままに一回転し、門太がハッとした時には、汚い天井をベットの上で見ていた。


「はっ!?……いつのまに――」


「それではリラックスして寝てください。私が子守唄を歌いますね」

 起き上がろうと抵抗する門太の頭を力尽くで押さえつけ、優雅に歌い出す神父。


「ね~ん、ね~ん、ころ~りよ~、おころ~りよ~。ぼ~やは、いいこぉだ~ねんね~し~ろ~」


 神父は門太の頭から手をどけて、優しい声で言った。


「寝た、かな?」


「!?……いやいや、いきなり寝れる訳ないよね!」


 門太の反応に眉間にシワを寄せた神父は「確かこの辺にあったような……」と、近くにあった箱からガサゴソと何かを取り出して、満面の笑みを浮かべる。


「ジャジャーン!あったぞ!睡眠薬だ!」


「それ、絶対ダメなやつ!」

 門太は人生で初めて、脊髄反射で言葉が出た。


 丸太のように太く巨大な注射器。象などの体の大きい動物に使う注射器が巨大だと聞いたことがあるが、それならこれは恐竜用の注射器であって、人間に使って良い訳がない。先端の注射針もデカく、普通に刺されたら死ぬに決まっている。


「ヤバい……逃げなきゃ――」


 門太は、恐怖のあまりにベットから転がり落ちた。しかし、腰が抜けたのか、足に力が入らず上手く立ち上がれない。それでも必死に神父から逃れようと四つん這いで出口である扉に進むと、後ろから「素晴らしい」と称賛の声が聞こえた。


「これ、尻の穴から注入するタイプなんだ」



 ズブリと音が聞こえた。次の瞬間、今まで味わったことがない激痛が襲う。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 薄暗い都会の街を門太は歩いていた。


「この場所……知らない所なのに、もう随分と見慣れた景色だ」


 すると何処からか突然に爆発が起きる。爆発した辺りを見ると、門太は理解したと同時に絶望した。


「ここは……夢の中だ」


 炎を吐いて、街を壊しながら、恐竜のような怪物がこちらに向かってくる。


 身体が毎回、金縛りにあったかのように動かない。そして毎回、リアルな痛みと共に体をかみ砕かれて死ぬのだ。


 怪物が口が大きく開いて、門太に襲い掛かる。まるで人間が獲物かのように――。


 その時、ふと一瞬だけ、人影を見た気がした。


 次の瞬間、物凄い音と共に怪物が地面に倒れ込む。恐る恐る門太は目を開けると、怪物の口の上に一人の女性が立っていた。


「ったく。恐竜が怖いとか、ガキかよ」


「……あなたは一体」


「私はリム。エクソシストよ。そして私の下に居るコイツが、アンタに取り憑いていた悪魔のモネロスだ」


「……モネ、ロス?」


「悪魔は人が恐れる姿に変えて、夢から人を殺す。それを夢の中で退治するのが、私の仕事なの」


 怪物の目がギロリと動いて咆哮する。立ち上がった怪物から華麗に飛び降りるリムの表情には余裕を感じる。


「逃げないと……でも、ここは夢?どこに逃げたら――」


「落ち着け。退治するって言っただろ。まぁ、随分と巨大化しちまっているが――なんとかなるだろう」


 リムは両手を上げ、目を閉じる。すると地面から無数の大砲が現れた。


「まずは、先制攻撃。――放て――」


 無人の大砲から一斉に爆音が響く。

 次々に怪物の顔に命中し、爆発するのが見えた。


 爆発した煙の中から、ヨロヨロと後ずさりしている怪物の顔が現れると、リムは空中に高く飛んだ。十階建てのビルよりも高く。いや、怪物よりも上に居る。


「高っ、……一体どうやって?」


「何言ってんだ?ここは、夢の中なんだぜ――自由な発想こそ力だ」


 リムの右手に、破壊された街の瓦礫が集まり、巨大な右腕が出現する。それで思いっきり怪物の顔面を殴ると、怪物は再び地面に倒れ込んだ。


「すっ、げぇぇぇぇぇぇ」」

 門太は、まるで特撮映画の中に入り込んだ気分になった。


「これで、終わりだ!クソ悪魔」

 そう叫ぶリムの手には、光輝く三又の槍があり、それを怪物に目掛けて投擲する。


 投擲された槍は、怪物の首を貫通し、見事に刺さっている。

 怪物の体から、ガスが抜けるかのように白い煙が漏れている。そして、風船が割れるような音と共に怪物の姿が消えた。


「これで問題は解決だ」


「えっ、これで終わり?」


「さあ、とっとと目を覚ませ」


「あ、そうか。これは夢だ。リム――」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ハッとする。


「…………汚い天井だ」


 これは現実なのか?それとも夢の中なのか?

 もはや現実と夢が区別つかない――。


「おはよう。無事で何よりだ。子猫ちゃん」


 視界の中に急に現れた神父の顔を見て、門太は現実に引き戻された。


「夢の中の……あれは一体何だったのか……」

 門太が上半身を起こしたとき、少し身体が楽になったように感じた。


「モネロスは、人の夢の中に寄生する悪魔だ。まさかあんなに巨大化しているなんてねぇ……本当に君は危なかったんだよ」


 なぜ神父が夢の中の出来事を知っているのかは不明だが、それよりも気になることがあった。


「あの……夢の中に居た女性は?」


「もちろん、ここに居るよ」


 えっ、と思い部屋を見渡すが、神父しかいない。神父はニヤニヤしながら黙ってこっちを見ている。


 ……認めない。絶対コイツじゃない――。


 しかし、神父の方からクスクスと女性の笑い声が聞こえてくる。


 ……ありえない。


「まさか……神父さんが、リムさん?」


「……ふっ、バレてしまったか。こう見えてアタイは女なんだ」


「嘘だあああああああああ」


 門太が夢の最後に思ったのは、またリムに会いたい、だった。


 夢の中に現れたリムを、一言で表すのなら美人だ。

 淡い紫色の髪で色白の肌。引き締まった身体はきっと、どんな服装も似合う。

 怪物と戦っている時のリムは、どこから撮ったとしても、映画で最高のワンシーンができると確信するぐらいに、苛烈な印象が頭の中に残っていた。


 そんなリムの正体が、こんな怪しい神父だったと知れば、心に傷だって出来る。


「フフフッ、冗談はおしまい。無事起きれて安心したわ。門太くん」


 すると、神父の後ろから女性が現れた。

 服装こそ違うが、間違いない。夢の中で出会った女性がそこに居た。


 取り乱す自分に恥ずかしくなり、冷静を装うことにする。


「モネロスって悪魔は、もう居ないんですか?」


「そうね。私が、あなたの夢の中に居たモネロスを退治したから」


 リムは手に持っていた、小さなピンクのクリスタルを門太に見せてくれた。


「これが証拠。モネロスは消失するとクリスタルに変わるのよ。私たちは、このクリスタルを集めるのが目的ってわけ」


「クリスタル……ですか」

 宝石の価値について詳しくはないが、売ればいい値段になることは想像できる。


「安心しなさい。これで門太くんは、もう悪夢にうなされることはないはずよ」


「これで、僕はもう大丈夫なんですね?」

 ベットから起き上がり、神父にも確認してみる。


「ああ、もちろん。また何かあったらここに来ると良い」

 神父が、ニコニコしながら答えてくれたおかげで少し安心できた。


「……ありがとうございます」


「それじゃあ、治療費五百万円になります」


「…………!?」


「悪魔退治は保険の適応外だからね。でもいきなりは大変だと思うから、ローンも可能だよ。十日で一割の利子はつけるけど」


「まさかの闇金システム!?」


「悪魔退治は特殊な仕事だからね。仕方ないのよ」


「あっ、これも冗談ですよね?アハハ面白い。ホントは五千円なんでしょ?」


 ありえない話だと思いながら愛想笑いをする。

 神父が、ニコニコしてた顔から急に真顔へと変わり、門太に顔を近づける。


「……大人をなめるなよクソガキ!こっちも商売なんだよ!どんなことをしても、キッチリと全額払ってもらうぞ」


 !?……これは何かの冗談だろ?


 先ほどの神父とは違いドスの効いた声。それに目が完全にマジだ。

 それを見ているリムさんは、口は笑っているが目が笑ってない。


 全身の毛穴から、変な汗が出る。


「で、でもここって教会ですよね?何とか神の慈悲で……どうにかなりませんか?」


「何言ってンだコラ!俺の仕事は金の回収だ」


「神父じゃ、ないのぉぉぉ?」


 至近距離で門太にガンを飛ばすニセ神父の間に、リムが割って入ったきた。


「無いもんはしょうがない。別の方法を思いついたわ」


 リムさんのことを、このときばかりは天使に見えた。


「リムさん……」


「ここで五百万を稼ぐまで働いてもらうわ」


 えッ!?嘘だろ?

 こんなヤバい反社会的な神父の元で仕事するなんて……ありえないだろ。


「イヤなら他の方法にする?」


「……他の方法とは?」


「目玉一つ五十万、二つで百万。あと肝臓と膵臓と肺と心臓を提供してもらえれば、丁度五百万円分になるけど……どうする?」


「ここで働かせてください!」

 悩む選択ではない。それより何か吹っ切れた気がした。


「よかったぁ。門太くんって悪魔に好かれる匂いがするの!だから、悪魔を呼び寄せるための丁度いい餌って思ったのよ」


「――エサ?」


 リムは満面の笑みで、門太に語りかけてくる。


「悪魔ってさ、そんなに頻繁に現れる訳じゃないし、どこに現れるかもランダム性が高くて困っていたの!色々考えてはいたのだけれど、門太くんに出会って私は閃いたわ。名付けて――悪魔釣り作戦。門太くんが居れば、匂いにつられて悪魔の方から近寄ってくる。まさに餌でしょ?そして私は針。悪魔を必ず仕留める役割ね」


 釣りに例えてリムは言っているが、肝心な所を忘れているようだ。


 自分が魚の餌ということは、必ず喰われることを意味するのではないか……。


「ねっ!私の作戦ってどう?イケてる?」

 リムはニセ神父に聞くと、即答で返事が返ってきた。


「素晴らしい」

 ニセ神父は拍手をリムに送る。


「そうでしょう!そうでしょう!」


「これでここは、大きく発展することになるでしょう!アハハハハ――」


 

 そんな嘘みたいな二人のやり取りを、門太は呆然と眺めている。


「……この人たちも悪魔だった」


 無意識のうちに、心の声が外に漏れ出ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リムリムリ @nogisu-miri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ