第36話 八坂のお饅頭!

 翌朝、車のところに集合した榕と若月の目の下には黒いクマができていた。

 体調管理も大切なことだよっと口に出して言いたいけれど、私も人のことは言えないので黙っておく。


 昨日も日付が変わるまで作業をしていて、鬼頭に引きずられながら布団に連れて行かれたのだ。

 くっ! 作業がまだ途中だったのに!


 それにいないはずの人物がここにおり、いるはずの人物が居なくなっていた。


「藤宮。どうしているの?」


 私の担当である藤宮がいる。そして若月の担当の寿が消えていた。


「補佐職員である寿が大変失礼いたしました」


 そう言って、藤宮は頭を下げて、見慣れた菓子箱を私に差し出してきた。


「八坂のお饅頭!」


 私が菓子箱に飛びつこうとすると、鬼頭に捕獲され私の手は菓子箱に届かない。何をするのだと、鬼頭を睨みつけるも私とは視線が合わない。


「どういうことだ」

「……」


 しかし、鬼頭の言葉には答えず、ただ頭を下げて菓子箱を差し出すのみ。

 うーん? 私の問いにも答えず、菓子箱を差し出すってどういう意味だろう。だから私が同じ質問をする。


「藤宮。今回は藤宮は来ないはずだったよね? どうしてここにいるの?」

「はい……実は不測の事態に対処できるように、私が後からついていく予定だったのです。ですが、寿が大津を連れて行くという異例のことに、上に判断を仰いでいたところ、真白様と鬼頭様の怒りを買ってしまったという連絡が入り、私が急遽まいったしだいです」

「……私は怒っていないけど? 大津も私が怒っていると思ったの?」


 なんだか凄い勘違いに、大津にも確認をしてみる。私がそんなに怒っているように見えたのかと。


「お二人はいつも通りだと思いました」


 大津はいつも通りと感じていたのなら、大丈夫だろう。私が寿に対して怒るのはなんだか違うと思うからね。今回の件で怒っていいのは榕と若月であって、私ではない。


「そうですか……そうですよね……はぁ」


 藤宮、何? そのため息は?


「私は寿を連れて戻りますので、この件のは大津に引き継ぎます」

「それを真白が聞いたときに答えろ」


 鬼頭はそう言ってお菓子の箱を藤宮から受取、私に渡してくれた。

 お饅頭は好きだけど、八坂のお饅頭がやっぱり一番なんだよ。


「それでは、失礼します」


 藤宮はそう言って、別の車の方に乗って去っていった。これは昨日の内に連絡が行っていて、早急に対処したという感じか。


「それでは我々も出発しましょうか」


 大津が車の扉を開けて、乗るように促している。しかし、榕も若月も動かない。


「何故、寿が帰ることになったんだ?」

「あの後、寿も一緒になって考えてくれたではないですか」


 ああ、私が居なくなったあと、三人で色々話し合ったのか。夜遅くまでも。

 ん? そうすると寿からの連絡ではなく、別の者から陰陽庁に連絡が行ったということになる。


 私は大津に視線を向ける。寿のことを陰陽庁に連絡を入れたのは大津だ。


「私は最初から言っていましたよ。評価はマイナス100点だと。その話し合った作戦で上手く行けば寿の評価も上がるかもしれませんね」


 大津のその言葉に、二人は足を動かし車に乗り込んでいく。

 大津の言葉に本当の言葉はない。今回の評価は榕と若月の評価になる。補佐職員の評価は別だ。


「大津。なぜ、私が怒っていると連絡したの?」


 私は寿に怒ってはいない。それはその場にいた大津はわかっているはずだ。なぜそんな嘘を言ったのだ。


「それは、私が死にたくないからですね」

「……大津のどこに命の危険が迫っているわけ?」

「私の言い分に藤宮係長も納得されたので、いいではないですか」


 あれは納得していたため息と言うより、何故こんなことになったのかと言う、ため息に私は思えたのだけど?


「そもそも勝手な行動をとったのは寿です。どちらにしろ上は今日にも動いたと思いますよ。早いか遅いかのどちらかですよ」

「陰陽庁のことには口を出すことはしないよ。私が言いたいのは嘘の報告をしたこと……って鬼頭、私はまだ大津と話しているのに!」


 私は鬼頭に抱えられて車の中に連れ込まれる。その車の中では緊張した表情をした榕と若月がいた。何故にそんなに緊張しているのだろう?


「それでは出発します」


 そして、扉が閉まる音と共に、一人かけた車内に大津の声が響き渡ったのだった。


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